雪が降る日の午後8時

紫田 夏来

第1話 私と尚美さんと三日月

「沙里ちゃん、今日はもう帰りや。JR止まるで。」

「大丈夫ですよ。地下鉄でも帰れますから。」

 新海沙里は名古屋駅に隣接する大型デパートのテナントである、惣菜屋のアルバイト店員だ。大学で心理学を勉強しながら、ここで働いて学費を稼いでいる。売れ残ったコロッケの処理をしながら、私と店長の尚美さんは帰りの電車の心配をしていた。何といっても、JRは頻繁に運休になることで有名である。薄情な同僚はとうに姿を消してしまった。

「尚美さんこそ、歳末セールの時期に一人で後片付けなんてしてたら、身体を壊しちゃうやない。」

「そう言ってくれて助かるわ。でも沙里ちゃん、今日は早く帰らな。明日はラストライブ見るんやろ。」

「でもそれは夜だから、午前中はたっぷり寝ることにしとるんです。それに、尚美さんだって見るんでしょう。お互い様ですよ。」

「あら、じゃあ明日の準備までお願いしちゃおうかしら。」

「そりゃ嫌や。レコード大賞にも出とるんだから。さっさと終わらせましょう。」

 二人はにっこりと笑った。

 私と尚美さんは、三日月というバンドを応援している。共通の趣味のおかげで、うちらは親しくなれたと思う。ここで働き始めて始めて間もない頃、尚美さんの方から「ねえ、沙里ちゃんは三日月って知ってる?」と話しかけてくれた。グッズのトートバッグを使っているから、一目見れば分かったはずなのに。私がうまく話せなくても、尚美さんが話題を作ってくれたから居心地が良かった。

 三日月は明日をもって解散する。高校で知り合って以来二十年、ずっと横に並んで歩んできたメンバー達は、年が明けたらそれぞれの道を進んでゆく。

 彼らのおかげで、私はたったひとりの友達を持つことができた。三十歳年上でもバイト先の店長でも、友達は友達だ。私なんかが人と親しくだなんて、三日月がいなかったら出来なかったに違いない。

 あの時彼らと出会わなかったらと思うと、少し怖い。中学も高校もずっとひとりぼっちで、大学でも誰一人として仲良しの人は出来なくて。そんな人生、最悪や。いつもの仲間と一緒に都会で夜まで遊んで、翌朝「おはよう」と言ってまた一日を共に過ごす。そんな青色の春は、私には無かった。でも、誰か一人でも友達がいるのと一人もいないのとでは雲泥の差だ。学校ではいつもひとりぼっちでも、人はみんな、誰か一人は大切な人が必要なんだと思う。三日月がいなくなったら、三日月を失う私とは、尚美さんが仲良くする理由なんてない。私の周りには誰もいなくなってしまう。

 じゃあ、明後日から、私はどうしたらいい?

 答えは簡単だ。だって、どうしようもないんだから。自業自得だから。

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