第5話 「それじゃあ、白と黒のシャツ、どっちがいいと思いますか?」

 幼馴染の騎里子は逃げるように帰ってしまった。もう教室には俺しかいない。


 それにしても、幼馴染には注意されてばかりな気がしている。言葉も徐々にきつくなっているし。できることなら苛立っている幼馴染は見たくないんだよ……ああ、日頃の行いには気をつけますから、その前提で。


「さて、帰りますか」


 輝院高校から我が家まで、電車を使って一時間弱かかる。となると、円花さんは俺をどうやって自宅まで送ったと思う?


 答えはタクシーだ。


 昨日の夕食のときに教えてもらった。膝枕をしてくれたらしい。タクシーなら運転手に見られるだけなのでセーフ。たとえ意識がなくても、電車内で衆目にさらされる覚悟はない。


 慣れた通学路を歩き、いつもと同じ時間の電車に最寄り駅まで乗る。そして少し歩けば我が家である。


 インターホンを鳴らすと、円花がこたえてくれた。


「ただいまー」

「お帰りなさい、祐志さん」


『お帰りなさい、祐志さん』ってちょっと新婚っぽいなーなんて思ってしまう。


「ごはんにしますか? お風呂にしますか? それとも……」

「いや確かに俺も新婚っぽいと思ったけども。その先は円花さんの口からはまだききたくない」

「まだ、ということは……?」


 ハッ。やってしまった。この言い方だとあらぬ誤解を生んでしまう恐れがある。嫌われたらどうしようかと、わなわな震えていると。


「やっぱりなんでもないです。それよりも、外出した後なので手洗いうがいをしてください」


 セーフ、ギリギリセーフ。これは許容範囲内。手洗いうがいのついでに、顔も洗っておく。シャキッとしなくちゃな。


 顔洗いを終え、タオルで水気をとっていると。


「祐志さん、今日って時間ありますか」

「全然あるよ」

「それならお買い物、いきません? 近くにショッピングモールってありましたよね」

「どどどどういうことですか?」


 きっと今、相当ひどい顔をしていると思う。水気なんてとっくにとれてるけど、まだタオルを外すわけにはいかない。


「朝起きたら、『これで好きに足りないものを買っていきなさい』と書き置きと一緒にお小遣いを置いてくださいました」

「なるほど、それで買い物に行こうと。僕なんかが同行して迷惑じゃありませんか?」

「いえいえ。だって祐志さんは家族なんですよね?」


 円花さんにそんなことを口にした覚えがある。覚えていたのか。


「これは一本取られたな」

「すぐに出ますから、先に準備していますね」


 二階に上がったのを見計らって、タオルを外す。


 ショッピングモールか。


 ここから何駅かいけば着く駅近のところだな。そこでふたりきりで買い物となれば、デート気分が味わえそうだ。


 すぐに自室で準備を済ませたものの、すでに円花さんはとっくに出られる状態だったので、待たせてしまった。


「お待たせ」

「それじゃさっそくいきましょう。はぁ〜何を買いましょうか。あれかな、いや、そういえばあれも捨てがたい……」


 電車内でも、ショッピングモールへの期待から少し落ち着きがない円花さんだった。


 店内に着くとさらにすごかった。こちらはついていくだけで精一杯だった。


「私、きょうは布団一式と組み立て式の本棚を買いたいんですよね」


 といっていたはずだが、まず向かったのは衣料品店。


「見るだけですから、安心してください!」


 と、服を何枚も腕にかけ、鏡の前で合わせている。


 チラリと値札を覗き見たが、自分の普段買っている服の値段とはワケが違った。服は安物しか勝たんのよ(もちろん今日はもう少し値が張る服装です)。そんなに高いの買えないよ。


「祐志さん、どうですかね?」

「かわいいと思う」

「これどうですかね?」

「かわいいと思う」

「もしかしてゲームのNPCだったりしますか。『かわいい』以外の感想が欲しいんですよ」

「かわいい以外何もいえないくらい似合ってると思います」

「そういうのを求めているわけじゃないんですが……」


 違うんです。もちろん仔細に感想を述べたいけど、そんなことをしたら閉店時間までその美しさを語れてしまうからです。そしていつの間にか脱線して、転校生の良さについて語り出すことだろう。


「それじゃあ、白と黒のシャツ、どっちがいいと思いますか?」


 円花さんはしばしシャツを厳選すると、俺にたずねた。


 最後まで候補に残った二枚のシャツを、服の上に交互に重ねる。


「うーん、迷うな。円花さんはどっちの方がいいんだ」

「白、ですかね」

「そうだよね、実は僕もそう思ってたんだ。白って────」

「いまの絶対出まかせですよね」

「……」


 こういう二択は、俺が口を挟むと失敗するようにできているらしい。

 俺が仮に「黒!」と発言し、納得して黒を買ったように見えても。実は白がよかったのに、と後で思ってしまう場合があるという(by翼)。


 だいたいこういう質問をするときには、自分の判断が正しいか後押しして欲しいんだという。


「まあいいです。白が欲しいことには変わりないので」


 ……結局、円花さんは両方買いました。果たしてこのやり取りは何だったんだろう。値札を見たところ、数万円はする超高級品だった。金銭感覚の違いを思い知らされるのでした。


 その後、ベッド一式(布団、枕、ベッド)も本棚も一回払いで購入していました(後日配送予定)。解せぬ。

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