秋乃は立哉を笑わせたい 第15笑

如月 仁成

予告編 職業教育の日


 所同じうすれども、時が異なれば別世界。

 茅葺かやぶきが宝となるなど露ほども思わぬ、そんな時世の寝物語。


 どうぞゆるり、月のほのかを目の頼りに。

 務めの締めに楽しんでくだされよ。



 財に悩みが薄れれば。

 跡継ぎに頭を抱えるが常。


 飛騨の大野の山里に。

 砥石を切り出し、これを売る家のあり。


 多聞に漏れず、砥石売りも。

 放蕩の息子を抱える由。


 三つ峠越え、四つめの山に金を掘る。

 鉱夫の親方が訪ねた際。


 彼の者が、息子殿を山へ奉公へ出されるが良しとの言葉に飛びついた。


 砥石売りの息子は気乗りなど夏の井戸桶。

 からっきしではあったが仕方なし。


 山でなら良い値で売れようと。

 家の砥石を背の友として。


 親方の後をひた歩く。


 だが、根性も無ければ力もない。

 そんな息子が勝手に休む。


 峠の辻に一人心地に息を突くと。

 向こうの藪から慌てまなこの男が現れた。


 世間を知れば瞭然たる。

 その手に掴むは囲い育ての鶏ひとつ。


 盗人の了見など持たぬ息子は、そいをただ見つめていると。


 ついと鶏を突き付けられた。


 お前の負うとる包みはなんじゃ。


 砥石じゃ。


 ならば重うてなんぎじゃろ。この鶏と換えてやろう。


 これには息子も目を張ったが。

 一も二もあったものでなし。


 追っ手をくらます手立てと知らず。

 軽くなったと喜んで。

 背の友を改めて歩き出す。


 だが、根性も無ければ力もない。

 そんな息子が再び休む。


 砥石より軽くなったと言えど。

 いかんせん荷がかちる。


 そんな折、向こうの辻から。

 慌てまなこの男が現れた。


 世間を知れば瞭然たる。

 その手に牽くは牛ひとつ。


 盗人の了見など持たぬ息子は、そいをただ見つめていると。


 ついと牛の鼻面を突き付けられた。


 お前の負うとる包みはなんじゃ。


 鶏じゃ。


 ならば重うてなんぎじゃろ。この牛と換えてやろう。


 柳の下にどじょうが二匹。

 追っ手をくらます手立てと知らず。


 息子は、これで負わずに済んだとばかり。

 牛を牽いて峠へ向かう。


 だが、根性も無ければ力もない。

 そんな息子が再び休む。


 負わずに済んだと言えど。

 峠を三つは越えられぬ。


 この先に見える四つ目の山。

 あすこが件の金山か。


 下るばかりの道ですら。

 呑気に草食む牛を連れては行けぬ。


 そんな折、斜面を登って。

 慌てまなこの男が現れた。


 世間を知れば瞭然たる。

 その懐から覗くは金の塊。


 盗人の了見など持たぬ息子とて。

 金山からそんな男が来たと思えば合点がつく。


 お前の持っとる金はなんじゃ。


 見逃して欲しいお荷物じゃ。


 ならば見つかればなんぎじゃろ。この牛と換えてやろう。


 二度あることは三度ある。

 奉公へ向かったなりと同じに包みを背負うと。


 息子は三つを数える峠を下りて。

 ようよう親方の家にたどり着く。


 ほれ、砥石を買うてやろう。


 親方の握る安銭を尻目に。

 息子は負うてた荷をほどく。


 すると、出る際には砥石だったものが。

 まごうこと無き金塊に化けていたので。

 親方は仰天して訳を訊ねた。


 息子は世間も世事も知らず。

 正直に語ることしか術を持たぬ。


 親方の元から盗まれた金を。

 取り返すためにやったと話すと。


 なんと利口者じゃと褒められて。

 それが、村では嘆かれてばかりだった息子に。


 口の端も浮かぶ心地を与えてくれた。


 親方の下では褒められる。

 それを綱とし励みとし。


 息子は五年も金鉱で働くと。

 給金として、金塊を受け取って里へと戻った。


 便りによれば更生したと。

 胸撫でおろす砥石売り。


 商いを倍に出来るほどの金を持たされたと聞いている息子が。


 家に着いて、荷をほどくと。


 中から砥石が現れた。



 さあ、おとう。たーんとわしを褒めてくれ。

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