第20話 お色直し

要塞都市マリーナの仕立て屋。

田舎と言えば田舎であり、僻地であるが要所故に人通りも需要も都会並と言って過言では無い。


そんな街で、3代程続く仕立て屋。

ブラウン服飾店を経営する老人、ブラウンさん46歳。


腕は一流、しかし奢らず質素に、帝都にある大きな店の誘いを断り続けこの小さいが伝統ある店を守り続けていた。


「だからねお爺ちゃん、これってば異世界転移の正装みたいな物な訳よ」


「申し訳ありませんシーザー様、お兄様は創作を真に受ける方で……」


ブラウンは、おや、と眉を上げ手慰みに作っていた小物を仕舞うとカウンターに立つ。


どうやら客らしい。


少々騒がしく、声も幼い。

この店は見た目こそ質素だが質の高い商品を置き、値段は庶民、しかも子どもにとって優しいとは到底言えないくらいだ。


家族への贈り物かな……そう思い、歴戦の営業スマイルを浮かべ客を出迎えた。


「お邪魔しまーす」


「お邪魔いたします」


「いらっしゃいま……」


入ってきた若い男女。

互いに趣の違う、珍しい衣服を着た2人を見てブラウンは腰を抜かす事となる。


男の方の纏う雰囲気、そして魔力の禍々しさに。


「あれ、店員さん? いないかな」


まず、前提としてこの世界である程度長生きした人間というのは1つか2つ、修羅場を潜ってきている。


逃げるにしろ戦うにしろ、そう言った者を手助けするにしろ何かしらの生き延びる術を磨かざるを得ないのが、この世界の人類である。


故郷に突如現れた悪魔。

街を気紛れに襲うドラゴン。

餌場を追われた魔獣。


そう言った者らの脅威を、ブラウン服飾店3代目店主、ブラウンも何度か退けた経歴を持っていた。


その、経験が警笛を鳴らす。


「お兄様、カウンターの裏に誰か倒れています! 」


「なんやて! きゆうめいきゆうじよだ! 」


「言えてませんお兄様! 」


駆け寄ってきた若者に怯え、後ずさる。


「ひ、ひい! な、何なんだあんたら! なんて、馬鹿みたいな魔力を垂れ流してる! 」


「あっ、異世界転移っぽいそれ」







「この馬鹿が、馬鹿をしたようで本当に申し訳無く思う。目を離してすらいないと言うに、馬鹿をするとはこの馬鹿が。瞬きか? 瞬きすらお前にとっては馬鹿をするのに充分な時間だというのか馬鹿」


「い、いえいえ! その様な、頭をお上げ下さい辺境伯様! まさか辺境伯様のお連れ様とは知らず、とんだご無礼を! 」


馬鹿と言われ過ぎた和也、一目で分かる程ナーバスとなり項垂れていた。


魔力とか言われても分からんし……が和也の言である。


「さっきまで出来ていたのに、突然垂れ流しおって。魔力と、異能故の禍々しさは後で何とかする。今はさっさと服を仕立てて貰え」


「はーい……」


「あ、私はこのままで……装いにも意味が込められていますので」


「そ、それでは寸法を図らせて頂きます」


和也の寸法を、丁寧に慣れた動作で書き留めていく。


「ふっ」


「あ、お腹は楽になさって下さい。窮屈に仕上がってしまいます」


「お兄様、太りました……? 」


「そうかなぁ、爺や意外と料理上手いんだよねぇ」


そう言えば、一応春の息吹を通じて言伝を残しているとはいえ魔物達が心配になってきた。


和也を溺愛する魔物らが、冷静に待っていてくれているのかとても不安だ。

1度死んで、悲しませてしまった手前余り長い事空けずに帰ってあげたい。


「お爺ちゃん、俺ってばどのくらいで帰れるの? 」


「あの山へか? 最短だと2、3日くらいだろう。契約が済んだ後、色々な者が接触してくるだろうからそれを上手く、お前が捌ければの話だがな」


「ふーん。あ店員さん、ベースカラーは黒でお願いね黒! やっぱ死を司る者としては黒で! 」


接触を、精々繁華街の客引き程度にしか考えていない和也。

今1番気になるのは自分のイメージカラーである。


いい歳こいて厨二病を患い続けている彼としては、黒が譲れなかった。


後は立てる前提の襟や、無意味なよく分からないベルト等の装飾、指貫グローブも外せない。

因みに全て却下された。


色も、デザインも、無難過ぎて風景に溶け込む。


The街人その1が完成した。

村人でないだけ温情である。


「なーんか、地味じゃない? 」


「カジュアルだがフォーマルでも通用する、流行りの服装らしい。まあ対象が年配の店故、幾らか渋くなるのは我慢しろ。店主、会計を」


「うーん、ナウなヤングとしてはなー」


横に立つ巫女服の妹、会計をしてくれる白銀の鎧の紳士、後馬車にて待つ彼シャツならぬ彼ジャージのドラゴン。

無難だが、逆に目立つくらい周りが派手だ。


「お兄様の礼装もお持ちすれば良かったのですが、持ち込める容量に限界があり申し訳ありません……」


「いやいや! 愛歌ちゃんはわざわざ世界跨いでまで来てくれたんだから、これ以上無いくらい感謝してるよ。ところでどうやってこっちに来たの? 」


「ええと……あはは」


愛歌は頬を掻き、はぐらかすように笑う。

明ら様になにか隠していた、兄妹揃って分かりやすい。


「え、なに? もしかしてやばい力に手を出した的な? やめとけやめとけ、ロクな事にならないって古今東西あらゆる物語が言ってるよ? 」


「ぎく! 」


「今ぎくって言ったね! 言ったよね! 分かりやすいなー! 」


「う、五月蝿いですね! ちゃんと精算は終えています! 」


「借りた事そのものを言ってるの! 」


ギャーギャーと喚く和也と愛歌の頭に拳骨が降ってきた。

愛歌はきゃっと言うくらいだが、明らかに和也だけ威力が高い。


「馬鹿者、店で騒ぐな。出るぞ」


「平等なんだかフェミニストなんだか分かんないお爺ちゃんだなぁ。じゃあ、噂の転移の魔法陣へ? 」


「そうだ、さっさと馬車に乗り込め。先程から待たせているドラゴンが不機嫌で、馬が怯えて仕方ない」


異世界コーデで馬車に乗り込み、ゴトゴト揺られる事10分。

鋭く睨む者が捕えられていた砦に比べて小さいが、人がひっきりなしに出入りして活気のある砦に辿り着いた。


殆ど顔パスで中に入り、降ろされる。


「ひひん……」


馬車は鋭く睨む者を降ろした途端、張っていた神経が緩んだのかその場に泡を吹いて倒れ、大騒ぎとなる。


ドヤ顔の鋭く睨む者をこら! と叱り、アークライトの後に続く。


因みに鋭く睨む者は身動きが取れない為、台車に乗せられ危険な兵器の如く厳重に運ばれていた。

いや実際危険な兵器である。


アークライトから逃げつつ暴れ回ればこの要塞都市は一瞬で壊滅するだろう。


「転移の魔法陣には、転移する者の魔力をある程度食う。魔法を使った事は? 」


歩きながら部下と打ち合わせをするアークライトが、視線をこちらにやらず問いかける。


「ええと、そもそも魔法とは」


「似たような変な力なら! 」


「もふぁもふぁもごご」


「……まぁ、二人とも潤沢に魔力は持っているようだ。転移自体は問題無かろう。ただ変に力を加えたりするんじゃないぞ特にカズヤ」


「さっきから俺への扱いがねぇ、悪いのねぇ」


「カズヤ、お前がその巫山戯た言動は置いておき無闇に場を引っ掻き回すような者じゃないのは分かっている。だがカズヤ、お前は馬鹿だ。そして恐らく、そういう星に産まれて来た者だ、どうせ、何かやらかすから前もって言っておく」


「おぉ」


「凄い観察眼だ、みたいな目でお爺ちゃんを見ないでね愛歌ちゃん傷付くよ」


ネタバレとなるが。


和也はやらかす。

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