深夜バイト

砂河喜一

またおこしくださいとは言えない客

ありがとうございましたあ~、と“今 日”になってまだ二人目の客を見送る。深夜のコンビニバイトなんてそんなものだ。ひどい時には三時間も人が来なかったことがある。それに比べればまだ一時間に一人は来ているので、今日はいくらかマシだと思う。

深夜勤務のバイト料は割高だ。ただ、その分一人で配達に来た食品の登録やホットスナックの機械の掃除、新聞や雑誌の返品をしなければならないが田舎のコンビニともなれば深夜にここに来ようという客も少ない。せいぜい若い兄ちゃん達が馬鹿騒ぎするための酒や煙草を買いに来たり、タクシーや代行の運転手がコーヒーやつまみを買いに来るぐらいだ。掃除や整理なんてものは暇潰しであって、早く終わらせてもあとがしんどいだけ。

ばちん、ばちんとカメムシが虫除けの電気にアタックしていた。田舎のコンビニに来店するのは人間より虫のほうが多いかもしれない。カメムシ、ハエ、カミキリ虫、セミ、バッタ、蛾、蟻、ゴキブリ。こないだなんて初めてオケラを見た。エビみたいな顔にバルタン星人のような前足をしていた。ともかく、そんな虫が闊歩しているのを放っておくとクレームの対象になるので早々とこの世から退場してもらった。虫はいくらでも湧いてくるからキリがない、と前に僕がぼやいた時に「怖くないの?」と深夜勤の前の時間帯で働く佐々木さんに訊かれたのを思い出す。佐々木さんは虫が苦手だと言っていた。

虫は怖くない。気持ち悪いとは思うけど怖くはない。臭いや体液はどうかと思うけど片付けられないわけじゃないし、仕事に支障が出るほど発生するわけでもない。

「虫も怖いし、私幽霊も怖いんですよねぇ。そういうことないんですか?」

「幽霊の何が怖いかよく分からないんで、さっぱり」

人間も虫も、生きているうちは何をするか分からないことが怖いと思う。でも幽霊は物を盗んだり、その辺で糞尿するわけじゃない。口汚く罵ったり、連絡先の書いたメモを渡して来るわけでもない。幽霊はただそこにいるだけだ。姿かたちはグロいかもしれないけど、それだって実体ではない。掃除の必要もない。

監視カメラや他の深夜勤仲間は、その幽霊を捉えてるらしいけど、だからどうということもない。害があるわけでもなく、追い払うのも難しいから放置するしかない。いやこの場合は追い祓うになるのか。

入店音も鳴ってない中、商品棚から頭を突き出すように女が店内を歩いていた。事故で亡くなったのか顔は半分崩れており、せっかくのお洒落なワンピースがズタズタになっていた。髪も嵐があったかのような乱れっぷりで、生前の面影などどこにもない。死体はきっともう少し綺麗にされて弔われて行ったのだろうけど、中身は違うらしい。事故直後そのまま、といった呈なのでたぶん自縛霊になるんじゃなかろうか。

「―――……いらっしゃいませえ」

入店音と客の登場に、一拍遅れて挨拶をする。時刻は深夜三時の来店で、くたびれたスーツの青年だった。死んでるより生きてる人間の方が恐ろしいなと常々思う。こんな時間まで仕事をさせられるのだ、たぶん彼はサビ残で。ここまでくると、まだ深夜勤で金を貰ってるこちらのほうがマシというものだ。

青年は夕刊を持って飲料水コーナーへと歩く。夕刊より朝刊待ったほうが早いんじゃないか、とぼんやりレジ内に入ったところで気がつく。あの女の霊がいない。入店音にびっくりしたのかな、と視線を弁当コーナーへ向けると隅っこに立っていた。その前には、青年会社員が残っていたたらこスパゲティとのり弁当のどちらにしようか悩んでいるのが見えた。

「お願いします」

ついでにデザートのプリンも持って、レジに来る。女も一緒に来た、というより男にのし掛かるように浮いて来た。

「ポイントカードはお持ちでしょうか」

「ええとこれかな」

「ありがとうございます、カード御返しいたします」

「はい」

「計818円になります、お箸は一膳で宜しいでしょうか」

「はい」

青年はほんとに覇気が無く、電子マネーで支払いを済ませた。弁当を温めるか訊くが、それはいいらしい。女はまだ男にのし掛かっていた。爛れた肌と髪が青年の顔にかかっている。

「こちらお品ものです。ありがとうございました」

「どうも」

青年はひとつ礼をして、荷物を受け取り店を出た。女も一緒に出た。レジを出て、夕刊を直しがてら外を見れば黒い軽自動車に彼が乗り込もうとしているところだった。女が後部座席に鎮座しているのが見えた。

たぶん、この店には二度と来ないだろう。



おわり


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深夜バイト 砂河喜一 @Sn_Keychi

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