第二週「安眠」
最近、youtubeで「安眠用BGM」ってのが流行っているんですよ。
ヒーリングミュージックって言うんですかね。
オルゴールとか、海の波の音とか、雨の音とかが、ずーっと流れてるやつ。
中には脳波を整えるとか、疲労回復とか、不眠症解消とか、眉唾なのもあるんですけど。
再生時間も10分くらいのから、長いのだと10時間ぶっ通しみたいのもあったり。
そんな話を友達のDとLINEしてたら「これマジおすすめ。死んだように眠れるから」って、言われたのがあって、まぁ、そんなに言うなら試してみるかーと思った。
家帰ってからノートPCで送られたURLから動画に飛ぶと、画面には綺麗な森林が映っている。
青々とした枝葉の間から差し込むキラキラした木漏れ日を見上げるような構図。
そして流れてくるのは、さらさらという風で揺れる木の葉がこすれる音と、時折、聞こえる小鳥の声。
あー、なるほど森林浴を耳で感じながら眠るわけね。
再生時間を見ると6時間もある。
それじゃ騙されたと思って、今夜、寝る時使ってみるかと思ったんですけど、
その時、別に見たい生配信の動画があって、それを別窓で見てた。
それで森林浴のBGMも同時に再生しっぱなしにしてたんです。
3時間くらいの生配信も終わって、「それじゃ寝るか」と思って、生配信を再生していたウインドウ閉じたら、何かがおかしい。
森林浴の画面がさっきと違う。同じ森だけど、構図というかカメラ視点が違う。
最初はまるで森の中で真上を見上げて、陽の光を青々とした枝葉越しに見る感じだったけど、今、映っているのはむしろ逆で、少し高い位置から森を見下ろしているような視点だった。木に登った猿が森を見渡したらこんな感じかな、なんて思った。
そして森の様子もおかしかった。
何と言うか、最初に想像してた森はハイキングでもできるような、もっと人が歩くための道があって、看板とか立っていたり、平坦な整備された森だと思っていた。
ところが画面に映っているのは森は森でも、苔むしたゴツゴツした黒岩が並んで、
鬱蒼と生えた木々の根がそこら中にタコの足のように横たっていたり、
道といえるようなものがまるでない、険しくて、暗い森で、とても人がリラックスできるような光景じゃなかった。
―――あ、これ樹海だ。と思った。
気が付くと、小鳥の声が聞こえなくなっていたんです。
かわりに「ざぁざぁ」「ぎぃぎぃ」と・・・強めの風が木々を揺らす音しか聞こえない。
ほら、台風とか強い雨の前って、嫌な風が吹くじゃないですか。
空が真っ暗になって、どこか湿っぽくて、ほこりっぽい臭いがするような・・・どこか気持ちが不安になる風が。あんな感じの風でした。
こんなのが安眠用のBGMのわけがない。
頭ではわかってたんですけど、画面からずっと目が離せなかった。
ぎぃぎぃぎぃぎぃ
そしたら画面がですね、ちょっとずつ変わっていたんですよ。
画面の向こうで強い風に木々が煽られるように、カメラの視点も合せて揺れる。
それで、揺れる度に「ぎぃぎぃぎぃぎぃ」という気持ち悪い音が大きく聞こえてくる。
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ
その視点の揺れ方で気づいちゃったんです。
振り子時計の針みたいな揺れ方だな、って。
樹海でそんな揺れ方するものなんてひとつしかないじゃないですか。
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ
これ以上、見ちゃダメだって、本能的にマウスに手を伸ばした時でした。
くるっ、て視点が回ったんですよ。こう、振り返るように。
そこに広がっていたのは、さっきと同じ鬱蒼としていた森だったんですけど、自分の悪い想像が的中しました。
木の太い枝にロープがぶら下がってて、その下には首を吊った人の姿があったんです。
---ただ、その数が尋常じゃなかった。
ほんの数秒しか見なかったんですけど、男も女も、中学生くらいの子どもから年寄りまで・・・
まるで木の枝の一本一本に吊るしてあるかのように、何十という首吊りが暗い森の木々の奥まで並んでいたんです。
ドラマや映画で首吊り死体は見た事あるんですけど、それとはまったく違いました。
ドラマだと目をつむってうなされているような顔じゃないですか。
映像に映った首吊り死体は顔は巨峰みたいに黒ずんでて、自分の体重で首は不自然な長さまで伸びて、口からはだらりと舌が垂れ下がり、ものすごく気味の悪いものでした。
「うわあっ!」って、思わず叫んでノートPCをデスクの上から払い落としました。
心臓が痛いくらいにバクバクと脈打って、背筋が氷でも詰め込まれたように冷たく、嫌な汗が顔を覆っていました。
その後、間の抜けた話なんですが、ノートPCを思い切り手で払い落しちゃったんで、床に転がったPCが心配になったんですよね。
画面を見ないように、手探りでPCの電源ボタンを長押しして強制シャットダウンした頃には少し落ち着きを取り戻しました。
後日、PCを再起動したら幸いにもPCは壊れてはいませんでした。
その内、これはDの手の込んだイタズラだったのかな、と思いまして。
すぐにLINEで「なんてもの送るんだ」と送りました。
ただ・・・あれから一週間経つのに、Dから既読つかないんです。
それに、私にはあれがイタズラとは思えないんですよ。
なぜかって?
見間違いでなければあのたくさんの首吊り死体の中に・・・いたんですよね。Dも。
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