第21話 悪魔の牢獄

「まず、転移の魔法陣についてご説明いたします」


一行が通されたのは、和也が予想していた秘密の祭壇的な場所ではなく屋外、それもかなり大きく待機列や受付の様な物まである場所だった。


政府要人アークライトお爺ちゃん、当然の如く顔パス。


砦の中にあるくせに公共の交通機関、和也の知る物で例えるなら電車や飛行機の様な扱いらしい。


「この魔法陣は、上に乗った者の魔力を使い、予め決めておいた別の魔法陣に移動するという物です。最低限の魔力があれば作動致します、事前の検査で作動に問題ない魔力を保有している事が分かりましたので、ご安心下さい」


和也は説明を話半分に聞きつつ、床に掘られた溝を靴でなぞる。

円をベースにした複雑な模様、魔法陣は今の所ただの溝にしか見えない。


「お兄様、ちゃんと説明聞かなきゃダメですよ? 」


「でーじょうぶだ。全部この魔法陣がやってくれるんでしょ? 俺たち立って魔力吸われるだけじゃん」


「それも、そうですけど」


慣れた係員の説明もひと段落、ゾロゾロと全員が魔法陣に乗り込んだ。


「最後に、魔力の消費は全て自動ですので魔力を無闇に放出したりしないようにお願い致します。ある程度セーフティはありますが、多少座標がずれる可能性があります」


「だってさ。気を付けようね」


「魔力の使い方分からないので、私は大丈夫だと思います。あの、何だか嫌な予感が」


え?


と聞き返す間もなく、刻まれた溝に光が流れ込み、眩く輝き始めた。


身体の中の何かが抜け出る感覚。

これが魔力かー、と和也がふんわりファンタジっていると。


大きく、鼓動が乱れた。


「……ぉ? 」


「ッ! お客様! 魔力の放出をお辞め下さい! なんて魔力、座標が! 」


「カズヤ! 」


「お兄様! 」


「むごごむむぉおぉ!!!! 」


案の定何か起きた。

何か起きれば大抵こいつのせいだ、と当たりをつけていたアークライトが和也の元まで駆け寄り掌底を叩き込む。


迷いがない、あわよくば死ねと言う意思が垣間見えた。


「えっえっえっ何これ何こ……グホォ!? 」


普通、意識を絶てば魔力の放出は止まる。

転移の魔法陣緊急マニュアルにも、こう言った場合使用者の意識を刈り取る事が推奨されていた。


修羅の国、怖い。


アークライトの放った掌底は和也の鳩尾に衝撃を浸透させ、一瞬で意識を消失させる。


しかし、魔力は止むことなく魔法陣を過剰に作動させ続けた。


「この……! 」


最終手段だ。

魔法陣から投げ飛ばし、魔法陣の影響から離す事が出来れば流石に何とかなる。


担ぎ上げた和也を、アークライトは渾身の力で放り投げた。

アークライトの剛腕は、人間を投げ飛ばす程度造作も無い。

和也はあっという間に魔法陣から離れ、何も無い床に叩きつけられる。


「アークライト様! まだ魔法陣が! 」


「馬鹿な……! 」


それでもまだまだ魔法陣は止まろうとしない。

むしろ輝きを増し、和也から止めどなく溢れる魔力を喰らい続けた、


是が非でも和也をトラブらせようとする運命の強い意志が見える。

前世で何した進藤和也!


「全員魔法陣から出ろ! 」


「は、はい! あ……お、お兄様が! 」


光の粒子が和也を包み始めた。

同時に、和也の身体も光の粒子となり解け始める。


「意識を失い、魔法陣から出たと言うのに……」


こうすれば大丈夫、そういう安全神話を完全に打ち砕き。

和也は1人、誰も知らない場所に消えていった。


妹、愛歌の悲痛な叫び声だけが木霊する。










「むにゃむにゃ……うっ……んん」


真っ暗で、埃っぽい。


そんな場所で、腹部に違和感を感じて和也の目が覚めた。


「痛い……お腹痛い……ここ何処だ」


辺りに目を凝らしても、なんせ暗い。

何も見えず、歩くと言うより這うという有様で少しずつ周りの情報を集めた。


床の素材は石、壁や柱も石。

石しかねぇ!


埃っぽく人の気配は微塵も感じられなかった。

暗くて確認出来ないが、きっとおニューの服は埃まみれで台無しだろう。


「暗いよう怖いよう……おーい! 愛歌ちゃーん! お爺ちゃんー!! 鋭く睨む者ー!!! 」


おーい……おーい……


何度も何度も反響し、ようやく静かになる。


「広そうだなぁ。なんなんだここは」


とりあえず、お薬をペロリ。


「もごもご……ここいたらお薬の消費が馬鹿にならなそうだ。早いとこ出ないと」


少なくとも、ここに人はおらず出口も遠そうだ。

立ち上がり、壁に手を当ててゆっくりと進み始めた


「しっかりした造りしてるなー、地下道……何の? もしや古の地下帝国とか」


……クスッ。


「!!!!!!!!!!!!!! 」


聞き間違えとは到底思えない。

突然聞こえてきた、誰かの笑い声に和也、渾身のビビり。


その場に這い蹲って小刻みに震え出す。


「あー! あー! 何か聞こえた! 何か聞こえたよー!! 」


クスクス。


「何わろてんねん! 」


クスクス。


「ううぅ除霊的な専門家は愛歌ちゃんの方だからなぁ、くそぅ何で居てくれないんだよぉ助けてよ愛歌ちゃーん! 」


クスクス……クズ。


「さらっと罵倒してない? 」


笑い声に乗じて和也をからかう謎の存在。

開き直った和也は、笑い声が聞こえる方向に歩き始めた。


「幽霊かなぁ幽霊だと嫌だなぁ」


クスクス幽霊じゃないよ……


「もう普通に声届いてるし、その方法で会話するのやめよっか」


「そうかい。あ、そっちを右だよ、段差が有るから気を付けてね。崩れ易くなってるからその辺の壁は触らない方がいい」


「一気に気安くなったなー」


何度も角を曲がり、段差で転けつつ。

謎の声に導かれるがまま1時間程、進み続ける。


「お疲れ様。此処が最深部だ」


「潜ってたのかよ! なんか下りの階段多いなーとは思ってたけど」


そこは、相変わらず真っ暗で何も見えないが、何だか漂う雰囲気が違っていた。


陰鬱とした空間に、青白い明かりが灯される。


「ごめんね。でも結局それが1番早いルートなんだ、結果的にね」


女が立っていた。


薄汚いボロ布の様な衣服を纏った女。

額からはねじ曲がった一対の角が生え、瞳は怪しく黄金に輝いている。


「ここは、牢屋? なんで閉じ込められてるの」


「昔、ちょっとヤンチャをしてね」


光源は女の掌にて燃える青い炎だった。

怪しく照らされる女の顔は、ゾッとする程に整っている。


大袈裟な鉄格子の奥にいる女はやれやれ、と肩を竦めて笑う。


「クスクス、何はともあれ久々の意味ある会話だ」


「賭けてもいいがお前は僕っ娘だな? 俺は詳しいから分かるんだ」


「は……? 」


こんな場所に閉じ込められているくせに身なりが整い過ぎている。

角の事もあるし、魔物である事は間違いないと和也は断じた。


少しでも情報を集めようとするが、僕っ娘かどうかが気になり過ぎて話が大きく逸れてしまう。

何せ僕っ娘だ、仕方ないね。


和也は僕っ娘が大好きだった。


「うん、まぁ……確かに一人称は僕だ。それより、僕を他の下等な魔物と同じように認識しているのは気に食わないね」


「ん? 」


「ふん、君が会った魔物はゴブリンにオーク、あぁドラゴンは別枠だね。後はケンタウロスか。僕はそれらと一線を画す存在だよ」


「……ええっと? 何言ってるの」


まるで、頭の中を覗いているかのような言動に和也は君の悪さを感じる。

ポケットの中、お薬の入ったケースを爪で弄る。

ストレスが溜まった時の、和也の癖だった。


「それより、お薬の時間は良いのかな? 僕との会話やここの瘴気に当てられストレスが溜まってるんじゃないかい? 」


「お前」


「君も難儀だよねぇ。無意識の悪感情さえ、内に縛り付けた神の機嫌を損ねてしまうだなんて。お薬で、麻薬で定期的に気分を高揚させる必要があるなんて」


「黙れ」


「なるほど、お薬の話題は嫌いなんだね? あぁ……なるほど! いくら調整してると言っても、麻薬は麻薬。妹さんの長い髪は昔君が付けた額の傷を」


和也から黒いモヤが溢れ出た。

モヤは腕を形取り、牢の向こうでしたり顔を続ける女の首を掴む。


「黙れ」


「うぁ……い、良いのかいこんな。僕に、近付いて」


物理的な力はそれ程有る訳では無い。

しかし、この黒いモヤは触れた者の死を司る権能を備えている。


このまま、殺してやろうか。


和也が冷え始める感情で、死を与えようとした瞬間。


意識が白濁し始める。


「!? 何したこの! 」


黒いモヤの腕が自分の意思で動かない、権能も使えない。

逆に、女から離れる。

和也の意に反し牢の鉄格子をこじ開け始めた。


「げほ、げほ。あぁ、ありがとう和也君。そんなに近付いて、僕に触れるまでしてくれて。この中じゃそうまでしないと、人間を操る事すら出来ないんだ」


「この……なんで」


足に力が入らない。

立っていられなくなり、汚い床にへたり込んだ。

そうしている間にもモヤの腕は牢をこじ開け、とうとう女が出てこれる隙間を作る。


「心を覗くばかりで、僕の自己紹介がまだだったね」


「改めて。初めまして、僕は悪魔の長、邪なる瞳の王。今日から君のご主人様だよ」

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