第17話 イルミナの日常
今日はもう店番をする気分でもなくなったイルミナは、店の扉の前に閉店の看板を出してから外出することにした。
護身用の武器をいくつか服の中に仕込み、紙巻きのタバコ(葉巻よりは安いが、それでも贅沢品である)を咥え、マッチで火をつけてから店をでる。
先程、葉巻を駄目にしてしまったのは非常に勿体なかった。
もちろん、イルミナの財力を考えれば、葉巻の一本や二本、すぐに購入できる程度の余裕はあるのだが、それでも今日は続けてもう一箱葉巻を開ける気にはならなかった。
けだるげに煙を吐き出しながら、少し歩いて闇市に向かう。こんな時代に違法もクソもあったものでは無いのだが、それでも表だって堂々と販売できない類いのものもある(どんな時代にも、くだらない正義を振りかざす輩はいるものだ)。
イルミナは、そんな裏ルートで出回った品々を見て回るのが好きだった。
こんな崩壊した世界で、下らない世の中で、少しでも楽しく、そして幸せに生きることが彼女の願いだ。
タバコをゆっくりと吸いながら、イルミナは見慣れた闇市の露店を確認する。
ドラッグを販売している店、銃器や刃物などを取りそろえている店。客引きをする娼婦、柄の悪いゴロツキたち。
イルミナのように、綺麗な身なりをした若い女性がこの場所を歩いている事は珍しく、通行人にチラチラと見られるが、彼女は視線を気にせずにズンズンと我が物顔で通りを歩いて行く。
品定めをしながら歩いていると、露店の商人から声をかけられた。
「おう、イルミナちゃん。良い葉巻が入ったぜ? 買ってかねえかい」
「ほう……少し見ていくとしようかな」
顔なじみの商人は、その厳つい顔でニヤリと笑った。
商人が取りだした葉巻の説明を聞きながら、イルミナは何気ない動作で懐から銃を取り出すと、その銃口を背後にいた人物に突きつける。
「私が気づいていないとでも思ったの?」
冷酷にそう言い放つイルミナ。
振り返ると、銃口を突きつけられた少年が怯えた眼をしていた。
「な……なんのことですか? 僕はただ……」
言い訳をしようとする少年の頭に、イルミナは銃口をグリリと押しつける。
「だから、私が気づいていないとでも思ったの? 生憎様、私はアンタが生まれるよりもずっと前からこの闇市の常連でね、スリなんて気配でわかんのよ」
ジロリと少年の顔を、生気の無い瞳で睨み付ける。
「失せなさい。脳みそを無様に飛び散らせたくなかったらね」
その言葉で、脱兎のごとく逃げ去っていく少年の後ろ姿を見ながら、イルミナは銃を懐にしまった。
「……ここも変わったわね。あんなガキが出入りしているなんて」
あの少年がスリをしている事に驚きは無い。しかし、スリをしている場所が闇市だという事には違和感があった。
ここには人さらいを生業としているクズもたくさんいる。
無力な子供などが一人で歩いていては、格好の的なのだ。
イルミナの疑問に、商人がため息をつきながら答えた。
「ああ、アイツはコバルトの手下ですね」
「コバルト?」
「ええ、最近勢力を拡大しているヤバい奴ですよ。なんでも、親の無い孤児たちをあつめて、スリの技を教えているらしいです……そして、その上納金がとんでもない額らしくてですね、普通にやっていたらとても払えないんで、子供達も泣く泣く闇市まで出向いてスリをしているらしいんですわ」
「……なるほどね」
闇市は危険も多いが、確かに金を持っている奴も多い。
他の場所でスリをするよりも、短時間で多くの金を得る事ができるだろう。
もちろん、人さらいに狙われる危険もあるが、あの子供はそれも覚悟の上でこの場所にやってきたという訳だ。
なんとも胸くその悪い話だった。
別に、イルミナは善人という訳では無い。商売をする上であくどい事もしてきたし、こうして闇市に入り浸るくらいには世界の裏側も見てきている。
しかし、それでも今回の話は何となく苛立ちを覚えるほどに胸くそが悪かった。
商人に葉巻の代金を支払いながら、イルミナは、世間話とばかりに質問をする。
「……ねえ、そのコバルトって奴はどこを根城にしているの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます