革命前夜

鏡も絵

プロローグ

――本当に私なんかのところに降りてきてくれるのかな。


「次、前に出て」


 講師の声で、先に降霊した子と入れ違いに私は前へ出る。すれ違いざまのこと、無事に降霊できたその子は、自分の装備に宿った清廉な光と声に、顔を綻ばせていた。これからよろしく、と親しげに話す様子が羨ましくて、見ていられなかった私は目を逸らす。

 神聖な場所の空気に圧迫されて、一歩一歩が痺れるように感じられた。重い。けれどその重みは、私を現実に縛りつけてはくれない。私の脳みそはこの状況に似つかわしくなく、ふよふよと漂っていた。自信のなさからくるものだ。思い描かれるのはいつだって哀れなシナリオ。

 もしかしたら私のところには、誰も降りてこないのかもしれない。

 世界に潜むあらゆる精霊ソフトを統括するマザーコンピュータ、通称第五精霊エーテル――その壮大な樹械きかいの前に立ち、私は自分の装備していた甲殻ハードウェアを足元に置く。枝分かれして伸びるケーブルを穴に差しこんだ。脈動する熱と中の空気を排出するような音。始まってしまえば、あとは私の運と力次第。どんな精霊が降りてきてくれるのか、本当に降りてきてくれるのかさえ、誰にもわからない。

 私だってそれなりの覚悟と誇りを持ってここにいるのだけど、いざ目の前に立つと自信がなくなってくる。私はここにいていいのだろうか。願ってもいいのだろうか。お前なぞと嫌われて、誰も降りてくれなかったら。もしかしたら、本当に、誰も。

 私は目を瞑り、祈るように手を合わせる。

 いったいどれほどそうしていただろう。ふいに前髪が揺すられるのを感じた。けれど風が吹いたわけでも誰かが目の前にいるわけでもない。いや、見えないだけで、いるのかもしれない。ほとんど直感で――なにかが降ってきたのを私は察したのだ。

 それは間違いではなかった。

 素晴らしい裏切りだった。

 空っぽだった私の甲殻に、卒倒しそうなほどのまばゆさが宿る。見たこともないほど温かな金無垢の光。ケーブルの繊維を伝ってぐんぐん充たされていく蜜のようなそれは、間違いなく、私なんかのところに降りてきてくれた精霊だ。

 興奮に目を見開かせる。どくどくと興奮が波を打つ。私は、このときはじめて、今まであやふやだった心臓の位置を知った。星の子を散らすようなきらめきは清廉で、たった一目で魅了されてしまった。

 感動で喉が痛い。口内ごといつのまにか乾いてしまったようだ。けれど、なにか言わなきゃ。せっかく来てくれたこの優しい精霊に、せめて挨拶だけでも。

 私はごくんと、ありもしない唾を飲みこんで、慎重に口を開く。


「はじめまして。不束者ですが、これからよろしくお願いします」


 喜びで胸が破れてしまいそうだった。

 ああ。早く、貴方の声が、聞きたいなあ。

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