悪魔たちの秘密遊戯

むーみん

第1話 願いの代償

「何回言われりゃわかんだよ! オマエ、脳みそ入ってんのか!? なぁ、オマエ馬鹿なの? それともふざけてんの? どっち?」


「す、すみません…」


「すみませんじゃなくて、それ質問の答えになってないから。俺は、馬鹿なのかふざけてんの、どっちなのかって聞いてんだけど」


 今日もまた、嫌味な上司に怒鳴られて、無断にストレスが蓄積されていく──────。

 都心から電車で2時間ほど離れた場所にある小さな地方都市の小さな印刷工場。その事務の仕事に就いたのは3年ほど前のこと。最初の頃はとても楽しかった。アットフォームな雰囲気の職場で、上長も優しく仕事を教えてくれる人だった。覚えが良いとは言えない私に対して、今季強く優しく教え続けてくれていた上司が、本社へ異動になり、その本社から飛ばされて、このいやみな上司が来るまではストレスレスでそれなりにハッピーな毎日を過ごしていたのだ。それが、2年前にこの嫌味が来てからというもの… ストレスフルな日々を過ごし続けている。


「げ・ん・か・い…… です!」


 皆月美奈江は、そういうと事務机をひっくり返していた。

 上司の嫌味に耐え続けて742日目… 積りに積もったストレスは、臨界点を突破して大爆発を起こしてしまったのだった。



※      ※      ※      ※      ※      ※



 その日、仕事を失い、社宅を追い出され、行く宛もなく乗り込んだのは、東京行きの最終電車だった。

 大きな荷物を抱え、流れる車窓の景色の手前NI移る自分の顔を見ていたら、なぜか涙が溢れTEきた。


 ふと気づくと、向かい咳に背の高い銀髪の青年がこちらを見ていた。


 皆月は慌てて涙を拭い、見られていた気外しさを誤魔化す為にぷいと横をむいてみせた。


「どうしたんだい?」


 銀髪の青年が、馴れ馴れしくも話しかけてきた。


「何か、悲しい事でもあった?」


 青年を無視して、周囲に目を配って、ふと違和感に気づく。


 自分と銀紙の青年を除いた全ての乗客が、動いていないのだ。微動だにしない。まるで時が止まっているかのようだったが、電車は走り続けており、車窓の景色も相変わらず。変わり続けている。


「僕が、力になって上げる」


 ニコリと爽やかに笑う青年の美麗さが、まるで現実のものではないような奇妙な感覚に襲われる。


「なんでもいい。願い事を3つ言ってごらん。全て僕が、叶えてあげるから」


 皆月は、まるで幻でも見ているような気分に陥っていた。幻想的で幻惑的……

 しかし、こんな感覚は初めてではなかった。これまでも何度か、こういった感覚に陥ることがあり、そしてそれは決まって夢だったのだと、目覚めて気づくのだった。


「そっか…私、電車に揺られている内に、いつの間にか寝ちゃってたんだ…」


 それが夢だと気づくと、目の前にいた馴れ馴れしく不気味な青年も、なんだか可愛らしく見えてくるのだった。


「今、願いを叶えてくれるって言った? どんな願いでも?」


 夢なら、何も恐れることはない。退屈で辛いだけの人生を生きているのだから。せめて夢の中でくらい、いい思いをしたくなるのが人のサガというものなのだ。


「どんな願いでも」


 銀髪のイケメン青年はそう頷いて囁いた。


「じゃあ、私をお姫様にしてください」


 冗談半分、ふざけ半分でそう言ってみた。夢なら、本当にお姫様になっているか……そろそろ目覚めるか。どっちでも良かった。どうせ夢なのだから。


 それから、どれくらいの時間がたっただろうか、皆月はどこかもわからない漫画喫茶の個室で目を覚ました。


 ポリポリポリ…


「どう考えても、お姫様にはなってないよね…」

 

ボサボサになった髪をかき分けて、頭をポリポリとかきながら、どうせならもう少し幸せな夢を見せて欲しかったものだと思って立ち上がった皆月だったが、個室のテレビに貼り付けられているメモを見て、一瞬で目が覚める。


「一つ目の願い、確かに承りました。שָּׂטָן」と書かれてあった。


 夢じゃなかったの…? 何が何だかわからず、皆月はしばらく呆然とそのメモを眺め続けていた。


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