第12話 救出作戦


「聞いたか? 」


「うんヤバい」


「……もう見た? 」


「すごかった」


いいなー! と男の兵士が羨ましそうに隣の女兵士を見る。

2人が駐留する砦には今、帝国十二勇士の辺境伯アークライト・シーザーが捕らえたと言われるドラゴンが幽閉されていた。


「エルヴィン、大きな声出したらまた隊長に怒られちゃうよ」


「はーい。ったく、皆今頃憎きドラゴンを肴に宴会かなぁ。俺たち夜明けまで見張りだってのによ」


「忍び込んで、何か持ってきてあげよっか? 」


「やめろよ。お前まで怒られちゃうぞドロシ ー」


別に、今の状況をどうかしたくて愚痴った訳じゃ無い。

ただの暇潰しだった。

今は5月、昼は少し暖かいとはいえ夜はまだまだ冷える。

手を擦り合わせながら、雑談で気を紛らわせてつまらない見張りの時間を過ごしていた。

2人が見張る裏門は資材の搬入程度でしか使われない。小さく利便性の低い出入口だ。


警備の重要度もそこまで高くない。


エルヴィンとドロシー、同郷の2人はヴィセア帝国軍安全線警備隊に務める兵士であった。

兵士と言っても徴兵による参加の為、来年の春には田舎に帰れる予定となっている。


そんな事情から、徴兵された彼らの装備は志願兵に比べ若干お粗末だ。

鎧の下に着る服は、色こそ白と決まっているが何でも良いし咎められる事は無い。

鎧なんて、胸しか覆っていないタイプの鎧だ、これすぐ死んじゃわないですか? と聞けば大丈夫、魔物相手だとどんな鎧でも大抵無意味、とは隊長の談である。

ちなみに武器は槍、武器の王様槍である。


「帰った後の方が忙しそうだなー、畑とか荒れてるだろうし」


「残ってる人達だけじゃ、大変な量だもんね」


そっと近付いた和也が尋ねる。


「何作ってんの? 」


「小麦だよ」


「へー、やっぱパン? 朝はパン? 」


「はは、朝どころか昼も夜も……!? 」


突然、影から現れた和也に驚くエルヴィンとドロシーが剣を抜こうとして、手を止める。


「……グギ」


2人の喉元には鋭い短剣がそれぞれ突き付けられていた。

刃は触れていないというのに、鋼の冷たさが伝わってくる気がする。


2人は初めて感じた故に上手く言語化出来なかったが、これを殺気と言い、2人は完全に飲まれてしまっていた。


「爺や、あれやってよ。首とんって、気絶するの」


「ギ……アブナイ、ヤッタラ、オキナイカモ、ヨイ? 」


背後から2人の首筋に刃を突き付けていたのは爺や、小柄なゴブリンであった。

5歳児くらいの身長しかないゴブリンが、この場を完全に支配している。


「あー、やっぱダメ。誰も殺さないようにって言ったの俺だもんね、じゃあ案内してよ、さっき話してたドラゴンのところ」


「……」


「……」


和也の目配せに緑の刃が短刀を動かす。

短刀が浅く、2人の喉の肌を裂いた。

真っ赤な血が一筋、ツ……と流れて鎧の下に消えていく。


「お願いしてるんじゃないんだ、案内しろ」


「わ、分かった」


「エルヴィン……! 」


「うるせ、なぁ殺さないってのは本当だな」


エルヴィンはじっと和也を見た。

恐怖に瞳が揺れている、しかし縋るような弱い目ではない。


これが天敵のいる人類の目か。

和也はこっそり感心し、頷いた。


「本当だ。するど……ドラゴンを助けられれば他はどうでも良い」


「分かった」


非難するようなドロシーの睨みを無視し、エルヴィンが勝手に話をつける。


「言っとくけど、こんな不寝番をやってる所から見ての通り俺達は偉くない。場所を教える事は出来るけど、それ以上は無理だ。人払いとか撹乱とか、期待しないでくれよ」


裏門の傍、通用扉を静かに開けて中にはいる。


中は等間隔で火が灯っていたが基本薄暗く、光源が松明という事もありチラついて見えにくい。

現代日本の証明に慣れた和也からすれば、酷く不便な通路に思えた。

しかしゴブリン、緑の刃からすれば関係無い。

小さな体躯を活かして影を歩き、常に和也の数メートル先を進んで安全を確保し続ける。


エルヴィンとドロシーは、その熟練の動きにこっそりと唸る。


「ドラゴンは砦の真ん中、中央の練兵場にいるらしい……な? そうだろドロシー」


「……うん」


「おい、機嫌直せよ。勝手に話進めたの悪かった、でも完全に逆らったら死ぬコースだったろ」


「別に怒ってない、ただ何時もエルヴィンは勝手だなって思っただけで」


「おいおい……」


「あのー、イチャイチャしないで、もらえます、かね」


鋭く睨む者が捕えられたと聞き、決死の思いで侵入した砦にて、まさかの痴話喧嘩。

幼馴染らしい2人の会話に、和也げんなり。

ブラックのコーヒーが欲しくなった。


「あっすんません、ほらドロシーお前も謝れよ」


「ふん」


「おい! そんなんだからおばさんも嫁ぎ先心配して」


「し、心配いらないもん。エルヴィンが、貰ってくれたら……ごにょごにょ」


「え? なんだって? 」


「あ、終わらないやつ? 痴話喧嘩終わらないやつ? 甘酸っぱいの今度にしてくれないかなー」


22歳、童貞、無職。

和也には些か刺激が強い空間が暫く続く。

難聴主人公とか初めて見た、聴き取れなくても話の流れで分かるだろ、これもうプロポーズよ?

お幸せになれ。


「お前絶対妹いるだろ、若しくは姉。血が繋がってないと見たぞ。後は幼い頃、都会に行って再会の約束をしたもう1人の幼馴染とかもいるな? 」


「え! すごい、よく分かったっすね」


「マジか。まあな、知識だけはあるもんよ。かく言う俺も年の離れた妹がおってだな」


「オウ……アレ、ヲ」


会話を遮る嗄れた声。


緑の刃が通路に開いた窓を指さした。

何も無いグラウンドがあり、中央に鎖でグルグル巻にされた何かが居る。


微かに身動ぎ、月明かりに紅い鱗が反射した。


「鋭く睨む者……! 」


「ケイビ、タクサン、コロサズニ、タスケル、ムズカシイ」


窓からこっそりと覗いて広場を確認する。

見える範囲でも何十人もの兵士が警戒に当たっていた、緑の刃が補足で指差した先には更に人がいるらしく、多分100人くらいは居る。


「ドラゴン、ケガ、アタエラレツヅケテル、マリョク、タリナイ、ナニモデキナイ」


仄かに光を帯びた剣やら槍で頻繁に刺され続け、鋭く睨む者は細い呻き声を漏らしていた。

多分、竜結界とか言うのも魔力が足りないから使えないんだろう。


殺せば転生するから、生かさず殺さずで捕らえているんだ。


「あの野郎……惨いことしやがる」


「あのー、俺らもう良いっすかね。案内はしましたし」


どうしたものかと悩む和也の肩をつつきながら、エルヴィンがおずおずと問いかける。


こいつも中々、肝が座っている。


「ん? あー、どうせ派手にやるし、逃がしても良いか。良いよ、持ち場に戻るなり報告するなり」


「あ、良いんっすか? あの、悪い事言わないで止めた方がいいっすよ、ここ今帝国十二勇士の辺境伯様がいるんです」


和也の人の良さは、短い道中で何となく分かってしまった。

明らかな敵なのだが、同じく人の良いエルヴィンは忠告してしまう。


「知ってる、ドラゴンが負けたって事はそいつがいるかもって言われて来たし……爺や」


「……マダ、キガツカレテナイ、デモ、ナニカスレバ、スグミツカリマス」


「良し、外の奴らに連絡。初動で崩す」


「ギギ……ギョイ」


信じられない、とエルヴィンは和也を見る。

ドロシーは何も言わないが、似たように目を丸くしていた。


「あ、あんたら戦争でもする気なんすか。ヤバいっすよ……あんたら」


何者なんだ。


疑問を口に出そうとして、息を呑む。


月明かりに照らされた和也の瞳が怪しく、しかし優しく輝いていた。

ここらでは見ない黒い瞳は闇に溶けるでも無く、浮かび上がるでも無く、ただそこにあって不思議な魅力を放っている。


ゾッとする程綺麗だった。

瞳その物と言うより、その奥に蠢く何かが、である。

見てはいけない物を見た気がしてエルヴィンは目を逸らした。


「戦争は多分彼らには必要な物だ、だから起こす。でもやり方を迷ってる、上手くやらなきゃいけない」


とりあえず、と一息区切りエルヴィンらから目を離す。


「この砦は崩す」


火の手が上がった。


大地を揺らすような恐ろしい叫び声と、兵士らの困惑した声が響く。

あちらこちらで火が回り、あっと言う間に砦は大混乱となった。


「な、なんだよこれ」


事態を収拾しようとする指揮官が大声を張り上げ、火の粉の舞う通路を駆けていくのが見えた。


「あ、あんた! 正気じゃねえっすよ! こんな、ドラゴンを助ける為に帝国に喧嘩を売るなんて! 馬鹿げてる! あんた、魔物の肩を持つんすか!? 魔王にでもなる気なんすか!? 」


こんな状況になってもまだ逃げていなかった。

と言うより、唖然として逃げれなかったエルヴィンを、和也はまだ居たのかという呆れた顔で見た。


「ああ、そのつもりなんだ」


黒い瞳は炎が良く映えていた。

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