第51話 負けたくない

十二宝具が一つ、勇者の骨髄液。


この遺品と言うより、遺体の一部と表現した方が適切なかもしれない液体は、歴代で最も使用者の多かった宝具として知られている。


使用者は皆、本当の意味で決死の戦場にこれを服用して臨んだ。


鬼神の如き身体能力、致命傷すら瞬きの間に癒す脅威の治癒力。

死を引き換えにしても釣り合いの取れる程の力を、この液体は使用者に与えてくれる。


骨髄液の適性検査は唯一拒否権のある検査だが、その理由は死に至る特性の他に検査の合格率が100%である事も原因であった。


過去に試験を受けた者は皆、例外無く宝具に受け入れられている。


宝具所有者、帝国十二勇士になった以上必ず宝具を用いて帝国の為に働かねばならない。

故に選ばれた者は使用し、必ず死ぬ。


命を賭す覚悟がある者のみを骨髄液が選ぶのか、無差別に適性があると判断されるかは誰にも分からない。

少なくとも、死ぬ覚悟の無い人間はこの宝具には決して触れようとはしなかった。


「……」


アークライト・シーザー辺境伯の孫娘、ベルライトもまた、入隊直後の適性検査にて骨髄液を拒否していた。


触れずに、他の宝具に選ばれなかった事を悔しがって退出した。


みんなそんな物だと思っていた。

実際そうだった、誰も彼も触らない。

あんな物、使う方がおかしいのだ。


だから、検査を拒否した自分は臆病者なんかでは無い。

自分は別の形で帝国に尽くすのだ。

兵士である以上簡単に命なんて捨てれないのだ。


なのに。

そうやって納得していたのに。


「ベルライトさん。こんな所にいたんすね」


訓練施設の物見台。

辺りが良く見えるこの高所で、ベルライトは穴だらけになった練兵場を眺めていた。


梯子を登ってきた和也が後ろから声をかけても振り返らず、ぼーっと、下を見ている。


「お爺さんが気にかけていましたよ。休みの日は大抵鍛錬してたのに、最近姿を見ないって」


「ねぇ、あなたって」


「はい? 」


「馬鹿なの? 」


「ひどくね? 」


ようやく振り向いたベルライトは急に和也を詰り出しす。

だが、その口調は責めたり馬鹿にしたりと言う物ではなく、つい疑問が口に出てしまったかのような物であった。

それもそれで酷いが。


「保管庫で言っていた……魔王を討伐しに行くと言うのは本気か? その為にお爺様を訪れて宝具を、あの骨髄液を受け継いだのか? 」


「宝具は予想外でしたけど、助っ人とかしてくれたらな、って。本気ですよ」


「帝国に任せようとは思わなかったのか? それに、君の妹は勇者の再来だと騒がれているでは無いか、彼女に任せればいい」


似たような事をアークライトは和也に何度も聞いた。

その度に自分がやりたいと答えた。


「恩賞が欲しいのか? あるいは名誉か? あまりに無謀だ、命には釣り合わない」


アークライトの覚悟を試す問いとは本質が違う気がして、もどかしくなり和也は逆に訪ねる。


「何が言いたいんですか? 俺、難しい話苦手なんです、ストレートに聞いてくださいよ」


ベルライトは一瞬顔を歪めて、彼女自身纏め切れていない感情を整理するかのように本当の疑問を口に出した。


「死ぬのが怖く無いのか? 」


「……」


「私は、骨髄液に触れる事が出来なかった。宝具は欲しかったが、死ぬのは怖かった」


「俺は、回数制限があるけど生き返れて」


言いながらも、和也は自分でこれは違うなと首を傾げてしまった。


「結局! 特訓の為にその命を費やしているではないか! そもそも魔王の前にお前程度が幾つ命を持ち込んでも足りる物か! 付け焼き刃だって意味が無い! 」


泣きそうになりながら叫び立ち上がるので足場がふらつき、物見台から落ちそうになってしまう。

危ない所で、柱にしがみついた。


慌てて駆け寄ろうとした和也もホッと胸を撫で下ろす。


「……私は怖いよ」


「ベルライトさん、俺の事、どのくらい聞いてます? 」


その場にへたり込んだベルライト、彼女に視線を合わせて和也も座る。


「あの与太話か、お爺様が言うから一応は信じてやる。魔王は異世界の神を我が物とする為、それを宿すお前の中に潜みついにお前から全てを奪い取ったと」


「うん。その神様ってのが俺の世界じゃ死を司る神様で、俺も直感的に死への理解度は高い方なんです……ほんとだよ? 」


ベルライトの表情がどんどん胡散臭い物を見る物に変わってきていたが、和也は構わず続ける。


「死ぬって怖いですよ。神様とか言っときながらアレですけど……死後の世界なんて存在しません。電気信号の途絶えた脳内には、感情も記憶も全て消え失せ闇だけがあります」


目を閉じると、少し前までとても近くに居た死そのものが思い起こされる。


死は終わりだ。

ロマンチックな事なんて何も無い。

死後の物語なんて存在しない。


故に、あの禍津神は、朱禍獣命は恐れられた。


「生きてる間にやった事だけがその人間の全てです……もし宗教的に意見があったらすいません、俺の勝手な解釈です」


「いや、大丈夫だ。私はそれほど熱心な勇者教徒ではない」


「そっか大抵が勇者教か……そうなると愛歌ちゃんは現人神的な? 神の生まれ変わり的な? 」


「ふふ、さあな」


少しだけ雰囲気が緩んだと見て、さっさと結論を言ってしまおうと続きを話した。


「魔王とのやり取りを全部思い出して、あの野郎に怒りと親近感が湧きました。俺は、環境が良かったのとさっさと諦めれる性格だったから大丈夫でしたけど、アイツにはそれが無かったから……1人突っ走ってまた大変なしようとしてます」


練兵場でアークライトが和也を呼んでいる。


もう休憩はお終いだ。

骨髄液をポケットから取り出して太陽の光に翳す。


「一緒に悩んでやる家族が必要だったんだ。あいつの境遇、聞いたら酷いの一言ですよ、そりゃ歪んで育ちますよね」


小瓶の蓋を弾いて骨髄液を飲み干した。

和也の頭の中で万雷の拍手が鳴るような刺激が沸き起こり、それが全身へと広がっていく。


「あいつを助けたいなって思ったんで頑張ってます! 同一人物だった時期もあるから他人じゃないですし! 」


和也を呼ぶ声に怒りが混じり始めた。

慌てて物見台の手摺に足をかけて、力を込める。


「その為にもまだ強くならなくちゃなんで! 失礼します! お爺さんには元気にしてたよっていっときますね! 」


躊躇わずに、何メートルもある物見台から和也は飛び降りた。

何事も無かったかのように着地して、アークライトの元に駆けて行く。


残されたベルライトは本人以外にはトンデモに聞こえる理論を聞いて暫く惚けていたが、頬を叩いて立て掛けていた剣を腰に差した。


「なんだあのバカ! 信じられん!」


プンスカ怒って梯子を降り、もう訓練を始めている和也の元へと走り出す。


「死に過ぎて頭がおかしくなったんじゃないか! 」


和也の人間臭い顔が何度も脳裏に過ぎるのだ、目を閉じると余計に鮮明に。

死を語る彼は臆病に見えて、戦う理由を語る彼は眩く見えた。


「私だって……! 」


かつての十二勇士達や、和也の様に立派な戦う理由は無いけれど。


負けたくないが理由じゃ不純だろうか。

今更ながら、決死の覚悟で頑張るには相応しくない理由だろうか。


地獄の様な特訓にベルライトも駆け込んだ。

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