不断の君って何してるの?

水召

第1話

私が納水なやみくんに出会ったのは、(例えば同じ学校、同じクラスだという以外で出会うのは)そこが初めてだった。

放課後、バイトでケーキ屋さんのレジに立っていた私の目の前で、納水くんは頬をくっつけてしまいそうなほどショーケースに顔を近づけて、うんうんと唸っているところだった。

その顔には真剣なところがありありと浮かんでいて、私は声をかけずにはいられなかった。


「納見くん、納見くん」


それに反応して、納見くんはパッと顔を上げる。


「えっ、あぁ、......翡翠かわせさん?!」


納見くんは私に気が付いていなかったらしくて、たっぷり3秒くらいは驚いてから、やっと私の名前を口の奥から引っ張り出した。


「やっぱり気付いてなかったんだ」

「いや、違くて、そうじゃないんだよ、

ただ......どれにしようか悩んでたせいで目に入らなかっただけで」


すごく焦ってる様子の納見くんに私は、

それってつまり気が付かなかっただけでは?

という言葉は飲み込んだ。


「......翡翠さん、ここで働いてたんだね」

「バイトだけどね」


「..........」


それっきりなんとなく会話が途切れた。

(ほぼ)初対面ゆえの、気まずい沈黙。



納見くんはと言えば、さっきのようにショーケースの中のケーキを真剣な表情で見比べて、ああでもないこうでもないと言っていた。

私も同じようにして、ショーケースの中に視線を落とす。

今しがた納見くんが眺めているあたりは、タルトや、ホールでないケーキがディスプレイされているショーケースだった。

いちごや、皮ごと大粒のぶどう。

それらがスポンジとクリームの上でキラキラと輝いて、見ているだけでもどことなく満足してしまう感じもした。


商品は、お客さんから見て一番綺麗に見えるように並んでいるはずなので、納見くんが見ているのはもっとキラキラしているだろう。

.....確かにこれじゃあ悩むのも仕方がない。


「でも意外だね、納見くんって甘いもの好きなんだ」


なんとなくのイメージだけど、こういうのはあんまり好きじゃないのかと思ってた。


「いや、よく知りもしないのに言うのも変だったかな?」

「気にしなくて良いよ、実際甘いものは嫌いじゃないし。.......でも」


何か隠したいことでもあるのか、納見くんは言い淀む。


「でも.....なに?」

『ほら、今日、母の日でしょ...」


納見くんは何故か、恥ずかしそうにそう言った。


「全然恥ずかしがる理由ないよ、素敵だよそれ!」

「ちょっと、翡翠さん、近いです」

「あぁごめん、つい!」


思わずカウンターから乗り出した体を戻して、一呼吸おく。


「それで、納見くんはどれをお母さんに送ろうか悩んでたってこと?」

「そういうことになるね」


とてもわかる。

ショーケースの中のケーキは、さっきも言ったと通りどれも美味しそうだし、実際おいしい。


「それで、どれで迷ってるの?」

「えーと、ごめん。....全部」


納見くんは、ふたたび言い淀んだ後に、申しわけなさそうにそう言った。


「全部....全部、かぁ!」


私は何故だか、思わず、大きな声でそう言ってしまった。

てっきり2、3コくらいで悩んでいるものだと思っていたのだが、どうやら納見くんは優柔不断というやつらしい。

悩みに悩む納見くんを前に、私はひとつの思いつきを提案をしてみることにした。


「そうだ!じゃあ私が選んであげようか?」


私の提案に、納見くんはまた悩み始めた。

......これじゃあ一生選び終わらないのでは?


「.....あくまで私のおすすめとしてね?納見くん聞いてる?

まぁとにかく、私はこれがいいと思う」


そう言って私が指差したのは、リンゴの花で飾られたタルトだ。

『』

母の日には花を贈ることもあるし、あとリンゴはおいしい。

......私の好みはともかくとして。


「じゃあ....これ、を......?」


納見くんはそれを買うことに決めたらしい。

本当に決まっているかは怪しいけど。

そして私はケーキを箱に入れて、レジ袋がいるか______これもまた納見くんに悩みを生んだ_____聞いてから、箱を袋に入れた。


「じゃあ、ありがとうございましたー!」


こうしてついに、納見くんはケーキを手に入れるに至ったのだった。



「どうだったか、良かったら教えてね」


「うん、ありがとう」


そう言って小さく手を振って、納見くんはお店をあとにした。

納見くんの母の日の贈り物は上手くいくだろうか。

私に出来るのは、報告を待つことだけだ。


「それにしてもびっくりしたなぁ」


当たり前かもしれないけど、クラスメイトにも知らないことがるのだ。

それがなんとなく、もったいなく思えて、

......納見くんって普段何してるんだろう。

そんなことをふと思った。

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