ポジティブボーイとネガティブガール

織島かのこ

本編

ネガティブガールは目を閉じる

 ああ神様神様どうか、私に力をください。


 二月の北風は全身を刺すように冷たく、灰色の雲からはチラチラと粉雪が降ってきた。マフラーに顔を埋めた私は、そびえ立つ門の前で足を止める。

 受験会場の前までやって来たところで、急におなかが痛くなってきた。朝から食欲がなくて、無理やり胃袋に詰め込んだバナナが傷んでいたんだろうか。バナナは黒くなりかけが一番美味しいのだけれど。

 ああ、どうしよう。緊張のあまり、ガクガクと膝が震え出す。今すぐ回れ右をして家に帰りたい。

 家を出るときに、お母さんは「高校に落ちたからって人生が終わるわけじゃないから気楽にね」と優しく見送ってくれたけれど、私はそんな風には考えられなかった。数少ない友人である真央まおちゃんと穂乃果ほのかちゃんもこの高校を受験するし、私一人だけ落ちる、だなんて事態は絶対に避けたい。それに、もし滑り止めの私立高校に行くことになったら、経済的にも両親に迷惑がかかってしまう。何がなんでも、合格しなければ。

 模試では毎回A判定だったし、本来の実力を出せれば絶対に受かるはずだ。でも、その「本来の実力を発揮する」ことこそが、私にとっては一番難しい。

 物心ついた頃にはもう、私は極度のあがり症だった。人前で話すのが苦手、よく知らない人と会話をするのが苦手、注目を浴びるのが苦手。いつだって誰とも目を合わせないように下を向いて、できるだけ目立たないようにして生きてきた。プレッシャーに弱くて、ここぞという場面ではことごとく失敗してきた。練習では完璧にできていたことが、本番になるとできなくなってしまうのだ。

 私はセーラー服のスカートをぎゅっと握りしめると、緊張しないためのおまじないをすることにした。自分のてのひらにある小さなホクロを、じっと見つめる。

 ――神様神様、私に力をください。

 目を閉じて、三秒。

 大きく深呼吸をしてから、私は絶対に緊張しない最強のイメージ――〝神様〟の姿を思い浮かべる。

 抜けるように青い空。さんさんと降り注ぐ灼熱の太陽。観客の視線を一身に受けたピッチャーマウンドで、彼は余裕の表情で笑っていた。

 大丈夫、大丈夫。きっとできる。

 そう自分に言い聞かせて、私はゆっくり目を開ける。膝はまだ震えていたけれど、おなかが痛いのがちょっと和らいだような気がする。

 私はぱちんと両手で頰を叩くと、挫けそうな気持ちを奮い立たせて、試験会場へと向かう門をくぐった。


 それから無事、合格通知を手にした私が、高校の教室で私の〝神様〟に遭遇してひっくり返りそうになるのは――もう少しだけ、先の話である。

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