第四週「本物」
私、いわゆる心霊動画の類いが大好きだったんです。
信じてるのか?
いやいやいや。それはさすがに……子供の頃、夏にテレビで放送してたのは本物だと思って怖がってましたけどね。
その時はなんと言うか、チープな映像作品としてというか、B級映画を見るような気分で楽しんでます。最近だとYouTubeやTikTokでの投稿が多いですね。
ただ、最後に見たのが……
内容は3人の女子高生が公園でダンスの練習してる様子を、スマートフォンで撮影する、というものでした。
「動画配信サイトへ投稿するためのダンス映像を撮影に公園に来た少女たち……。だが、一見のどかな公園に潜んでいる恐怖を、少女たちはまだ知らなかった……。」
そんなナレーションから始まるYouTubeの心霊動画を、いつものように何となく流し見してたんですが、見てる内に映像に釘付けになっちゃって……というのも、その公園に見覚えがあったんです。
ほら、ドラマや映画でもそうなんですけど、映像作品の中で近所とか、見覚えのある場所が映ると、めっちゃテンション上がりません?
それで、女子高生たちが公園の広場に出たところで、そこが住んでるマンションの隣にある公園だと確信しました。
何せその自分が住んでるマンションが女の子たちの背景に映っていたんですから。
見覚えがあるどころか、自分の住んでいる場所で撮影されてるなんて本当にびっくりしました。
すると動画の中で女の子たちがダンスの練習を始めて、数秒後に気付いたんですが、彼女たちの背後のマンション……つまり、私が住んでるマンションの一室から、男が生気のない顔で女の子たちを睨んでいるんです。じーっと、身動きひとつせずに。
不気味……なんですけど、いやホント、自分でも変だと思うんですけど、その時、私、ものすごい興奮しちゃって。
自分の住んでいる所が恐怖ポイントとして取り上げられるなんて、なんというか心霊動画マニアとしては、光栄と言うか、自分の住んでる場所が聖地になったような。そんな気分でした。
そうこうしてる内に画面の中の少女たちが冗談を言い合ったりしつつ、ダンスをぎこちなく踊り出しました。しばらくダンスの映像が流れて画面が暗転。
「お分かりいただけただろうか。もう一度。」
お決まりのナレーションが流れ、数十秒巻き戻した、先程の映像がリピート再生されます。
もう一度、映された映像にもやっぱりあの男が映っている。
マンションのベランダから微動だにせず、恨めしそうな表情で少女たちを睨んでいる。
背後から恐ろしい視線を浴びせられてる少女たちは誰一人その存在に気がつかない。
「もう一度、今度はスローでお送りしよう。」
先程と同じ映像が今度はスローで再生されました。
その時の私は……浮かれ気分でスマートフォンを手に取っていました。
自分と同じ心霊映像マニアの女友達のEに一刻も早く報告、というか自慢がしたかったんです。
LINEで興奮気味に文書を打ち込み、「ウチで一緒に見よう!」と送信しようとした時でした。
「お分かりいただけただろうか。画面中央で踊る少女の首元にご注目いただきたい。」
…………え?
思わず映像に目を向けると、再生から数秒して真っ白な女性の手が……あからさまなCG合成で作られた女性の手が……中央で踊る少女の首に絡みついていました。
……自分の心臓が打ち上げられた魚のように跳ね上がるのを感じました。
「かつて、この公園では恋人に浮気をされた末、別れを告げられた女性が、その場で恋人の首を絞め殺害し、自分もまた後を追うように命を絶つ痛ましい事件があったという……。」
違う。
この映像の怖いところは、そこじゃない。
この動画の怖いポイントはマンションから少女たちを、じっと睨む男のはずだ。
「今も彼女の霊は公園をさまよい、恋人の浮気相手を探しているのかもしれない。」
そのナレーションを最後に動画は終わりました。
おそるおそる、もう一度、動画を再生し直しましたが、やっぱりそこにはマンションから、恐ろしい視線で睨む男がはっきりと映っている。
しばらく呆然としていましたが、次第に気持ちが落ち着くと、「これどの部屋か特定できないかな?」という気持ちになりました。
5階建てのマンションから睨む男がどの部屋にいるのか。
もちろん、自分の部屋ではありません。
私は2階に住んでいたんですが、男は最上階の5階の部屋に映っていました。
そこでEに連絡して、協力してもらうことにしました。
事情を話すと、Eはすぐにウチに来てくれて、まず一緒に動画を見ました。
「うわ……マジじゃん。」
Eも驚いてはいましたが、その顔には私と同じ興奮がのぞいていました。
「で、これを撮影したいんだけど、協力してくれる?」
「もちろん。男の部屋探してみようよ。」
でもさー、普通に若い女子高生を眺めてるキモイおっさんとかだったら嫌だよねー、そんなのが同じマンションに住んでるとか考えたくないわー。
……等とEと話しつつ、公園に向かいました。
夏の暑い日でしたが、明るい内じゃないと分からないだろうと思ってましたし、その時は二人で「本物」を見られるのではというテンションで、暑さなど気にしていませんでした。
まるで、その時の私たちの気分は心霊特番のディレクターかカメラマンだったんです。
公園に着いて、自分が動画の少女たちと同じ位置に立ち、Eに私のスマートフォンを渡して映像を見てもらいながら、彼女のスマートフォンで撮影をしてもらうことにしました。
何度も動画を見返しながら、カメラのアングルを調節して、少女の立っていた位置を特定します。
「あ、そこだ!」
スマートフォンのカメラを向けたEが私を指さしました。
「女の子たちの立ってた位置、そこだよ。写真撮るから動かないでね。」
Eはそのままスマートフォンで私を撮り始めました。
また男の映っていた部屋をちゃんと特定できるよう、私を中心に色んな角度からアパートを撮ってもらうことにしました。
何回目かのシャッター音の後でした。
「……やばい。写ってる。」
Eがつぶやくように言いました。
「マジで!?」
「うん、男が映ってる。あの心霊動画と一緒。ねぇ、もうやめる?」
「何言ってるのよ。本物が撮れてるんでしょ。もっと撮ってよ!」
その時、私は夢中になってEに撮影をお願いしました。
今まで画面の向こうでしか見なかった世界に自分がいるのです。
まるでいきなりドラマの主役になったような気分でした。
困惑気味のEに対し、私は何度も何度もシャッターを切らせました。
心霊動画が好きなEもまんざらな気持ちではなかったと思います。
「じゃあ、次は動画で撮ってみようよ!」
「……はいはい。」
私の提案に答えながら、Eが動画撮影に切り替えるために、スマホを操作します。
そんなにはっきり写るなら、動画でもちゃんと映るだろうし、それをネットに上げたらきっとバズるに違いない。
いや、それこそテレビ局や雑誌に持ち込めば、それが採用されて放送や掲載がされるかも。もしかしたら謝金なんかもらえたりして。
---そんな楽しい空想をしていた時でした。
「…………ばかみたい。」
突然、Eが2台のスマートフォンをポケットにしまいました。
「もう無理。私、帰るわ。」
さっきまで乗り気で撮影していたはずのEはいきなり踵を返し、公園の出口に行ってしまいました。
しばらく呆然としていましたが、私のスマートフォンもEは持ったままなのに気づき、追いかけないわけにはいきませんでした。
何か彼女の気に障ることをしてしまったのか。慌てて私は彼女の背中を追いかけました。
「ちょっと待ってよ! 怒らせたなら謝るからさ。てか、私のスマホは返してよ!」
そんな声を無視してEは早足で公園を出て、そのまま、どんどんと先に進んでいってしまいます。
Eは私を無視しながら、100メートルくらい歩いたでしょうか。
道路の先で角を曲がり、Eの姿が見えなくなりました。
見失う訳にはいかないと走って追いかけると、そこには角の先の自販機の前でうずくまるEの姿がありました。
転んだのかと思いましたが、そうではありませんでした。
うずくまったEは肩で荒い息をしていて、その顔は青ざめて小刻みに震えていました。
「ど、どうしたの?」
その様子にスマホを持っていかれた怒りや戸惑いも忘れて声をかけると、
「この先にさ、ファミレスあったよね。そこで話す。」
さっきと打って変わった震える声でそう言うEと一緒に、そのままファミレスに行きました。
とりあえず、ドリンクバーを2人分注文しましたが、Eは2台のスマートフォンをテーブルに置いたまま、身じろぎもしません。
「最初に謝っておくわ。私もこんなことになると思ってなかった。」
Eはそう言いだし、スマートフォンを返してくれました。
そして、自分のスマートフォンを操作して、写真が保存されたアルバムを開きます。
そこには先ほどの公園で撮った写真のサムネイルがずらりと並んでいました。
「これが最初に撮った写真。ここから順番に見て。」
フリックして写真を1枚ずつ確認します。最初の20枚程度は2人で位置を確認するために撮った、色んな角度の私と背後のマンションが写っています。
「次から……。次からよく見て。」
Eに言われるままフリックすると、あの心霊動画とぴったり重なった構図の写真が出てきました。
中心に写る私、マンション、角度……すべてがあの心霊動画と同じでした。
---そして、5階のある部屋から男が私を睨んでいました。
「本物だ……本物じゃんこれ……!」
興奮して、思わず顔を上げますが、私と対照的にEの顔は暗く沈んでいました。
「ごめんね。問題は次からなの。」
スマートフォンから目をそらすようにうつむいたEに促されるように、写真をフリックします。
そこには先ほどとほとんど変わらない構図の写真が写っています。
ただ一箇所だけ先ほどの写真と違う点がありました。
---男が動いていました。
5階にいたはずの男は、いつの間にか4階に写っています。シャッターとシャッターの間はほんの数秒のはずなのに。
「途中から気付いたんだけど、浮かれてるアンタ見てたらイラついてさ……」
次の写真をフリックします。
男は3階にいました。じっと私を睨んでいます。
「アンタも撮れ撮れってうるさかったし……」
次の写真をフリックします。
男は相変わらず3階にいました。ただ、今度は横に動いていました。
見覚えのある水色の物干し竿のある部屋の真上でした。
「途中でやめようかと思ったんだけど……」
次の写真をフリックします。
全身から嫌な汗がぶわっと噴き出ました。
男がいるその部屋は間違いなく、私が住んでいた部屋でした。
男が私の部屋から、公園にいる私を睨んでいました。
……思わず、Eのスマートフォンを取り落しました。
「何これ……なんなの……。」
「ごめん。後で写真を見せて怖がらせてやろうと思ってたの。」
Eは怯え切った声で、そう言いました。
「最低……こんなのシャレになんないじゃん。どうしてくれんのよ……」
スマートフォンの画面を突き付けながらEに告げます。
ところがEはその画面を見ると、スッとそのまま画面をフリックしました。
その行動を不審に思いつつも、もう一度、写真を見ると、
男は……2階にいました。私の住んでいる部屋の真下の部屋でした。
そしてそれが最新……つまり最後に撮った写真でした。
写真の男が自分の部屋から移動している、その事実に私はホッと胸を撫で下ろしました。
「なんだ……いなくなってるじゃん。」
「うん」
「びっくりした。じゃあ、もういいじゃない。下の人には申し訳ないけどさ。」
「うん」
「あ、そうだ。もう一回、撮りに行こうか。そしたら次は1階に移動したりして……」
Eは何も言わず、首を横に振りました。
「あの時……最後にさ、動画撮ろうって言ったじゃん。それでスマホ向けたらさ、その男もうマンションにいなかったんだよ」
「マンションにいなかったって……消えたってこと? ならいいじゃ……」
「違うの!」
Eの悲鳴に似た声がファミレスに響きました。
「公園にいたの……私たちのいたあの公園……。まだ遠かったけど、広場の隅でアンタのこと睨んでた。それ見た瞬間、私、もう無理だった。」
Eは自分のスマートフォンをしまうと、泣きそうな顔をして立ち上がりました。
「この写真は全部、消しとくから。もう忘れよ。じゃあね。」
そう言って帰る彼女の背中を私は黙って見つめることしかできませんでした。
……それ以来、心霊動画の類は見ていません。
また同じようなことがあったら……そう考えたら、心霊動画をひとつも見ることができなくなりました。
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