第3話 けしからん女神サマ

 ざっけんな。生粋のドクズを舐めんな。


 ここで助かったら、コイツは俺のことなんかすっかり忘れて、他の男を好きになる。


 で、ソイツと付き合って、結婚して、やることやって、子供ができて……。


 そもそも、どうせ生きてたって俺じゃコイツとは付き合えねえんだ。


 コイツが、俺を忘れちまうなら。


 俺以外の誰かに、汚されるなら。



「だったら、道連れにしてやる……ッ!!」



 俺は莉々りりの二の腕を掴み、自分のほうへと引っ張り寄せた。

 莉々が小さく悲鳴を上げる。


 ほーらな。最後の最後まで、人は変わんねえんだよ。


 三つ子の魂百までだ。



 ◇◇◇



「起きなさい。起きなさい。人の子らよ」


 聞き慣れない女の声で、俺は目を覚ました。


 どうやら、死に損なったわけではないようだ。


 おそらく俺は意識不明の昏睡状態とかに陥り、最後の夢を見ている。


「わっ。雲の世界!」


 隣で莉々の声がする。


 コイツも一緒か。


 俺たちは足下を雲で埋め尽くされた天国っぽい感じの場所で、二人並んで突っ立っていた。


 莉々はともかく、俺が天国なんていけるわけがないから、夢確定だな。


「夢ではありませんよ」


 いつの間にか、目の前に白いドレスを着た金髪美人が立っている。

 神秘的な雰囲気ではあるが、けっこうな露出度。


 とくに胸がけしからん感じだ。


「なあアンタ。まさかカミサマとか言わないよな?」


「察しがよくて助かります」


「じゃあさ、転生とか言ったりする?」


 あるある。大いに有り得る。

 だって夢だし。しかも俺のな。


 美人のカミサマが微笑んだ。


 俺の脳内データベースのどこに、こんな美人の顔が置いてあったんだろう。

 外国の女優って感じでもないが……。


「まずは莉々さん」


「わ、私っ?」


「あなたは本来死ぬはずではなかった人です」


 カミサマはそこで一度言葉を切り、俺をじろりと見た。


「ですが、そこにいる男の身勝手な行動により、命を落としてしまいました」


 莉々はぽかんとしてる。

 そうか。自分が死んだってこと、わかってなかったんだな。


 ま、俺の夢だけど。


「正直、彼の下劣な行いは私の想定の範囲を超えていました。不手際だと責められても仕方ありません。ですから、あなたを特別に、別の世界に転生させてあげます。別の世界というのは、地球とはまた別の空間にある異世界のことで……」


 いかにも俺が想像しそうな異世界についての説明を、莉々は素直に聞いている。

 自分で殺しておいてなんだが、悪い大人に騙されないか不安だ。


「……というわけでして、転生した際には特別な能力を差し上げます。前世の記憶は残すのがデフォルトですが、もしお望みでしたらそのおぞましい記憶だけは消しましょう」


 ……なんか、巻き気味だな。


「能力ってなんですか?」


「あなたにしか使えない特別なスキルです。ちなみに私のオススメはこちらの空間転移で、レベルが上がればタイムリープが付与されます。いいですよ、旅行行き放題ですし、交通費も浮きますよ」


「それって、タイムマシン!?」


 莉々は手を叩いて喜んでいる。

 カミサマはけしからん胸の間から、分厚い本を取り出した。

 どうやら異次元に通じているらしい。


「では、このカタログをどうぞ。あまり強くないスキルでしたら、サンプルの呪文を唱えていただくことで試し撃ちが可能ですよ。そのカタログをお貸しする間だけ、特別です」


 早口で説明を終えたカミサマは、今度は俺に向き直る。

 メロンみたいな乳が左右に揺れた。

 実にけしからん。


「そして山田」


「俺だけ呼び捨て?」


 まあいい。

 俺もするんだろ? 異世界転生ってヤツを。

 道路脇にいたのに車が突っ込んでくるとか、完全に人生のエラーだもんな。


 カミサマの後ろでは、さっそく莉々が火の玉を出したり、雲の上に花を咲かせたり、短距離をテレポートしたりしていて、楽しそうだ。


「あなたは、あの時あの場所で死ぬはずでした。それなのに、莉々さんのおっぱ……いえ、柔らかい部分がクッションになって、運悪く助かってしまったのです」


 時々『優くん、見て見て~』と莉々の明るい声が聞こえてくる。


 なんだよ。夢とはいえ、ワクワクするじゃねえか。


 俺はどんなスキルにしようかな?


 元々死ぬはずじゃなかったんだし、少しくらい楽しい思いしても……。


「あ……、え?」


 俺、死んでないの?


「ええ、死んでいません。あそこで死ぬはずだったのに、死ななかったんです。まったく、クサレ外道の小物の分際で、まさか二人ぶんの運命をねじ曲げてしまうとは……はなはだ呆れますね」


 ひどい言われようだ。

 しかも、さっきから勝手に心を読まれている。


「生きている以上、あなたには元の場所に戻っていただきます」


「生き返るってことか」


「死んでませんから。はあ、もう……なんでくっついてきたのかしら」


「あー……っと、スンマセン」


「言っておきますが、タダで助かるとは思わないでくださいね。あなた、その悪運を一生分使ってしまったんですから」


「ドユコト?」


「元の世界で相当ひどい目に遭いますよ」


「えッ!?」


 今までだって、ろくなもんじゃなかったのになあ。

 そりゃ、莉々に好かれるのだけは、悪い気しなかったけど。


 ま、あんなことしたんじゃ、当然嫌われてるだろうがな。


「ちょっと待って!」


 ずっとスキルのサンプルを試していた莉々が、突然叫んだ。

 こっちの話を聞いていたらしい。


「優くん。優くんは……」


「……」


「莉々に一緒にいてほしかったんだよね?」


「は?」


「死んで、莉々と会えなくなるのが怖かったんでしょ?」


「いや、そ……」


「わかってるよ。優くん、友達も彼女もいなかったよね。莉々だけしかいなかったんだよね」


「……?」


 なんか、すっげー怖い顔でカミサマのこと睨んでるんですけど。


 なんで? 俺にキレてんじゃねえの?

 俺に殺されたの忘れてる?


「優くんも一緒だと思ったのに……」


 うん、それは俺も思ってた。

 冷静に考えれば、そんな都合のいい話なくて当然だけど。


「こんなに愛し合ってる私たちを引き離すなんてあんまりですっ」


「いや、待って。愛し合ってない」


「そ、そうですよ! 莉々さん」


 ちょっと焦った様子のカミサマが、俺に同意した。


「この世界のどこに、愛する人を道連れにするような人がいるのです! そんなの、どう考えたって異常……」


「もし莉々が優くんでも、そうするよ? ……だって、好きな人とはずっと一緒にいたいよね?」


 莉々の視線が俺を捉えた。とろけるような笑み。


 あー……むっちゃ可愛い。


 けど、怖い。

 皮膚が粟立つ。


 ……冗談だよな?


 あっ、もしかして轢かれたショックでおかしくなっちまったのか?


 そうだよな。……なっ?


「私を転生させるなら、元の……優くんのいる世界にしてください」


「それは無理ですね」


「どうして!?」


「もう決まっていることですから」


 はい出た、ご都合主義。


 さっきは夢じゃないなんて言われたが、こんなツッコミどころ満載の状態が俺の夢じゃなくてなんなんだよ。


 莉々はなんか、暴走気味だし。


「そんなのイヤ」


「イヤと言われましても」


「どうすれば……どうすれば莉々は優くんといられるの……」


「どうしたって無理ですよ。そこの外道が、奇跡的にあなたと同じ世界に転生でもしない限りは」


「それって、そんな低い確率なのか?」


 俺は口を挟んだ。


 異世界転生モノばっかり読んでる俺としては、なんか割とホイホイ転生してるようなイメージがあったからだ。


「ええ。私の想定外の死……運命の輪から外れた魂でなければ、別の世界に転生することはできません。そしてそんなことは、そうそう起きるものではないのですよ」


 ふーん。

 天文学テンモンガク的確率ってヤツか。


 しかし、目の前で膝を折って肩を震わす美少女を見て、俺は納得する。


 俺みたいななんの取柄もない人間――と呼ぶのもおこがましいクズ野郎なら絶対に有り得ないが、コイツにならふさわしい。


 明るく元気で、たぶん友達も多くて。

 勉強もスポーツも得意……ってババアが言ってた。通知表なんかオールAだって。

 いや、なんでオメーが見てんだよって話だが。


 ともかく。コイツなら、ファンタジーの世界に転生して、すげー魔法とか使えて、周りにチヤホヤされて、異性にモテまくっていたって、なんの不思議もない。


 なんなら転生なんかせずに、このままだって通用する。


 いいな。

 俺も、こんなふうになりたかったな。


 女になりたかったわけじゃないけどさ。

 嫉妬がましく見つめていると、莉々と目が合った。


「優くん、莉々いいこと考えた」


 莉々が立ち上がって、俺に近付いてくる。


「お、おい莉々」


 俺が後退っても、莉々はずんずん詰め寄ってくる。

 強引な奴だとは思っていたが、なんか変だ。


「莉々さん、なにをするんですか!?」


 カミサマが当惑した声を出すのとほぼ変わらないタイミングで、莉々が手をかざした。


「ファイアボール!!」


「え、えええええ……!?」


 <つづく>

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