真夏の夜の百夢
榊 せいろ
序章-邂逅
2018年8月15日。
一般には終戦記念日とされていて、よくよく太平洋戦争期に関するニュースが流れてくる日だ。
でも、僕にとっては違う。
その日のことは今でも忘れられない。
今でも後悔しているくらいだ。
あんな企画をやらなければ…
〜〜〜〜
事の始まりは、2018年8月1日。
太陽が照りつける暑さの中、僕はある計画を実行した。その名も『納涼!百物語大会』。
近所にある古アパートの一室を貸し切り、SNS上で募集した人達で百物語を行うというものだ。当時僕は24歳で、定職につかず
「何でもいいから人と会話がしたい。」
そんな軽い気持ちで、この企画を組んだのだった。
そして、募集した結果、意外なことに5人も集まった。僕はとても喜んだ。こんなにも人が来てくれるなんて思ってなかったからだ。
そろそろ来るかなと、待ち合わせ場所であるJR横浜線下木駅でプラカードを持ちながら待っていると、
「こ、こんにちは!あなたがトノさんですか?」
1人目の参加者がやってきた。白いブラウスに紺のスカート。ふんわりとしたショートボブ。
まだ幼さが残る顔…高校生だろうか?
「僕がトノです。よろしく。」
トノというのはSNS上での名前だ。僕の本名、
「よろしくお願いします。私、クレープって言います。」
少女はペコリと頭を下げた。
「あ、あの。トノさんはホラー映画とか興味ありますか?」
ネットで会った相手なのに警戒する様子を見せず、少女は話題を振ってきた。
僕は容姿に自信が無い。格好こそは流行りの物を揃えたつもりだが、ヒョロヒョロのもやしに丸茄子みたいな頭がついた不細工なのだ。
周りから見れば不審者に女子高生が絡んでるだけにしか見えないのに。
「ええ…好きですね。『ホイール』とか『
「私も、好きです。話が合いそうで良かったです。ところで何作目が好きですか?私のお気に入りは…」
楽しそうに語ろうとするクレープ。
「あのー、トノさんですか?」
その背後から割り込むように見るからにチャラそうな若い男が声をかけてきた。
「そうです。あなたは?」
「クライスラーっす。よろしく。」
男はパーマがかけられた短めの髪を整えて挨拶してきた。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「トノさん、ちょっと硬く無いすか?陰気な事始める前くらいパーとやっちゃいましょうよ!」
男はカバンから缶チューハイを出してきた。どうやら僕の事を酔わせたいらしい。見るからに陽の住民である彼にとって、僕の態度が気に入らないのだろうか。
「飲んでもいいですけど、会場には僕の車で行くので、今は遠慮しときます。」
僕は止めてあった車を指さし、彼に断りを入れた。
「あー、車で行くんすね。了解しました。」
思っていたより、真面目な人でよかった。
プルルル
男のズボンから着信音が鳴った。
「もしもしさくらちゃん?…今着いたの?…うんうん…今西口にいるから来て。…ハハッ大丈夫だよ。怖く無いって!…まあ、待ってるからな。」
ピッ
「トノさん。今から彼女がこっちにくるんで、よろしくっす。実はちょっと遅れるっていってたんですけど、電車間に合ったみたいで。」
「良かったですね。」
僕は相槌をうった。
この男の彼女…多分これで3人目だろう。
今電車が来たという事は後の2人もすぐに来るかもしれない。
「どうも!」
「こんにちは。」
考えてるうちに2人がやってきた。
「ナガノです。よろしく!」
1人は20代後半に見える天然パーマに無精髭の男。今では珍しい丸メガネをかけ、首には一眼レフのカメラがかけられていた。
「
もう1人は50代の中肉中背のおっさんだった。クールビズでよく見るワイシャツ姿だが、スタイルが良く、年齢にしてはかっこよく見えた。
そして、
「しょうちゃんお待たせ!」
センチュリーに抱きつくポニーテールの女。ブロンドをベースに所々に赤いメッシュが入った髪が激しく揺れた。
この人が最後の参加者-
「さっちゃん、苦しいって!」
クライスラーは照れながら、左手で女を抱きしめた。
「あ、あの?」
「あんたたち何?誰なの?」
女は食い気味にガンを飛ばしてきた。
「ちょっと待って。この人達は俺がネットで知り合ったオカルト仲間でさ。」
「オカルト?もしかしてホラー系のやつ?」
「そうそう。さっちゃんさ、『今年の夏こそは怖い話を克服したいなー』って言ってたじゃん。」
「それさ、酔ってたときのやつ。ノーカンだったよね。そんな事で誘うなんて最低!帰るり」
(付き合ってくれたらエルメス買ってあげるからさ。)
センチュリーはさくらに耳打ちをした。
「分かった。今回だけね!」
なんとか、参加してくれる事になったようだ。
「では、全員集まったので会場に向かいましょう。」
ブロロロ…
そして、車は走り出した。
5分ほど走らせると見るからに古そうなアパートが道の脇に現れた。
これが今回の会場、『ますアパート』だ。ここは、人が死んだとか、怪奇現象が起きたとかいういわくはない。雰囲気だけはそんな感じはするけども。
人が住まなくなってからまだ5年しか経っていないので案外作りはしっかりしている。ここの管理人とも連絡をとり安全であることはしっかり確認してある。
「最高のロケーションじゃないすか!やりますね!」
クライスラーは目の前の光景に目を輝かせた。他の参加者も、ここは良いなと思っていそうだ。
そして管理人から拝借した鍵を使って中に入る。
ガチャン!
突然、突風が起きたかのように扉が閉まった。今ので扉が壊れたら管理人に怒られると思い僕は扉を確認した。
「あれ?開かない。」
ガチャガチャとドアノブを回しても扉はびくともしなかった。
「なによこれ!窓が全然開かないじゃない!」
さくらさんの罵声が部屋に響く。窓が開かないなんて、そんなばかな!
「本当だ。どの窓もびくともしない。」
窓を開けようと、窓枠に手をかけるナガノ。
「うーむ。これは困ったね。」
ドアノブをひねる朝風。
他の参加者の様子からしても、完全に閉じ込められたようだ。
「なら、こうすりゃ良いんすよ!」
クライスラーは部屋に置いてあったちゃぶ台で、南側の大きな窓を殴った。
スモークの入った窓ガラスは綺麗に砕けた。
「脱出しましょー!」
クライスラーは窓の外へ出た。
「ぎゃぁ!!」
煙と共に鈍い悲鳴が響く。
煙が晴れると、窓ガラスは元に戻っており、外はスモークガラスでよく見えないが…
赤い血溜まりと、腕のような物が転がっていた。
「いやぁぁ!」
さくらさんはそれを見て甲高い悲鳴を上げた。僕を含め、全ての参加者が唖然とした。
さっきまで元気だったクライスラーが即死したのだ。明らかに異常な事が起きている!
ザ…ザ…
そんな僕達を嘲笑うかのように薄型の液晶テレビの電源がついた。もちろん、誰も触れていないのに。
「これ、『ホイール』と同じ展開…呪いのビデオかも!」
ホラー映画好きのクレープがポツリとつぶやいた。しかし、出てきたのはそれより恐ろしいものであったのだ!
「みなさんこんにちは〜!
テレビに長髪の女性が映し出された。明るい声だが、髪で顔を覆い隠していて表情は全くわからない。さらに、全身が赤い液体で濡れており、髪はおろか元々は白色と思われるワンピースも真っ赤に染まっていた。
それにしても丹那桜花って…
最後の参加者は彼女だったのか?
「あんたがやったの!!ふざけるな!」
彼氏を殺害されて理性を失ったさくらがテレビを殴りつけようとした。
「落ち着け!君も死ぬぞ!」
寸前の所でナガノが彼女を取り押さえた。
「あら?気に入らなかった?開会式の催し物としてこれが良いと考えてきたのになー」
画面の中の女は声色を変えず、こちらを挑発してきた。アレを催し物とか言う時点でろくなやつじゃない。
「僕達を閉じ込めてどうする気だ?」
僕は女に問い詰めた。
「どうするって?やるんでしょ?…」
「百物語の最終進化系…『百夢語』をね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます