(一)竜と娘

 SE:朝、雀の鳴く声。


母「(階段下から怒鳴って)彩姫、まだ寝てるの!? 起きなさい!」


彩姫「(階上の自分の部屋から、まだ寝ていたのをごまかすように)起きてるよー、もう」 


母「(ダイニングへ向かい、声が遠くなりつつ)時間がないから早く! ほら!」


SE:彩姫が自室のドアを開ける音、階段を下りる音


彩姫「(階段を下りながら、あくび交じりに)たまの休みにのびのびしてるっていうのに、何でこんなに早起きしなきゃいけないのよー。みんな、週末は昼くらいまで寝てるって言ってたよ」


母「よそはよそ、うちはうち! さっさと降りてきなさい!」


SE:顔を洗う音


彩姫「おはよう」


SE:新聞をガサガサする音


父「(SEに被せて)ああ、おはよう」


SE:ダイニングチェアをガタゴトやる音、箸をとる音


彩姫「おー、鮭だー。いただきまーす」


母「そろそろ出るから、戸締りだけはしっかりお願いね。休みだからって羽目を外すんじゃないわよ?」


彩姫「(もくもぐしながら)はいはい、夫婦水いらずのラブラブ旅行、楽しんできてね」


父「一週間も一人で寂しくないか?」


彩姫「(もくもぐしながら)だいじょうぶですぅ」


父「なんかあったら、すぐ連絡するんだぞ。じゃあ行ってくる」


彩姫「(玄関まで見送って)いってらっしゃーい。あ、お土産は現地のと、それから羽田でエアショコラ! 忘れないでよねー」


母「はいはい、わかったわよ。行ってきます」


SE:玄関の閉まる音。スーツケースを引きずる音が遠のく


彩姫「(背伸びしながら)あー、これで一週間はフリーダム! とりあえず二度寝しよっかな!」


竜「(ため息をついて、小さく)はぁ、こんな小娘がわが敬愛する〇〇ごにょごにょとは(※〇〇ごにょごにょは聞き取れないように)」


彩姫「(気づかず、被せて)あー、でも昨日UPした3Dホログラムアニメのレス、チェックしなきゃ……一応、私、界隈じゃ神だし」


竜「(小さめに、しかし先ほどよりは大きく。皮肉っぽく)まったく、BLとはいいご趣味だな」


彩姫「え? 今誰か喋った?」


竜「ああ、喋ったとも、サイキ・ニシザキ」


彩姫「(恐怖で息が上がる。間をおいてテンパりつつ独白)あ、強盗? 変質者?……何か、戦えるもの……えっと、傘でいいかな……いやいや、戦っちゃダメ、まず逃げて、警察呼んで……」


竜「私は不法侵入者ではないし、犯罪行為の意思もない。とりあえず落ち着いてほしい」


彩姫「何?! 誰?!」


竜「見えないのか。目の前にいるぞ」


彩姫「(びくびくしながら)……幽霊? うち、呪われてる?」


竜「呪われているのかどうかわからんが、私は人畜無害だ、安心するといい」


SE:小さくしゅうううという音を長めに


彩姫「あ、なんか、黒いのがもやっとしてる……だんだん、なんか形が見えてきた。(間)えっ? なにこれ……デカっ!! リビング半分埋めてんじゃん! なんなのこれ?!」


竜「何に見える?」


彩姫「なんか、真っ黒い……西洋の……竜……?」


竜「そう見えるなら、そうなんだろう」


彩姫「もうちょっと小さくなれないの?」


竜「そうだな、この程度ならどうだ」


 SE:再度しゅうううという音


彩姫「(SEに被せて)牛くらいの大きさになった……」


竜「密度を変更したからな。想像上の生物は想像で何とでもなるから便利だ」


彩姫「そういうもんなの?」


竜「そういうものだ。落ち着いて話ができるようになったか?」


彩姫「うん、そこそこって感じ。ねえ、どっから来たの」


竜「600年間、そこに飾ってある石の中にいた」


彩姫「え? 大事にしないと祟るって言われて母方に引き継がれてきた何の変哲もないりんごくらいの大きさの石?」


竜「メタいご説明ありがとう」


彩姫「どういたしまして……ねえ、なんでそんなとこにいたの」


竜「死ぬのが嫌でここに閉じこもっていた。今でいう東欧の北側にいたが流れ流れてこんなところまで来てしまったんだ」


彩姫「すごい! 死ぬのが嫌って……あなたなんかやらかしたの?」


竜「やらかしすぎてもう思い出したくもない。妻にも散々怒られた」


彩姫「奥さんいたんだ? やっぱり竜女子?」


竜「妻は普通に人間だ」


彩姫「えっ?! 異種婚?! まじファンタジー!」


竜「異種じゃない。私も人間だぞ」


彩姫「はあ?! さっき竜っていたじゃん! どう見ても竜じゃん」


竜「説明がめんどくさかったからな」


彩姫「めんどくさがんないでよ!」


竜「(めんどくさそうに)……私は人間で職業はソルシエルだった」


彩姫「ソルシエルって、あ、魔法使い?!」


竜「私は魔法使いというより博物学者だったがな。話を戻すが、この姿は私のアストラル体。まあ、簡単に言うと、意思と生体エネルギーが私のイメージデザインで固定された姿だ。人間としての体は別に保管されている」


彩姫「アストラル体かあ……すごいねえ。かっこいい」


竜「600年前の人間だから、現在の審美眼では多少厨二ゴシック風味の見てくれでも勘弁してほしい」


彩姫「リアルタイムのゴシックは厨二じゃないよ! ねえちょっと触ってみていい?」


竜「どうぞ」


彩姫「わあ……ちゃんと質感がある……鱗とか棘とか生えてるし骨も肉の感じもある! なんか蛇とかトカゲっぽい!」


竜「妻もよく言っていた」


彩姫「羽もすごいね! これ、飛べるの?」


竜「まあな」


彩姫「まんま爬虫類とコウモリの合体だね……ねえ、あなたの人間の体はどこにあるの?」


竜「一応、死んではいないが仮死状態だ。ここから一番近い海岸にいるはずなんだが」


彩姫「え。めちゃくちゃ近いじゃん」


竜「棺に入れられて、いつも私の居場所からそう遠くない海にいる。肉体と幽体は揃ってやっとこさ一個の生物だ。離れすぎると死ぬから、妻に追尾するよう呪いを掛けさせた」


彩姫「奥さん、魔女?」


竜「(ため息)普通の人間だったはずなんだがなあ……少し要らんことを教えすぎて反省しきりだ」


彩姫「ふーん。ねえ、体、取りに行かないの?」


竜「妻が棺に封をしている。……誰かが壊せばいいんだが」


彩姫「手伝ってほしいってわけ?」


竜「そうだ。そのためにサイキ・ニシザキという名を持つ娘が生まれるまで600年間待ったんだからな」


彩姫「どういうことよ。私を待ってたって、600年前から私が生まれるのわかってたの?」


竜「もちろん。君が東洋に生まれることは私が存在することで立証済みだ」


彩姫「え待って?! 意味わかんない」


竜「だろうな」


彩姫「私って予言されるほどすごいの?!」


竜「……それは……現段階ではすごくない」


彩姫「どういうこと?!」


竜「体を取り戻してからでないと詳しくは話せない」


彩姫「じゃ、とりあえず手伝ってあげる! ね、ロードムービー撮っていい?」


竜「棺の中にあるのが、まさか君のフォルダーに入ってるBLキャラみたいなやつだと思ってないだろうな」


彩姫「見たの?!」


竜「見えてしまうんだから仕方なかろう。君のフォルダーは軟弱そうな男が絡み合ってる立体映像ばかり。しかも自作と来た。正直がっかりした」


彩姫「いやあああああああああ!」


竜「さあ、ショックを受けている暇があったら早く我が肉体と再会させてくれ。行くぞ」


彩姫「そのカッコで? それはヤバいと思う」


竜「ではそこの石に戻ろう。運んでくれ」


 (間やBGMで場面転換を示す)


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