第29話 大司教と異端審問官長

「いってー、何も殴る事ないじゃんな」


腫れた頭を擦りながら城の廊下を和也が歩く。

少し後ろをエルヴィンとドロシー、そして愛歌が続いた。


「仕方ないっすよ。でも、メイドの行列なんてそうそう見れるものじゃないっすよ? 価値はあったんじゃないっすか」


「まぁ、記憶に強烈に残るエピソードではあった……」


やはりメイド、そしてメイド服は良い物だった。

今度、鋭く睨む者に頼んで着てもらおうかと和也が妄想する。


ドラゴンメイド、有りである。


鋭く睨む者は家事なんて到底出来ないだろう、むしろ火事が起きそうだ。

しかし、それもまた良い。


「むふふ」


「頭を打って……可哀想っす……」


「うちのお兄様がすいません……」


アホな妄想をしていたら、あっという間に目的地についてしまった。

和也らが先程メイド事件を起こしたのとは、また別と応接室である。


扉を見ただけで、この部屋に招かれる人物の高貴さを容易に想像出来た。


「ふっー……最初は誰だっけ」


「勇者教大司教様、及び異端審問官長様っす」


「今更だけど、どんな人? 」


一兵卒でしかないエルヴィンからすれば、噂程度しか彼らの情報は入ってこない。

そう前置きしてから語り出す。


「大司教様は、比較的穏健派寄りの方っす。慈善事業や奉仕活動を主に行っていて、優れた魔法使いでもある為に安全線の防備に関する、魔法的防護とかも行ってくれてるっす」


「ほう……良い人そうだ。明らかにヤバそうな肩書きの方は」


「異端審問官長様は……かなり過激派の方っすね。魔物死すべし、魔王死すべしを至上としている勇者教きっての武闘派っす。カズヤさんの発言によってはその場で……」


「やばね? 」


もう絶対入りたくない。

しかし、入らなくちゃいけない。


「とりあえず、お部屋にはカズヤさんと妹さんが入ってもらっす。俺とドロシーはここで見張りをしておくんで」


「一緒に入ってくれないの? 」


「立ち入る資格無いっすよ俺たちなんて、妹さんがいるんでいいじゃないっすか。ほらほら入った入った」


エルヴィンに押され、仕方なくドアをノックした。

年老いた声でどうぞ、と返ってきたのでゆっくりドアを開ける。


「し、失礼します。進藤和也です」


「進藤愛歌です」


「態々お越しくださり、申し訳ございません」


「……」


応接室の中、腰の曲がった老人と長身の青年が2人を出迎えた。

刺すような視線が和也に注がれる。


「私は勇者教の大司教を務めております、アンバーと申します。この者はシィフ、私の部下で異端審問官の長をさせております」


白が基調のゆったりとした法衣、恐らく身分の高い者が身に付けるであろう金の装飾が施されている。

それを身に纏った老人が、穏やかに微笑んだ。


紹介されたシィフ異端審問官長も、無愛想に頭を下げる。


シィフ異端審問官長は、大司教の法衣とは色違いの黒い法衣を着ていた。

更に大きな違いとして、腰に剣を差している。

灰色の目が薄気味悪い。


「初めまして! お、お会い出来て光栄、です! 」


「いやいや、そんなに固くならないで下さい。貴方は勇者教を信仰していないと聞いている、では、私など他所の爺に過ぎませぬ」


ほほほ、と品良く笑う大司教の目は笑っていない様に見えた。


「……そ、それでその」


「面会を希望した理由ですかな? 」


「あっ、はい」


大司教がズズイっと和也に近寄った。

純日本人な和也と比べ、この世界の人間は大抵背が高い。

上方からの圧迫感に苦しむも、何とか後退らずにその場で耐えた。


琥珀色の瞳に、和也の黒い瞳が映り込む。


「貴方は魔王ですか? 」


気付けば、首元に針のように細く長い短剣が押し当てられていた。


「お兄様! 」


「動くな小娘、1歩でも動けばこの男は死ぬぞ」


「愛歌ちゃん、落ち着くんだ」


短剣を押し当てていたのは大司教では無く、付き従っていたシィフ異端審問官長であった。

灰色の目が爛々と輝き、縮んだ瞳孔が和也を射抜く。


和也も愛歌も1歩でも動けないでいると、アンバー大司教が先程と同じ、穏やかな表情で和也に聞く。


「貴方は魔王ですか? 」


喉元の短剣に力が込められる。


愛歌の目が据わった。


「駄目だぞ愛歌ちゃん」


外のエルヴィンとドロシーに助けを求めれば、彼らで対処出来ないにしろアークライトやら他の兵士を呼んできてくれるだろう。

しかし、それをこの異端審問官長が許すとは思えない。


「質問に答えて頂けますか? 」


「……俺は魔王じゃないです。でも、そう呼ぶ魔物もいます」


「魔王としての魂をお持ちだ」


「知らないですよそんなの」


空気がひりつき、張り詰めている。

膠着している様で、状況は1歩ずつ決壊へと向かっていた。

愛歌が、痺れを切らして今にも戦闘を開始してしまいそうなのである。


シィフ異端審問官長がどれ程の使い手かは定かでは無い、アンバー大司教という魔法使いも控えている。


それでも愛歌は退かない。

兄、和也の危機に戦闘意欲を剥き出しにする。


「……貴方達の望みって、俺を殺す事ですか」


「魔王はこの世に居てはいけない存在です、殺し抹消するのが民の為……」


「だから! 俺は違いますってば! 話を聞かねーな! このお爺さんは! 」


アンバー大司教の年老いた枯れ木のような手が和也に触れた。

はめていた金色の指輪が額に当たり、ひんやりとする。


愛歌が半歩、間合いを詰めてシィフ異端審問官長を蹴り飛ばした。


「お兄様に汚い手で触れるな! 」


同じく密着していたアンバー大司教も飛び退き、大してダメージの入っていない様子のシィフ異端審問官長と共に距離をとる。


「愛歌ちゃん! 」


「進藤流第三代目鎮め手、進藤愛歌がこの先の喧嘩を承る! 」


「待つの! こら! 」


持ち込んだ短剣を抜き放ち、逆手に構えた。

興奮しきった愛歌の息は獣のように長く鋭く、応接室に響く。


「ど、どうしたっすか! わぁ!? 」


「何があったの? アイカちゃんも、カズヤさんも」


これだけ騒げば、当然外にいた2人が駆け付けてくる。

尋常では無い様子の愛歌を見て、エルヴィンはまた厄介事かと冷や汗を流した。


「このガキ……よくも」


「ん? ……ホホホ、これは大変失礼致しました。シィフ、剣を納めなされ。疑いは晴れた」


「……かしこまりました」


大司教は和也に触れていた手を軽く振る、合わせて光の粒子が微かに舞った。


「カズヤ殿、無礼をお許し下され。魔王であるかは不明、しかし善良な者であると判断いたしました故」


「えっその手は何……」


「勇者様の12の宝具、その1つ。審判の指輪でございます」


「えっ何それ」


「触れた者が善良であれば何も起こりませぬ」


「えっ善良じゃなかったら? 」


「弾けて死にます」


「えっ……えっ?」


アンバー大司教がよっこらせ、とまた席に戻る。

シィフ異端審問官長もため息をついて席に着いた。


「えっ? 」


「さぁ、改めて面会をいたしましょうか。座ってくだされ」


「えっ……」


座る。


「まぁまぁ暖かなお茶でも」


お茶も出された。

飲む。


「……えっ!? ちょ、何なの! 訳わかんないよ! え!? ドッキリ!? 」


「ほほほ」


「笑ってんじゃねー! 」


1番困惑していたのはスイッチを完全に切り替えていた愛歌だ。

振り上げた拳を振り下ろす場所が無くなり、おろおろと和也を見る。


「えっと……とりあえず座ろっか愛歌ちゃん」


「あはい」


「あの、俺らどうすれば良いんっすか……? 」


エルヴィンも戸惑い、ドロシーも戸惑う。


和也も分からなかった。


何かもう分かんなかった。

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