Dream pilot:02 夢使いと悪夢使い
「いっそ猫になればいいのですよ。夢見人なんてね」
公園から話し声がした。
わたしは、あわてて走るのをやめる。
「夢を見ない夢見人に存在価値はない。だが、猫になれば話は別です。猫は一生の半分以上を夢の中、宇宙秩序の夢解きをしているのですから」
黒衣をまとい、シルクハットのような高い帽子で頭を被う大きな一つ目の人物が、月光を浴びて浮かび上がる。
「あいかわらず、下品ね。悪夢使いメギド」
もう一つの人影がそういった。
シルエットと声には覚えがあった。
「あなたもあいかわらずですね、ルリ・バステート。偉大なる夢泥棒カスミ・ヘミングと愚かな夢見人の間に生まれし、夢の力を持つ歴代最高位の夢使いよ」
以前会ったおぼえのある二人の夢使いが、なにやら話している。
この奇妙なくり返しの世界に、わたしを送り込んだ張本人たちだ。
とりあえず元の姿に戻してもらおうと思い、そっと近づいていく。
「この世界はすばらしい。そうは思いませんか、愚かなる夢使いよ。夢をみない夢見人でも夢を見るときがくる。それは死を前にした瞬間です。ミュートスラントは死を前にした夢で生まれた世界。ヨルがなくとも我々が夢を手にできる便利な世界です」
ミュートスラント?
それがこの世界の名前なんだ。
「悪夢使いメギドよ、たしかにそのとおり。身体、魂、精神の三重性を持つ夢見人は意識することで死に向かい、死の門をくぐり抜けた意識は世界に音楽の音楽として降り注ぐ。生きている、生かされていると実感できるのもそのため。それをしていたのが大きな猫の化身、ヨル。夢を紡ぐように練り上げた真如の月という夢玉が、生き物すべてにミームの夢を語っていた」
ヨルってたしか、夢の王だったかな?
夜の街に現れた、巨大な黒い猫の影のことだ。
「さすが愚かなる夢使い、そのとおり。ヨルと夢見人のミームがちがうことが関係しているのでしょう。ヨルの入れない都市に夢はない。生きている、生かされていると体感できず、何をしていいのか、何をしたいのかもわからず、亡者のごとく彷徨い、死に急ぐ。都市には溺れ死ぬ夢見人はありがたいことにたくさんいますからね。だからこそ生まれたのです。ミュートスラントは」
生まれた……この世界が?
夢見人って、多分わたしたち人間のことだよね。
都市に住むわたしたちが、この世界を求めたってこと?
「ヨルは自然が夢見た化身だから、夢見人が暮らすために作られた人工の世界に入ることは困難。たとえ入り込めたとしても、その姿は長く維持できない。もちろん夢の循環も満足にされることはない」
ルリはため息をついた。
「夢を集めなければわたしたちの世界、ティル・ナ・ノーグも滅んでしまう。それはわかっている。でも、こんなやり方まちがっている。こんなことしてたら夢の循環も途絶えて、夢見人が消えてしまう」
消える?
わたしたちが?
「結果として、そうなっても我々は困りません。なぜなら運命を選択したのは夢見人自身なのですから。望んだのが夢見人なら、消え去るのもまた夢見人なのです。我々は一向に困らない」
「ちがう!」
ルリは叫んだ。
「夢使いは夢見人の、夢の実現に手を貸し、夢がもつ力、勇気と情熱で現実にしようと歩みをやめないようにすることが仕事なんだ。利用することが仕事ではない」
「だからはじめたのですよ、このゲーム。夢見人を一人選んでミュートスラントに入場していただく。無事に外に出ることができれば君の勝ちだ。でなければわが勝利。勝者は敗者の考えを打ち砕き、従えることができる。もう忘れたのかね、愚かなるわが友よ」
メギドの言葉の前に、ルリは言葉をなくした。
ため息をついてかわりに口にしたのは、彼女自身の言葉ではなかった。
「以前、あなたはこう述べた。『自分が正しいと思っているもの同士だからこそ、争いを起こす。ゆえに夢見人は過ちをくり返す。だが我々は夢見人とはちがう。自分の言葉を真なりと相手に認めさせるためにはゲームで決めるのが、夢の住人である我らの決まり』だと」
「憶えておられるとは。さすが、愚かなるわが友よ」
メギドの冷ややかな拍手が響き渡る。
ルリを馬鹿にしているのは明らかだった。
「まったくもって、敗者らしいセリフですな」メギドはひそかに笑った。「まさに負け犬の遠吠え、といったところ。その言葉を真なりと信じさせたくば、ゲームに勝たなくてはならなかったのではないのかな。愚かなる我が友よ」
メギドの足下の影が大きくなっていく。
意志をもったかのように盛り上がり、やがてメギドと同じ形をした影が十数体、ルリを取り囲むように現れた。
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