第50話 特訓、開始
「アイカ、話を整理しよう」
愛歌の周囲には鏡面の様に磨かれた盾が浮遊していた。
「本当に何も知らないんだな? 」
愛歌は俯いて首を振った。
体調が悪いと判断されたのか、薬瓶から無限に回復効果のある薬が溢れ出る。
「愛歌ちゃん、前に終わった話を蒸し返すのも悪いけどさ。どうやって……この世界に来たんだっけ? 」
ギクッ! 肩を震わせて愛歌がますます俯いた、もう三角座りだ。
「……」
「答えなさい! 良いか愛歌ちゃん! 俺はヒャンッ……」
和也の首元に聖剣が突き付けられた。
別に愛歌が剣を抜い訳では無い、独りでに浮遊して刃を向けたのだ。
「こら! やめなさい! ハウス! 」
聖剣は愛歌に叱られて、大人しく別に用意された鞘に納まった。
「こ、答えるんだ愛歌ちゃん」
「……うぅ」
「当ててあげようか、愛歌ちゃん、勇者に手引きされてこの世界に来たな? 」
愛歌より、誰よりアークライトが激しく動揺した。
椅子を倒す程の勢いで立ち上がり、愛歌に詰寄る。
「どういう事だ! 」
再び勝手に動き出そうとした聖剣を、アークライトが力づくで押さえ付ける。
「そ、そのぅ。私は……」
「もう隠せないぞ愛歌ちゃん、洗いざらい話してもらおう」
愛歌は居心地悪そうに話し出した。
怯える聖剣を撫でてやって、背に隠す。
「お兄様が屋敷から姿を消した日、お兄様に取り付けたGPSの信号が途絶えた私は途方に暮れておりました」
「あえて突っ込まないでおくよ」
「警察組織や、自費で雇った探偵からも全く良い情報は届けられず……そこに、今にも死にそうな男が何処からともかく現れました」
アークライトは何か言いたげに眉間の皺を深くしつつも、愛歌の話を黙って聞く。
「救急車を呼ぼうとしましたが彼はそれを断り、兄を追いかけたいなら力を貸すと私に提案されました……死にゆく彼が嘘を言っているとも思えず、藁をも掴む気持ちで彼の提案を受け入れました」
「その人が勇者だったの? 」
「彼は死ぬまでの僅かな時間を、よく分からない儀式に費やしましたので何者なのかを聞けませんでした」
「屋敷で儀式を行えたの? 凄いねぇ」
「進藤の霊的防護が一切反応しなかったもあって、私は見守っていたのです……彼の死と同時に私には力が流れ込んできました」
ムキッ、と愛歌は可愛らしい力こぶを見せ付ける。
アークライトは黙っていられずに再度立ちあがろうとして、ピクリとも動けないでいた。
アークライトの全身を覆う宝具、不死鳥の鎧が彼の動きを阻害しているのだ。
「私はその力を全て使いこの世界に来ました……と言うのが事の顛末です」
「らしいですが、どうでしょうお爺ちゃん」
ようやく動けるようになったアークライトが懐かしむ様に目を細めた。
魔王と勇者の天上の戦いが脳裏に思い起こされる。
確かに、あの2人の死体は帝国が幾ら捜索しても見つかる事は無かった。
「……時間も空間も超えて、落ち延びた魔王を追いかけていたのかもしれない」
「じゃあ、本物? 」
「さぁな、だがアイツならやりかねない。実際勇者本人にしか出来ないような、宝具全ての適性を有すると言う事もやってのけている……鎧もいるか? 」
「お爺ちゃんなんか面倒臭くなってない? 」
実は、勇者は生きているのでは無いか。
そう根拠も無く思い続けた40年間だった。
報われた訳では無い、結局別の世界で死んでいた訳だから。
だが、喉のつっかえが取れたような晴れやかな気持ちが広がっていた。
あのお人好しは、最後まで勇者らしく生き、力を求める物に託して死んだのだ。
ただ誇らしい。
「あー、正直いっぱいいっぱいだ。私は元々現場職なのだ、早くマリーナに帰りたい」
「あのぅ、私ってどうなりますか? 」
愛歌に宝具たちが震えて擦り寄った。
よしよしと撫でてやると嬉しそうに手の中に跳ねる。
当然の様に犬や猫のみたいに動いているが誰も突っ込まない。
「使える宝具は全て貸してやる、持ってけ持ってけ。お前だけで帝国十二勇士の内七勇士だ、はっはっは」
「おい! お爺ちゃんが心労でおかしくなっちゃったぞ! どうすんだ! 」
「そ、そんな事言われましてもぉ! 」
さて、そんなこんなで大騒ぎ。
勇者再来!
しかも異世界人で、二代目魔王の妹と来た。
様々な噂が好き勝手飛び交い、愛歌の元には多くの訪問者が現れる事となる。
勇者教の指導者、大司教アンバーが彼女の元を訪れたのは適性試験から3日後の事だった。
「ホホホ、まさか、まさかですなぁ」
以前面会した時と同じ応接間。
今度は白い服を着た男の護衛と共に、大司教アンバーがお茶を啜っていた。
気まずそうに愛歌もチビチビと口を付ける。
「あの時にはもう勇者の魂を宿していた訳ですか、通りで懐かしいと……」
「その節はどうも……」
「ところでお兄様は? 彼も宝具を所有したとお聞きしましたが? 」
アンバーの印象では愛歌は和也と常に共にいる。
だが今、応接間には愛歌しか来ていなかった。
「お兄様は……今は特訓をされています」
「ほう、特訓。では復活した魔王を帝国が動く前に自らが討伐に向かうと言うのは本当だったのですね」
愛歌が言い淀んだのには訳がある。
和也やアークライトは特訓と言っているが、その実状は……見るに堪えない凄惨な物だ。
「ふむ、まああの男の特訓となれば彼も大変でしょうから、私も様子を見てみましょう」
アンバー大司教と和也が部屋を出て、練兵場へと近付くと。
何度か連続する爆発音、そして耳を覆いたくなるような悲鳴が響いてくる。
「お兄様! 」
愛歌が駆け出すので、アンバーもそれに続いて……肉の焼ける匂いで足を止めた。
「特訓? 」
兵士を近付けないようにした練兵場の広場、炎を背負ったアークライトが腕を組んで仁王立ちしていた。
その前には、血反吐を吐く和也が転がっている。
「良く避けた。昨日は避けれなかったが、上手く動きを見極めたな」
「ハァ……ハァ……」
「だが回避の際に爆風で膝から下が焼き切れた。それでは戦闘を継続出来ない。負傷箇所を選べるなら脚、頭、胴体は守る様に」
「ハァ……くそ、はい」
アークライトは注射器を取り出すと、和也の背中に突き刺して何かを採取した。
採取した液体を小瓶に移し替えると、アークライトは拳を振り上げる。
「這って逃げろ、最後まで諦めるな。骨髄液の採取以外の全てに抵抗しろ」
「くそ! 」
モゾモゾと不恰好な匍匐を始めた和也を見て、アークライトは拳を振り下ろした。
爆裂。
焼死体が、時間を巻き戻すかの様に再生していく。
「あ、あああ! あああ! 」
「痛みにも慣れろ」
あんまりにもあんまりだ。
こんなもの特訓では無い。
「アークライト辺境伯! これが特訓ですか!? 」
「アンバー大司教殿……」
和也に駆け寄った愛歌。
アンバーはアークライトに詰め寄ってキツい口調で問いただす。
「私には貴方が痛ぶっている様にしか見えない! 彼にはもう、特別な力は僅かにしか残っていないと聞いていますよ! 」
「僅かに残った異能、回数制限付きの不死を無駄に使う訳にはいきません。この方法は鎧を受け継いだ私が立証済みです、覚悟が有るなら良く効く」
ヨロヨロと愛歌に助けてもらいながら立ち上がった和也が、アークライトから小瓶を受け取って中身を飲み干す。
「カズヤ君!? それは、使用から間もなく死亡する宝具ですよ」
「あーあったまいたい……今日3回目くらいか。え? 知ってますよ、とりあえず骨髄液で死ぬまで生き抜くのが最適ラインらしいので」
口から垂れる骨髄液を拭って、ファイティングポーズを取る。
それを見て信じられない、とアンバーが絶句した。
「……辺境伯、正気ですか」
「正気な訳ありません。ズブの素人を二週間で魔王の前に立たせなければいけない」
「彼が戦う必要はありません! それこそ、勇者を継ぐものが見つかった今、彼女が……勇者教や帝国が力を貸せば良い! 」
「何度か聞きましたがね。個人的な確執らしいのです、自分がとっちめてやると聞きません」
話の最中、背を向けていた和也が突然アークライトに飛びかかってきた。
弾丸の様な速度で放たれた拳を、背中に目が付いているかの様に危なげなく回避して逆に和也を投げ飛ばす。
「おぉ、今のはいいぞ! 形振り構うな、獣になれ! 」
「……格闘術すら教えていないのですか」
「二週間で付け焼き刃を与えても仕方ありません。もっと本質的な闘争を教える為に私は課題を与え続ける、クリア出来なければ死ぬ、何度も……」
アンバー大司教は顔を覆って嘆いた。
アークライトの特訓と聞いて過った、嫌な予感が的中してしまったのだ。
かつて狂犬と恐れられた彼が、まさか同じような存在を育てようとしているだなんで。
しかも手段が余りに荒っぽい。
「大司教殿、もしカズヤを心配しているならお門違いでしょう」
「ぐっ……しゃおら! ばっちこい! 」
跳ね起きた和也が石を握り込んで殴りかかり、また返り討ちにあう。
「こいつは筋が良い。魔王討伐はあながち、笑い話に終わらないかも知れませんよ」
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