第7話 和也空を飛ぶ

少しだけ、冷静になる時間が出来た和也は考え込む。


この世界に来てから一ヶ月が過ぎた。

ドラゴン、名前は鋭く睨む者とかいう訳分かんない文みたいな感じだった。

ゆっくり話を聞くと、爺やの名前は緑の刃、オークのリーダーっぽい奴は鉄の猪というらしい。


ドラゴンだけ名前長くない? と聞くと、長い時を生きるに連れて名前が増えていったらしい。

爺やもオーク、鉄の猪も生まれた頃は名前が無い。

魔物は戦場やら狩り、何かしらの役割を持ったりして名前が付けられるまで、ただの種族名でしか呼ばれないそうだ。


ちなみに、何度進藤和也と名前を教えても王、とか魔王、とかしか呼んでくれなかった。


そんなこんな、進展してんだかしてないんだか分からない日々が過ぎ。

流石に空気の読めない和也と言えど、状況を飲み込めてくる。


40年前、魔物を率いて人類と戦った魔王が死に、和也はその魔王の生まれ変わりか何かと間違われている訳だ。

容姿はそれ程似ていないらしい。


魔力と呼ばれるよく分からんエネルギー、和也の腕から放たれる癒し育てる謎の光、これが魔力らしく、それが魔王と瓜二つだから魔王再誕! とか騒いでるのだとか。


和也には元いた世界の記憶があった。

22歳まで生きた記憶は確固たる物だ、世界が違う以上、この世界の魔王が転生して和也になったというのはなんだか違和感がある。

かと言って否定する根拠がある訳でもない。


魔物達は和也を魔王と慕い、働いてくれる、和也に王であれと求めるのだ。


なら、と。


和也は王となる事を決めた。









「ふっーはっはっはっはっ! 」


急拵えの高台で皮鞭を振るい高笑いをするのはそう! 御馴染み進藤和也である!

高台で鞭を振るものだから何にも当たらない!

ただ空気をヒュンヒュン切り裂くのみである!


優しい!


「オーク諸君! しっかり働くのだ! ふはは! 」


王様なら高笑い、高い所、鞭、と安直な発想で魔物らに指示を飛ばし、木造の高台を作らせ皮で鞭を作った。


最後のは王様というか女王様なのだが、魔王として振る舞う和也にツッコミを入れられる者など存在しない。

やりたい放題の独裁を行なっていた!


小麦畑の管理が落ち着き、慣れと適性からゴブリンらだけで間に合うようになった。

オークは手隙となったので新たな仕事を割り振っている。


「お前達の家なんだからなー! 気合入れて作れよー! 」


割り振った仕事は廃村の再建。


何時迄も廃坑の広間で雑魚寝という蛮族スタイルで居るわけにもいかず、着工したのが一週間前。

オークらは建築に慣れていたようで、簡易的でありながら住居が立ち並び村はほぼ蘇りつつあった。


全て同じ間取り、ワンルームの一戸建てである、リビングだとかダイニングだとかキッチンと言った洒落た物は存在しない。

男ならワンルーム一択である。


和也はそんな家絶対嫌なので、なるべく大きいのを作ってもらった。


大豪邸を希望したのだが流石にそこまでのノウハウは無いらしく、ほぼ全ての住居が出来た今も建築中である。


今の所中々順調だ。

ゴブリンは畑を、オークは村の再建を進め、ドラゴンは空を飛び回って人類を牽制する。

和也は高笑いしながら事故等で怪我をした者を癒す。


良いじゃん良いじゃん?

役割分担出来てんじゃん?


気持ち良く鞭で空を切り偉そうに高笑いする。

高台のはしごを爺やが登ってきた。


「オウ、ホンジツノ、ゴハンデス」


「うむ、苦しゅうない」


何時の間にか陽は真上で輝くお昼時となっていた。

爺やが運んでくれた昼食を受け取る。


「うんうん、最近パンが食卓に並んで嬉しいよ。お、これは麦粥かな? 胃に優しくて美味しいねぇ、添えられた野草が良い香り。これアレでしょ? 野草のサラダかな? 苦味がアクセントになっていいねー」


和也は持っていた皮鞭を高台の床に叩き付けた。


「いやヘルシーが過ぎる! 」


「オ、オウ! アブナイデス! 」


「肉ー! なんでここ数日植物だけで生きてんだよ俺たち! いや美味いけど! ベジタリアンかよ! 」


食卓にはここ暫く肉が並んでいないのである、別に生きてはいけるが栄養が偏るし、何より和也も魔物のみんなも肉が好きだった。


「サイキン、ドラゴン、カッパツ、ケモノ、ミナニゲル」


「あー……鋭く睨む者が仲間になったからな……お、噂をすれば」


ちくしょー、と空を仰げばパトロールから戻ってきたドラゴンが上空を旋回していた。

着地地点を見定めゆっくりと降りてくる。


地面ギリギリで人型となり、爪に引っ掛けていた和也のジャージを羽織る。

太陽のような眩しい笑顔で和也に抱き着いてきた。


「魔王帰ったぞお前の永遠の相棒鋭く睨む者が帰ったぞ異常は無かったぞ人間なんてへっぽこ共恐るるに足らんぞ魔王これは飯か私も食うぞむふぉふぉうふぁいな」


相変わらず息継ぎを一切しない喋り方は勢いが凄い。

許可を取らずに和也のヘルシーランチを横取りするが……可愛いので許す!


「あっ俺の麦粥! ったく……ん? 」


勝手に和也の食事を食べる鋭く睨む者、その口元には微かに赤い何かが付着していた。


「おい、どうしたんだよこれ……血? 」


手で拭ってやると微かに鉄臭い。


「ふんすふんす本来なら私に触れるなんぞ即死刑だぞお前死刑と火葬を一緒にやってやるぞだが他ならぬ魔王だからな私の魔王のやる事だ許してやろうさあもっと触ると良いほれ遠慮するな」


「……なあ、鋭く睨む者。お前どこらへん飛んでた? 」


「今日は西の方にビューんとしてきたぞ魔王風が気持ち良くて飛びながらうたた寝してしまうほどだ」


「人類の生活圏があるのってどのへん? 」


「ふんす当たり前の事を聞きおって魔王め東だぞ人類は大陸を支配したが手が入っているのはまだ東半分だけだからな」


「ここって丁度その境目だよな。西に行っても人類いねえよな」


そう、爺やから聞いた所この山と廃村は大陸の丁度真ん中。

魔物と人類の丁度境界線にあたるらしい。


「………………」


「お前今日の昼飯は? 」


「熊さんだ」


落ちていた鞭を拾い、また地面に叩き付けた。


「お前だけ肉食ってんじゃねー! 熊さん踊り食いってか! スケールがデケェんだよ! 元はと言えばお前が威張り散らすから動物逃げちゃってんだよ! 」


「うるさいぞ魔王またお尻パンパンするのかアレをするなら前より強めに蹴るぞお前死に慣れさすぞ」


「し、しねえよ」


「ドラゴンは存在するだけで圧を発するのだ私に死ねというのか魔王お前は酷い奴だそんなに肉が食いたいならケンタウロスでも引き入れれば良いさっき見かけたがそこそこの群れがあったぞ」


ケンタウロス、あれか上半身が人間で下半身が馬の怪物。

ゴブリンやらオークもいるし不思議じゃ無かったが、この辺にいるとは思わなかった。


「ケンタウロス、カリノタツジン、スグレタセンシ、ナカマニスル、サンセイデス」


叩きつけた鞭を拾ってくれながら爺やが会話に入ってくる。


「ありがとうね。ふーん……戦力としても村の一員としても申し分ない……良し、そろそろビタミンにも飽きてきた。案内してくれよ爺や」


「任せろ魔王さっき行ってきたばかりだから場所は覚えてるぞさあ捕まれ何処でも良いぞ歯でも爪でも良いがオススメは背中ださあライディングしろ魔王」


鋭く睨む者に頼まないようにしていたのに、張り切った彼女はジャージを脱ぐとドラゴンの姿に変身していく。


「あー! やめろ! やめろ! 空飛ぶとか嫌だから爺やに頼んだの! 」


「安心しろ魔王私に任せろ人を背に乗せて飛行なぞ私も始めてだがきっと上手くいくに違いないしっかり捕まるのだぞもし落ちたら来世でまた会おう」


鋭く睨む者が和也を咥えて背に乗せる。

真紅の宝石の如く輝く鱗は陽光に当たり、神秘的に輝いていた。

なんとか飛び出た鱗を見つけてしがみつく。


「来世に託すなー! 」


ドラゴンのこの手の話は冗談では無く本気で言っているから恐ろしい。

死生観が人間とはかけ離れ過ぎて、価値観の擦り合わせが上手くいかないのだ。


人は死ねば普通、転生なんてしない。

和也は死ぬのが嫌いだった。


「イッテラッシャイ、マセ」


「爺やー! 助けてー! 俺が死んだら大変な事になるんだぞー! 」


「ふんすふんす」


せっかく作った高台を踏み砕きながら、鋭く睨む者が大空に飛び立った。


鋭く睨む者がかなり気を遣ってくれているのは分かる。

なにせ空を飛んでいるのに未だに和也は鱗にしがみつけており死んでいないからだ。

本気で彼女が飛べば和也なんて一瞬で死んでしまう、振り落とされるとか以前に風圧で粉微塵だ。


ゆっくりゆっくり、ドラゴン基準のゆっくりは恐ろしく早いが、何とか少しずつ慣れてきた。

眼下の山々が後方に流れ、目紛しく景色が変わる。


「どうだ魔王空を飛ぶのはお前といえど初めてだろう空は私の世界だったが今日からは私とお前の世界だお前が望むままに飛んでやろう……」


鋭く睨む者にしては珍しく、少しだけ間を置いて呟くように言った。


「ずっと夢だったのだ魔王この空を誰かと飛ぶ事が」


「そっか……叶ったな」


「……うん」


ドラゴンに親はいない。


転生した時に新たな肉体が入っている卵は誰かが産んだとか言うものではなく、どこからともなく現れるのだそうだ。


友も当然いない。


悠久の時を生きるドラゴンの生に合わせていける生物なんて存在しないし、何よりスケールが違い過ぎる。

ドラゴンが戯れれば殆どの生き物は死んでしまうのだ。


同じドラゴンなら、とも思うがそう上手くいかない。

ドラゴンは基本あらゆる存在に無関心だが、唯一自分と同等以上の力を持つ者には強烈な敵対心を抱く。

同種のドラゴンは縄張りを争う敵でしかない。


魔王や和也は唯一、ドラゴンの友人となれる条件をクリアしている存在だった。


強く、しかし弱くもある優しい和也が、鋭く睨む者は大好きだった。

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