みんなのお金に手をつけるな

ちびまるフォイ

贅沢させてくれる羊

思えば、生まれてから一度も自分のお金を持ったことがない。

すべて街の共同資金があるからお金に困ったことがない。


「食べ物を買うので、共同資金から引き出させてください」


「認可されました。こちらをどうぞ」


必要なときは申請するとお金がもらえる。

何にいくら使ったのかは名指しでバレるので無駄遣いはできない。


「いったいいくらあるんだろうな」


いまだかつて共同資金が底をついたこともないし、

いくら共同資金がプールされているかもわからない。


資金申請所の出口に向かったとき、騒がしい声がうしろで聞こえた。


「家の修繕に使うだって!? こんな金額ウソに決まってる!!」


「本当なんだよ! 急に降ってきた隕石で屋根が壊れたから、まとまった金がいるんだ!」


「そんなこと言って、本当は自分のために使うつもりだろ!」


「だったら家を見に来いよ!!」


関わらないようにとそそくさと申請所を出た。


誰ひとりとして自分のお金を持たないぶん、

大きなお金や用途のわからないお金の引き出しは目を光らされる。


みんなのお金であるからこそ、お互いに監視しあっている。

個人の勝手な理由で使われるなんて許せない。


家路についていると電話がなった。

母親の入院している病院からだった。


「もしもし? そろそろ退院でしたよね、その件ですか」


『ちがうんです! 実は症状が悪化しまして……』


医者からの絶望的な言葉に何も言えなかった。


母親は軽い病気で検査入院ということだったが、

いざ検査したときに全く別角度の新種の病気を検知されたらしい。


『まだ我々でも解明ができてない病気になります。

 何が効くかも未開です。あらゆる手を尽くすためにもお金が必要になります……』


「……お金がたくさんいるんですね」


「はい……」


頭はすでにどうやって大量の資金を得るかばかり考えていた。


普通に申請してもきっと突っ返されるだろう。

昨日まで元気に見えた母親が実は難病でしたなんて都合が良すぎる。


けれどこのままでは母親はろくな手術や検査もできないまま衰弱死してしまうだろう。


「や、やるしかない……」


すべての人間を敵にまわす覚悟をした。


深夜に共同資金を管理している資金申請所へと乗り込むと、

手術に必要なだけの資金をこっそり盗み出した。


「これで手術ができる……!」


お金は用途が疑われる前に手術費へと回された。

幸いにも手術はうまくいって母親は元気になった。


「あんなに大きなお金、いったいどうやって用意したの?」


「し……申請所にちゃんと説明したらお金をくれたんだよ……」


母親は「そう」とだけ言った。

これでなにもかも終わったつもりになっていた。


ある日のこと、食費を申請するために申請所を訪れた。

申請所はバタバタと慌ただしくしている。


「あの、食費の申請をしたいんですが」


「それどころじゃないんです。共同資金がごっそり持ち出されたんです」


「そ……そうなんですね」


「だから、過去すべての出費を確かめたあとは

 街のすべての場所を回って盗まれたお金と同じ金額を使った場所を探してるんです」


「犯人を見つけたら……ど、どうするんです?」


「共同資金を盗むような人間には、二度とお金を引き出せないようにします」


それは暗に死ねと言っているものだった。

共同資金を使わせてもらえないと1円たりとも得ることはない。


申請所の外では街の有志たちが集まって征伐隊が組まれていた。

商店街や施設を順番に渡り歩いて使われたお金の履歴を確かめに行くという。


その手には物騒な棒きれが握られている。


「どうしてお金の使いみちを確かめるのに武器が必要なんですか……?」


「決まってるだろ。もし犯人がいたらこれでぶちのめすのさ。

 一度盗んだやつは次もきっと同じことをする。だから消すのが一番なんだ」


自分の体から血の気が引いていくのがわかった。

征伐隊が病院を特定するのは時間の問題だろう。


そうなれば持ち出した犯人が自分だとすぐにバレる。

悪ければ母親が犯人だと思われてしまうかもしれない。


あわてて病院へと向かった。


「先生! お願いがあります!!」


「いったいどうしたんですか。お母様は退院されたでしょう?」


「俺の……俺の臓器を売ってください!」


「はぁ!?」


医者にあらいざらいすべてを話した。


自分が申請をすっとばしてお金を引き出したこと。

じき病院に征伐隊がくること。


自分の臓器を売って共同資金をプラスマイナスゼロにしたいということ。


「臓器を売るといっても、あなたの命を残しつつ取り出せる臓器でまかなえる金額では……」


「だったら全部です! 俺の体すべてを売っぱらうので、それで共同資金をもとに戻させてください!」


「どうしてそこまでして……」


「共同資金を戻さないと、俺の母親が疑われるんです!」


「……わかりました、あなたの覚悟を受けましょう」


医者は臓器の買い手を見繕い、資金調達の準備をしてくれた。

征伐隊が病院へやってくる前に手術ははじまった。


あらゆる臓器が抜かれ、それらがお金に変えられていく。

ついに自分が持ち出した金額と同じぶんまで取り戻すことができた。


「先生……こ……これで……共同資金はプラスマイナスゼロ……ですね……」


「私ね、実はお金に不自由したくなくて医者になったんです」


「……え……?」


「でも共同資金になってからというもの、どんなに頑張っても生活水準は他の人と同じ。

 こんなに苦労しているのに少しの贅沢も許されないんですよ」


「せ、先生……?」


ついに力尽きたとき、病院に征伐隊がやってきた。

すべての証拠を掴んだのか真っ先に自分を探していた。


「ここに金を持ち出した悪党がいるはずだ!! 早く出せ!!」


医者は嬉しそうに答えた。



「ええ、見つけました! 私が腹をかっさばいて鉄槌を与えましたよ!!」



そうして誰にも見えないうちに、臓器を売った金を懐に入れた。

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