第35話 人形劇
魔大陸。
そしてそこに住まう異形の怪物、魔物。
火を吐き空を舞うドラゴン、山を抉る怪力の鬼、人の心を操る邪悪な悪魔。
様々な魔物が魔大陸に住まい、常に覇を競い合っていたりいなかったりホンニャラカンニャラ……
はい!
ここは魔大陸改め人類圏大陸!
そんな世界知ったこっちゃねぇ、進藤和也が異世界転移してから数日が経過していた。
数日、と言っても詳しくは分からない。
何となくの体感時間で2日? 3日?
何せ和也はこの世界に来た時から目を負傷し、盲目となっていたからだ。
20年以上慣れ親しんだ明るい世界から追放され、二重の意味でねここ笑う所。
特にこれと言った長所も無い和也が野垂れ死にせずにすんだ理由は簡単だ。
「やぁ、今日のご飯を獲って来たよ」
こんな和也を好きだと言い、世話を献身的に見てくれる美女がいた。
「ありがとうございまぁす! ほんと毎日助かりますもうほんと」
「クスクス、食べやすくするから少し待っていてね」
野垂れ死にそうになっていた和也を助け、住処であるという洞窟に招いてくれた美女。
名は決して教えてくれない彼女はロクな設備が無いにも関わらず料理がとても上手で、しかも心を読んでいるかの如く気が利くまさに完璧ウーマンだった。
唯一の欠点は美女が自称だと言う事くらい。
初対面の時に顔に触れさせてもらい、目鼻立ちを確認させてもらった事があるが肌はまるで赤ん坊の様にスベスベで張りがあり鼻が高かったり顔も随分小さかった、多分、本当に美人なんだと思う。
「モファモファ……これはなんてやつ? 」
「少し遠出して採ってきた果物だよ、甘酸っぱくて美味しいだろう? キミの世界だとオレンジっぽいかな」
「……え? 」
和也は甘酸っぱい果物を口いっぱいに頬張りながら首を傾げる。
オレンジの事を話しただろうか?
コレとオレンジが何故似ていると思うのだろう?
「……あーー」
どうでもいい
「え? 」
どうでもいい
「? うーん。どうでもいいか」
残った果汁をぺろぺろ舐めとって……
今日、和也のする事は終了した。
これで全部だ。
目が見えないが、五体満足だし少しくらい何か手伝いをと申し出たが彼女は決して和也に何もさせない。
故に、和也のやる事は彼女が持ってきた食べ物を食べ、後は彼女と話すくらいで1日を終える。
「今日は……君の好きな本について教えてくれないかい? 」
「おう! 良いぞ! ここに来る直前に読んでた本はだな」
和也も、少しでも彼女の為になればと思い頑張って話し続けた。
「それでだ、主人公には隠された秘密が……どうした? 」
いつもなら程良く相槌や質問なんかを入れてくる彼女が、今日は静かで受け答えも心無しか雑な気がする。
退屈させてしまっただろうか。
少し不安になって尋ねると、彼女は優しく和也の額に触れる。
「うーん……」
「ど、どうした? 俺の話、つまんなかったかな」
「そうじゃないんだけど……」
グチュ……
とヘドロの沼に手を突っ込んだ様な音が鳴り、彼女の指先が和也の額に沈み込んだ。
「え? え? こ、これなに? 入って、る? 」
「ごめんね和也、やり直すね」
「なにを? なんで? 」
「何か、違うんだ」
やり直した
魔大陸。
そしてそこに住まう異形の怪物、魔物。
はいはい人類圏大陸ね。
「いやぁ、一時はどうなる事かと……お姉さんが居て本当に助かりましたよ! ありがとござぁす 」
「クスクス、気にしないでくれよ」
目が見えない常闇の中、芋虫の様に頑張って這い自称美女に礼を述べる。
手が使いないと座るのも一苦労だ。
彼女に手伝ってもらいながら洞窟の壁にもたれて座る。
「異世界転移したはいいけど、目と両手が使えなくなっちゃうとかハードモードも良いところだよ全く……」
「僕という美女が助けてあげてるだろ? 僕、結構強いんだよ。チートってやつの代償と思って諦めな」
「? ……はーい」
実際、頑なに名を名乗らない自称美女はとても強かった。
大きな獣を仕留めたり、それを食べられるように処理するのも指パッチン1つで行う魔女っぷり。
共同生活、と言うか介護生活を過ごして数日….…
「あぁ……」
「どしたの? 」
飽きた悪魔がまたやり直した。
何回目だ。
「…………」
「ねぇ」
目をくり抜かれ、手足をもがれ、舌を焼き切られた進藤和也が微かに身動ぎながら蹲っていた。
「ぉ……」
「お腹空いたかい? 」
小さく切った果物を食べさせてやりながら、悪魔が優しく微笑む。
「あぁ、吐いちゃ駄目だよ。昨日だって何も食べなかったじゃないか」
「ぃぁ……」
「死にたいなんて、言うもんじゃないよ」
ここまでの全ての和也に共通する事だが、今の彼に禍神の力は使えない。
正確には使える事を忘れ、元の世界で自分が何をしていたのか朧気でしか思い出す事は出来ないようになっている。
つまり、今の和也は人生経験が少ないだけのただの無力な凡人だ。
性格は引き続き明るいが、それだけ。
そんな凡人が突然身体の自由を奪われた状態で異世界に放り込まれたらどうなるか?
目は耐えた、腕も耐えた。
足を奪われた辺りで精神の平静を保つのが困難になった。
事ある毎に悪い方向に思い詰め、その度に名乗らない女に慰められて。
舌を奪われた時にはもう、和也は絶望しか抱けない程追い詰められていた。
とは言え絶望に染まり過ぎると禍神紅禍獣が表に出てくる為、無理矢理絶望を別の感情に変換し続けた。
結果がコレだ。
動かぬ身体への絶望が次の瞬間、訳の分からない楽しさに変貌する。
何も理解出来ないまま、抱いていた絶望と同じだけの楽しさに襲われてふへふへと無様に笑う。
理性はあるのでこれが不自然で気味の悪い現象だと考えれば絶望がまた溢れ、また楽しさに変換される。
自分が狂ってしまったのだと思い込み、ただただ死にたいと思うだけの芋虫と和也は成り果ててしまっていた。
「おかしいなぁ……」
ここまでやって、人一人を廃人にしてまでようやく悪魔は、邪なる瞳の王は違和感に気付く。
いつもなら、愛する人のこんな無様な姿を見て腹が捩れる程笑い転げていたはずなのに、ちっとも楽しくない。
和也の記憶を引用するなら、何回もやったゲームを作業感覚で進めていく様な……
「どうして? 」
悪魔の王に分かるはずがない、記憶を奪われた和也にも当然分かるはずがない。
この世界の誰しもが、悪魔の疑問に答えれない。
まさかまさか、そんなまさか。
悪魔王が普通の、人類の価値観に近付きつつあるなんて思うはずがない。
邪なる瞳の王はもう愛する人の絶望では愉しめなくなっていた。
かと言って本能と経験は絶望を欲し、手を止めずに絶望を与えても。
与えても与えても……楽しくなくてリセットする。
「どうして泣くんだい」
馬鹿ヤロー四肢と目と舌を奪われて心を弄られて泣かないはずがないだろう!
「……悲しいのかい? 」
当たり前だろうが!
こんな訳の分からない状況、悲しい所か舌があったら噛みちぎって即死にたいくらいだ。
「ぼくのせいなのか」
悪魔の王、邪なる瞳の王あんたのせいだぞ全部全部あんたのせいだぞ。
「もしか、して」
「ぼくは、悪いこと、してたのか? 」
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