第34話 悪魔

悪魔は何も愛さない。


「ねぇ。和也」


邪なる瞳の王は和也の頬をそっと撫でた、気を失っている和也は微かに眉を動かす。


悪魔は何も愛さない。

愛せない訳では無い。


ただ、愛する者の破滅を望んでしまう。


大切な人を不幸にしてしまう運命とか、そういう悲劇のヒロイン的な意味では無く悪魔自身が意志を持って破滅させる。


だって悪魔だ。

大切な人の悲しむ顔、怒る顔、絶望に暮れる顔、悪感情に染まった愛しい人の顔が見てみたくて仕方なくなる。


かつて、悪魔と恋に落ちた人の例は意外にも多く存在し、当然それら全てが破滅した。


幸せな朝、暖かな朝食を食べ、愛する者と団欒の最中……

ふと、愛する者を殺す。

呆然としてスプーンを取り零した幼子の四肢をもいで死ぬまで観察する。


そういう、生き物だ。

仕方ない。


「そう言えば、僕は君の笑顔しか見た事がないね」


邪なる瞳の王はかつての大戦、人魔戦争で暗躍していた頃を思い出していた。


当時暴れ回っていた一騎当千の英雄、正面から倒すのは困難と判断し英雄の恋人を狙った。

恋人を殺し、剥いだ皮を使って恋人に成り済ました。


暫くして帰ってきた英雄はまさか恋人が殺され悪魔と成り代わって要るなど想像出来るはずも無く、邪なる瞳の王の演技に完全に騙され幸せな束の間の平和を満喫する。


英雄は戦場では決して見せない穏やかな笑みを浮かべ、愛おしそうに邪なる瞳の王を撫でた。

愛を囁けば、甘い言葉で返してくれた。


数日後、満足した邪なる瞳の王は英雄の食事に毒を盛り半ば腐った恋人の死体を見せてやる。

心を完全に打ち砕かれ、戦う事も出来ずに恋人を抱いて死ぬ英雄の表情は……


その表情と来たら。


嗚呼。


「クスクス」


思い出し笑いを零す。


堪らなく愉快で、背筋をゾクゾクとした快感が登ってくる最高の日だったのが懐かしい。


多分、邪なる瞳の王はその英雄を好ましいと感じたのだろう。


愛しい人を想いながらプレゼントを選ぶ様に、どうすれば絶望してくれるかとプランを練る。

些か陳腐な演出になったが、邪なる瞳の王にとっては充分満足出来る絶望をくれた。


「ん……あれ!? 」


和也が目を覚ます。

目が覚めればいきなり場所が変わっているのだ、驚くのも無理はない。


「ここ何処? えっ暗……怖……」


和也はおっかなびっくり、ぺたぺたと辺りを触る。


「ここは適当な洞窟だよ、安全線よりほんの少しだけ西寄りのね」


戸惑う和也の耳元で、邪なる瞳の王が囁く。

突然聞こえた声に一瞬跳ねるほど驚くが、知っている声だと気付いてすぐに落ち着いた。


「お、おお……お前かよ。なんでこんな所? 確か……あーなんだっけ、良く覚えてない」


和也の記憶は中途半端な、連れ去られる直前で途絶えていた。

頼りない記憶を辿り、邪なる瞳の王が和也の事を好きだの好きじゃないのだのと言う話題の途中だったと思い出す。


「……ん、んん」


思い出して赤面した。

進藤和也引きこもり歴22年、もしかするとひょっとするとこの美女が自分を好いているのではという考えが巡り顔が熱くて仕方ない。


「うん好きだよ」


「!!!? 」


「好いとーよ」


「心を読んでグッとくる方弁告白にシフトするじゃねえよ! 」


和也は方弁っ子が好きだ。

関西弁もリクエストする。


「好きやで」


「ん、んおう……あっ! えっ! あっ! ……告白? これは」


何も見えない和也を驚かせない様に、優しく、ゆっくりと髪を撫でた。

和也の髪質は少し硬めで、撫でると反発して邪なる瞳の王の掌をやわやわと押し返す。


「告白だよ」


「ん……そ、そうか。でもごめん、俺は月を見る者が好きなんだ。結婚……も、アイツの言うように直ぐにじゃないけどしたいし……」


「知ってるよ」


「な、なんだよ2番目でも良い的な? そう言うのは良くないぞ絶対! 」


邪なる瞳の王は酷く悍ましい笑顔で、愛おしそうな声色で和也考えを否定する


「違うよ、1番だよ」


そっと和也の手を握る。

何も見えない今は尚更、悪魔と言われなければ人との違いが分からない暖かな手。

邪なる瞳の王は和也にコロコロとした、2つの塊を握らせる。


「君が欲しい、奪うね」


「略奪愛……かよ? 俺、知っての通り恋愛経験とか全然無くって、対応し切れねぇよ。俺はお前の事をLoveの方の好きにはなれねえ」


これ以上、話が進まないと見切った和也が壁に手をついて立ち上がる。

出口を探して辺りを見渡した。


「あぁ、落ちちゃったよ和也」


「なんだヌメヌメする……え? あぁさっきくれたやつ? 要らないよなんかネチネチするし」


「そうなんだ、じゃ僕が貰うね」


邪なる瞳の王はモゴモゴと2つの塊を咀嚼して飲み込んだ。

砂が付いてしまっていた様だが気にする様子はない。


「ねぇ、和也僕のとこに来てよ」


「しつこいな! 俺は帰るぞ! うおっとっと」


洞窟はかなり足場が悪い。

帰ると言ったものの、数歩も歩かないうちに和也は何度も転けてしまう。


邪なる瞳の王が支え、壁伝いに何とか進み、ようやく外らしい場所に出る事が出来た。


「あれ」


靴で地面を蹴ると土の感触がある。

先程までのゴツゴツとした岩の感触が無いし、肌では風を感じられる。


「あれ? 」


頬に触れる。

ほんのりと暖かい、陽が当たっていた。


こんなに暗いのに。


「あれ」


頬を伝う、この粘ついた液体はなんだ?


「大丈夫かい? 」


「へ、変なんだ」


液体を辿れば目に行き着く。

粘ついた液体は涙ではない。


「……いっ」


目に触れるとある筈の感触が無く、ヌメヌメとした液体が溢れて止まらない。


「よ、よこ」


「美味しかったよ」


「この……嘘だ」


両頬に手を添えて、向き直らせた邪なる瞳の王が和也を見詰めた。


うっとりとした表情で、#無くなった__・__#和也の瞼の奥を優しくなぞる。


「俺の目を……? 」


「あー、良いなぁそれ凄く良いなぁ」


「取ったのか……? 何で?食べ……」


「クスクス……」


和也にはもう見る事が叶わない、飛びっきりの邪悪な笑顔。


「何でって……君、だって」


君の事が好きだから。

君の全部を貰うよ。


キスをしながら首に手を回し、人差し指を頭蓋骨に差し込んだ。

人間の骨程度容易く貫通し、脳に触れた邪なる瞳の王がキスを止めて唇を離す。


もう和也にはキスに動揺する事も、抗う事も出来ない。


「ね、一緒に色々考えよ? 君はどんな風に僕と出会いたいかな? 」


「や……」

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