実務派ヒロイン、逆ハー?

ヒロインが生徒会室に入り浸って役員の人達が仕事しなくなるってこれが理由なのではないかと。

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「そこの貴方、お待ちなさい」

 学園の食堂で声をかけられて振り返ったのは小柄な令嬢だった。

 ポワポワの桃髪にあどけない表情が魅力的なロレイン・シェフィールド男爵令嬢。

 声をかけたのはいわゆる下級貴族と呼ばれる男爵・子爵の令嬢たちで、一様に険しい表情だ。


「何でしょうか?」

「少し時間を頂けないかしら?」


 先頭に立つ少しきつめの顔をした縦ロール髪の金髪令嬢が押し出すように言った。

 内容は依頼だが実際には強制であることは明らかだ。

 周囲の者共はカカワリアイになりたくないとさっと離れる。

 それでも好奇心が抑えきれずに遠巻きに取り巻いている。

 だが桃髪令嬢は平然と応えた。


「今忙しいので。食事をとらなければなりませんからご希望には添いかねます」

 真っ向からの反撃にあっけに取られる令嬢集団。

 これだけの圧力に何も感じないの?


「ならば食事を許可します。済んだら」

「貴方に許可を頂くいわれはありません。それに食事の後の予定も詰まっておりますので」


 にべもなく切って捨てるロレイン。

 さすがにこれには令嬢集団も激高した。

「何を勝手なことを!」

「身の程を弁えなさい!」

「身分違いだと忠告しに来たのよ!」


 最後の言葉に反応するロレイン。


「身分違いとは?」

「貴方、下級貴族令嬢の分際で生徒会の方々にべったりしているでしょう!」

 首を傾げるロレイン。

「べったり、ですか?」


「そうよ!  みんな知ってるわ! 高位貴族の方々しか入れない生徒会室に入り込んで!」

「生徒会役員の方々とベタベタして!」

「ベタベタはしていないと思いますが。私は仕事を手伝っているだけで」


「それだけじゃないでしょう! 貴方が生徒会に入り浸るようになってから役員の方々が仕事しなくなってしまったと」

「そんなことはありません。私はちゃんとお手伝いしています」

 ロレインの反論は無視された。


「盗人たけだけしい!」

「あの方々にはきちんとした婚約者がおられるのよ!」

「貴方みたいな礼儀マナーもなってない平民上がりの下級貴族令嬢とは比べものにならないわ!」

「婚約者の方に失礼だと思わないの?」


 さらに首を傾げるロレイン。


「お会いしたことはありますが……。特に何も言われなかったので」

「それは高貴な方々が貴方なんか眼中にないからよ!」

「貴方がいくら誘惑しても王太子殿下を始めとした将来のこの国の指導者の方々はなびいたりしないんだから!」


 金髪縦ロール令嬢が糾弾した時だった。

 食堂に駆け込んできた金色の瞳で茶髪の凜々しい美丈夫がロレインを見つけて叫んだ。


「ロレイン! ここにいたのか!」

「マハル王太子殿下」


 この時ばかりはロレインを含めたその場の令嬢が揃って腰を落とす。

 学園内は身分が停止されるとはいえ、貴族社会ではそういう建前は通じない。

 本来の身分から言えば面と向かって対峙することすら憚られる身分差である。


 だがその青年はカーテシーを取るロレインの腕を掴んで叫んだ。

「君が必要なんだ! すぐに来てくれ!」

「そうはいかない」


 横から伸びてきた浅黒い肌のきらきらしい青年の腕がロレインを抱き取る。

 隣国である帝国から留学してきている皇太子だ。


「ロレインは私のものだ」

「オルガ皇太子。ロレインは我が国の貴族だぞ」

「問題ない。我が国ではより高い爵位を授けて迎え入れる用意がある。そしてゆくゆくは」

「そんなことはさせない!」


 睨み合う王太子と皇太子。


「さあさあロレイン。こっちに行こうね」

 するっと小柄なロレインを連れ出すナンパ男。


「君も僕のそばが一番いいだろう?」

「サガ! いつの間に」

「抜け駆けする気か。御身は魔術師団に行っているはずでは」


 サガと呼ばれた青年に掴み掛かる王太子と皇太子。


「ロレイン! あの人たちは危ないからこっちにおいで」

「新しいスイーツ持ってきたんだ。生徒会室で食べよう」


 黒髪眼鏡ながら整った容姿の青年と、逞しい身体に厳つい顔ながら精一杯の愛想笑いを浮かべた偉丈夫がロレインを誘う。


「お前たち! 私を差し置いて!」


 王太子の咎める声にも怯まない面々。


「こればっかりは譲れませんよ」

「殿下方にはいくらでもお相手がいるでしょう」

「騎士団にはどうしてもロレインが必要なんです!」

魔術師団長オヤジからは絶対に引っ張れと」


 収拾が付かなくなりかけた時、高くて鋭い声が響いた。


「みなさん、いいかげんにして下さい!」


 一瞬で静まりかえる食堂。

 桃髪で小柄なロレインがいつもはポワポワしている表情を堅くして仁王立ちしていた。

 腰に手を当てて一人一人を睨み付ける。


「そんなにいっぺんに言われても無理です! 食事が済んだら仕事に戻りますから! それから私は卒業したら実家に戻って家業を継ぐんです! いくら誘われてもお断りです!」


 沈黙。

 そして哀願の声が響いた。


「そこを何とか。私の配下スタッフとして王太子府に来てくれないだろうか。御身の事務処理能力は手放すには余りにも」

「我が国帝国は貴方を好待遇で迎える用意がある。差し当たって女子爵でどうだ?

 加えて財務局の次長待遇で」

「魔術師団の経理は知っての通りもう限界なんだよ。ロレインが来てくれないと親父に殺される」

「宰相府はロレイン、貴方を待っていますよ」

「その。騎士団では副長にしても良いと」



 桃髪の男爵令嬢ロレインは溜息をついた。

 前世で日本の商社総合職としてバリバリ働いていた経験を持つ彼女にとって、学園の生徒会事務などお遊びだった。


 そもそも生徒会の役員は王族や高位貴族の御曹司たちだ。

 事務処理の教育など受けていないし、将来も自らが手を汚すことはない。

 彼らの仕事は配下の者から説明を受けて判断すること。

 その資料作成段階で躓いて完全に自信を喪失していた。


 うっかり裏庭のベンチで項垂れていた王太子殿下の相談にのって生徒会事務を手伝ったのが運の尽き。

 事務仕事に辟易していた彼らにとってロレインは救世主だった。

 何せ完璧に出来上がった書類にサインするだけでよくなってしまったのだ。

 生徒会室でもやることがなくて争ってロレインのご機嫌取りに走る始末。

 だからと言ってねえ。


 自分の手下にして将来仕事を丸投げしようという意図が見え見えの逆ハーってどうよ?

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逃げろヒロインシリーズもかなりヘタレてきたような。


ちなみに婚約者の皆様は恋愛絡みでないことが判っているので悪役令嬢にはなりません。

お相手があまりにロレインの(事務処理能力の)素晴らしさばかり語るので軽く嫉妬はしていますが。

なお、ロレインの父親は商人ですがロレインが生まれてからみるみる業績を伸ばして男爵に叙爵されました。

貴族の子弟の義務としてロレインは学園に通っていますがつまらなくて無用な知識ばかり教えられるので飽きています。

まあ完璧に出来るのですが。

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