VSバースト~おれプロゲーマーになる!~

青星青

1撃 大会に出る!-1

「あーっ、また負けた!」

 ネツヤはコントローラから手を放し、頭を抱えた。赤みがかった髪が乱れている。

「いやー、おしかったな。いい試合だった」

 そんなこと言われても、試合は完敗だった。

「アツヤ、もう一回やるぞ!」

「おっ、いいね。かかってきな。今すぐに」

「次はぜってー、負けねえかんな!」

 そして、あっさりまた負けた。アツヤには全然敵わない。

「もう一回だ!最後のラストの一回!」

「はっはっは、最後もラストも同じ意味だよ。でも、いいよ。どんどんやろう。やっぱり、バサバスはおもしろいなー」

 アツヤは朗らかに笑った。

「おもろい!でも次は勝つ。そしたら、もっとおもろい!」

「ほっほう、未来のプロゲーマーに勝とうだなんて、いい心意気だ。かかってきな。全力で」

「この戦いに勝つし大会でも俺が勝つ。そんで、おれが先にプロゲーマーになる!」

 そして、また負けた。アツヤの自宅で毎日のように繰り広げられる光景である。

 ネツヤにとってアツヤは高いハードルだった。それというのは、単純に年齢が六歳離れているからということではなく、ゲームの実力だった。二人が夢中でやっているゲームはVS《バーサス》バースト、通称バサバスという対戦型アクションゲームだった。相手を場外に吹っ飛ばした方が勝つというルールで、従来の格闘ゲームのように体力ゲージがあり、それが0になることによって勝敗が決まるわけではない。剣や銃を武器にするキャラクターも登場するが、肉体が損傷したり、出血することはなく、打撃として場外に吹っ飛ばすという設定が画期的で、全年齢層が安心してプレーできるゲームのため、小学生を中心に人気になっている。そんな年の離れた二人の出会いもバサバスだった。

 東京都浅東せんとう区のバサバスの大会でのこと。

「ここが、会場かー」

「初めて大会に来てみたけど、わくわくするな!」

「楽しみ!」

 ネツヤが小学五年生だった頃、友達二人と一緒に初めて大会に参加することになっていた。会場は区民館を間借りしていて、各机の上に五台のテレビが設置されており、うち三台のテレビは対戦相手と隣通し並ぶスタイルで椅子が配置されている。一台のテレビを二人が使用することになる。残る二台のテレビは、スクリーンの近くに設置されていて、椅子の配置も対面形式で、一人一台のテレビでプレイできる。

「すっげー、テレビいっぱいあるじゃん。大会始まるまでは自分のコントローラ持ってきてれば、誰でも使っていいってことなんか」

「そうらしいよ。そんで受付の人が言ってたけど、決勝の試合はあのスクリーンに映してくれるみたい」

「ひとり一台テレビあるとこは、決勝用で特別ってことかー。でも今は使っていいみたいだし、早く来てよかったね」

 他の出場者や見学者が、楽しそうにゲームをしている様子を見て、ネツヤの胸は高なった。ネツヤ達も本番に備え、フリー対戦を楽しむことにした。

「よっしゃー!おれの勝ち!」

「あー、負けた~」

「ネツヤはつえーなー、ほんとに優勝しちゃうんじゃね?」

「あったりまえじゃん、おれ優勝するし。じゃあ、おれちょっと他の奴ともフリー対戦してくるわ」

「ああ、わかった」「ほ―い」

 年齢の制限がない大会だったので、上は高校生くらいから、下はネツヤよりも幼そうな低学年が親のつきそいで参加しているような様子だった。

「おれとフリー対戦しねー?」

「うん、いいよ」

 バサバスをするという同じ目的でこの会場にいる連中なので、声をかければ二つ返事で気軽に対戦することができた。

「よしっ!はい、おれの勝ちー」

 ネツヤは連戦連勝で、同じ小学生くらいの年代には敵なしの状態だった。もともとバサバスが上手く、自信を持っていたが、かなり気分もよくなっていた。

 そうやってフリー対戦をしている内に大会の開始時間が近づいてきた。

「一回戦が始まるね」

「トーナメント制か、燃えるなーじゃあ、それぞれ頑張ろうや」

「よっしゃ、優勝してくるぜ!」

 ネツヤは、自信満々に言った。フリー対戦でも負けなしだったことに自信がみなぎっている。各自対戦が行われるテレビへ向かっていく。ネツヤの対戦相手は既に座席に座っていた。

「対戦よろしく!」

 キャップを被った細見の男性が、気さくに声をかけてきた。

「おう、お前がおれの対戦相手か。おれつえーからボコしちゃっても恨みっこなしだぜ」

 ネツヤは明らかに自分より年上の相手にも臆すことなく返事した。

「おー、君強いんだ!だったら、楽しい戦いができそうだね」

 対戦相手はネツヤの奔放な言動に不快感を示すどころか、むしろ、強いと聞いて目を輝かせている。

 ネツヤはゲーム機本体にコントローラを差し込んだ。ネツヤの胸の内では、目の前の対戦相手より、決勝に進み優勝した自分を想像していて頭がいっぱいだった。

 キャラクター選択画面には、八体のファイターの絵が並んでいる。ネツヤは普段から使用しているアルトというキャラクターを選択した。剣とマントを身に着け、端正な顔立ちの主人公然とした剣士のキャラクターである。対戦相手は、猫のような耳を生やした半獣人の女性キャラクターのサーニャルを選んだ。

「お前そんな女キャラ使うのかよ。おれの相棒は最強の剣キャラだぜ。そんな弱っちいの使って大丈夫か?」

「いやいや、このキャラは秘めてるから」

「ひめてる?」

「ああ、強いキャラだってことだよ」

「お前なんもわかってねーんだな。そんな素手で戦うキャラより、剣を持ったキャラのほうが強いに決まってんじゃん」

「はっはっは、実際だとそうかもね。でも、このゲームはそんな単純なもんじゃないよ」

 ネツヤはこの時点で、自分の勝ちを確信した。

 この大会において、ステージはギミックなしに固定されているのでそれを選択した。

「……3、……2、……1、ファイト!」

 ゲーム内の音声が流れ、試合が始まった。

 まず、動き出したのは、ネツヤの操作するアルトだった。ジャンプをしながら剣をブンブン振り回して、サーニャルに近づいていく。

「よっしゃ、この攻撃からはよけれねーだろ!」

 サーニャルは、その攻撃をしゃがんでかわし、ジャンプで隙ができたアルトに、下から蹴りを叩き込みさらに上空にあげる。上空で受け身をとれないところを追撃し、空中回し蹴りを放つと場外に吹っ飛んでしまった。

「ゲームエンド」

 無機質な終了を告げるゲーム音が響く。

「えっ」

 ネツヤはあまりにも一瞬の出来事に情けない声が漏れた。自分の身に何が起きたのが、全く想定外の出来事に目が点になっている。

 そんなネツヤの様子には目もくれず、対戦相手はサーニャルを改めて選択した。大会のルールで、先に2勝した方がトーナメントを勝ち上がるようになっているからだ。

「ちょっと待てよ。こんなのズルだ!まだ、タフゲージたまってねーのに吹っ飛ぶなんておかしいだろ!」

 ネツヤは顔を真っ赤にして言った。

「おっ、その通りだ、タフゲージは攻撃を当てられて、たまる程吹っ飛びやすくなる。さっきのサーニャルの攻撃程度だとタフゲージは大してたまらないから負けるはずがないな。本来なら」

「だったら、なんで……」

「理由は簡単さ。君はきちんと復帰ができなかった。場外に出たとしても落下しなければ、このゲームで負けないのに。さあ、次の試合を始めようか」

 不満を抱きつつも、アルトを改めて選択した。

「次はぜってー、倒すからな!」

 怒鳴りながらの訴えにも、対戦相手は気に留める様子はなく、ゲーム画面に見入っている。「くそっ、こいつ舐めやがって!」心の中で呟いた。

 ゲームが開始されると、アルトはジャンプをしながら剣をブンブン振り回して近づく。

「さっきのはおかしかった!これはぜってー当てる!」

 そんなアルトの攻撃をサーニャルは、着地するところをつかんで捕らえた。そのまま、場外に放り投げた。

「はっ?」

 一瞬の出来事で、何もできずアルトは落下した。

「対戦ありがとう」

 対戦相手が握手を求めてきた。

「ふざけんなよ!」

 ネツヤはコントローラを投げ捨てた。

「そんな、ズルして勝ってうれしいのかよ!場外にすぐ投げれるところにいやがって!」

「君が何も考えず、ワンパターンに隙の多い攻撃をしながら、近づいてくれることがわかってたからな。こっちから仕掛ける必要がない。そして、勝ったことに関して、もちろん嬉しい。作戦がうまくいったわけだし、何よりこれは大会だからな。勝たなきゃ意味がない」

「くっ……、でも、だって、おれが……こんなザコキャラにま、負けるわけ……ない」

 大粒の涙が零れ落ちた。

「大丈夫ですか?何か問題がありましたか?」

 運営の人が驚いた様子で駆け付けた。

「いえいえ、何も問題ありません。少しヒートアップしてコントローラを落としっちゃったみたいで」

 柔和な笑顔で対戦相手は対応した。

「そうですか。今回は問題視しませんが、あまりこういうことが起きると大会出場禁止もありえますので気を付けてくださいね」

 泣きじゃくるネツヤの方をちらっと見ながら言った。

「はい!気を付けます」

 ネツヤの代わりに対戦相手が快活に返事をすると、運営の人は持ち場に戻っていった。

 対戦相手は、投げ捨てられたコントローラを拾い上げて机の上に置いた。

「悔しい気持ちはわかる。でもな、君は大会でやっちゃいけないことをしてる。まず、コントローラを投げるな。物にあたるような奴は大会にでちゃダメだ」

「……ぐすん、う、うん……」

 頭に血が昇って思わずやってしまったが、指摘されて急に恥ずかしくなった。

「それから、簡単にキャラ批判はするな。使ってるプレーヤーは、試合のために一生懸命練習してるんだ。製作者だって一生懸命作ってる。多くの人に失礼だ」

「……うん」

「そして、戦法の批判はするな。大会はみんな勝つために必死でやってる。オレだって試合では勝つことに集中するし。相手の策にまんまとはまって、負けた自分が悪い。相手を批判する前に練習することだ。ちなみに、試合でやった行動は、サーニャルだからできる特別な攻撃ってわけじゃない。どのキャラだってできる基本性能だし、防ぐための対策もできるからな」

「……うん」

「まあ、いろいろ言ったけど、これからも大会に出るなら、気をつけた方がいいってことだ。あっ、言い忘れてたけど、対戦前と後のあいさつはしといたほうがいいよ。これはしない人もいるから自由だけどな」

「……対戦ありがとうございました」

「こちらこそ、対戦ありがとうございました。これからもバサバト楽しもうな!」

 優しいまなざしを向ける対戦相手とネツヤは握手した。

 ネツヤは席を立ち、トイレへ向かった。

「ひっでぇ顔……」

 鏡を見ると、鼻水と涙でぐしゃぐしゃの自分が映っていた。トイレットペーパーで鼻をかみ、Tシャツで涙をぬぐった後友達のもとへ向かった。

「あー、ダメだった。めっちゃぼろ負けしてきた」

 ネツヤはすっきりした表情で友達に声をかけた。

「おれ達も一緒さ。全くかなわなかったよ。フリー対戦と試合だと気合の入り方が違うのか、全然ダメだったわ」

「三人共、試合が終わっちゃったし、帰ろうや」

 二人は既にリュックを背負って、帰る準備万端だった。

「おれ、もうちょっとここにいるよ。他の人の試合見たいし」

「そっか、元気そうになってるなら大丈夫か」

「えっ、もしかして、おれ泣いてたのばれてる?」

「当たり前だろ、同じ会場にいて、あんな騒いでる奴がいたらわかるわ」

「ごめん、気持ちがおさえれんかった」

「びっくりしたけど、本気でやってるんだなって思ったわ。おれ達なんて負けたけど、帰って遊ぶこと考えてるくらいだからさ」

「じゃあ、おれ達は先に帰るけど、また明日学校で試合の結果とか教えてくれや」

「おう、また明日な!」

 二人と別れた後会場に戻り、壁に貼り出されているトーナメント表を見た。先ほど試合をした相手は二回戦も勝ち上がっており、準決勝に駒を進めていることが分かった。

「あの人、アツヤっていうのか」

 トーナメント表には、カタカナで書かれたネツヤという名前の隣に、ローマ字でATUYAとかかれていた。既に準決勝が始まっており、アツヤの周りには人が集まっている。

 人だかりの隙間から、アツヤのプレーを覗き込んだ。

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