もし乙女ゲームの世界が実際にあったら

 私はヒルデリー・ハミルズ。

 子爵家の三女でセレニア国王立セレ貴族学園に通う最上級生。

 セレニア国は地球で言うと中世というよりは近代封建国家なんだけど色々おかしい。

 そう、転生したみたい。


 別に頭を打つとかなしにいつの間にか気づいていた。

 ここが乙女ゲームの世界だってことは。

 セレ貴族学園はよくある貴族子弟は義務、平民は特待生で所属する教育機関だ。

 貴族はコネ造りと将来の伴侶捜し、平民は箔付けと王城や官庁への就職を目的として通うわけ。

 だから貴族に限ってだけど、恋愛については割と許容範囲が広い。


 大半の貴族子弟は入学前に婚約者がいるけど在学中に恋愛や打算で別れたりくっついたりは結構多い。

 前世の事はあまり覚えてないけど地球の封建国家だと有り得ないよね?


 そこら辺は乙女ゲーム仕様だと思って納得している。

 ところで私は子爵家の三女だし、実家も別に金持ちだとか実は王家の血を引いているとかはない。

 つまり吹けば飛ぶようなモブ。

 乙女ゲーム転生と言っても背景としてだと思ったらやっぱりそうだった。


 だってこの学園、私と同学年に第二王子やら公爵家嫡男やら騎士団長子息やら法王の甥やらがいる。

 隣の国の王弟までいて講師をやっていたりする。

 そして案の定、1年生の男爵家の養女ヒロインがやらかした。

 どうやったのか知らないけど年度の終わりには見事にハーレムが出来ていたりして。


 前記の攻略対象たちには当然だけど婚約者がいて、ほっとけばいいのにガチで嫌がらせや虐めをやっていた。

 私も目撃したけど本当に麗しい公爵令嬢が教科書を破いたり、才女と評判の侯爵家の令嬢がヒロインに水をかけたりしていた。

 普通、ああいうのって冤罪だよね?


 そのことで攻略対象の皆さんは怒り狂ってそれぞれの婚約者に当たり、そのせいで虐めが更に加速するという悪循環。

 乙女ゲームって本当にあったんだ(笑)。


 もちろんモブである私は巻き込まれないように遠巻きに見ていた。

 それは私だけじゃなくて、攻略対象に近い家の人たちや婚約者の皆さんの取り巻きに至るまで全員が知らない振り、というよりは露骨に逃げていたりしていた。

 なので学園はヒロインを中心とした攻略対象たちと婚約者連合のバトルロワイヤル、そしてそれ以外の平穏な学生生活に見事に二分されていた。


 正直言っていつ飛び火するか怖くて毎日怯えていたんだけど。

 だって私、某伯爵家の次男で卒業後は実家の領地の代官として赴任する予定のダーリンの婚約者になれたのよ。

 お顔はそれなりだけど優しくて、それでいて芯が強いサムエル様。

 モブな私には過ぎたお相手だ。

 万が一にでも攻略対象たちがやらかしたら、どう巻き込まれるか判らない。


 卒業パーティが迫った頃、不安になってデートの最中に愚痴ったら言われた。

「大丈夫だよ。何も起きないから」

「どうして判るの?」

 するとサムエル様は片目を瞑って言った。

「僕の兄上が王城勤めなのは知ってるよね。そっちからの情報」


 サムエル様の兄上は伯爵家の嫡男だけど優秀さを買われて王太子殿下の側近をされている。

 だから伯爵家は兄上あにうえが継ぐけど領地の管理は僕なんだよね、とサムエル様に教えて貰った。


「何か知ってるの?」

「内緒。でも安心して」

 納得するしかなかった。


 そして迎えた卒業式。

 式自体は平穏に終わり、私たち卒業生はいったん寮に戻って礼服やドレスに着替える。

 乙女ゲームのクライマックス、卒業パーティだ。

 会場に入ると既に正装した卒業生でいっぱいだった。

 そしてパーティが始まった。

 あれ?


 私をエスコートしてくれているサムエル様に聞いてみる。

「第二王子殿下や側近候補の方たちは? ご挨拶もされてないみたいだけど」

 そういえばヒロインや婚約者の皆さんもいないような。


 するとサムエル様は溜息をついた。

「王宮の慈悲で卒業式には出られたけどそのまま連行されたよ。パーティでやらかす計画だったみたい」

「え? じゃあ知ってたの?」

「当然でしょう。王宮はそんなに無能じゃないって」

「でもそれは第二王子殿下たちでしょう? 婚約者の方々には罪はないのでは」

 ヒロインを虐めてはいたけど。


「高位貴族家の令嬢が教科書を破くとか生徒に水を掛けるとか、くだらなすぎる嫌がらせをやったことが問題になったそうだよ。しかもそれを白昼堂々と。そんな女は嫁に出せんと皆様お怒りで」


 あー、それはそうか。


「兄上から聞いたけど公爵様がとりわけお怒りだったらしい。男爵家のひとつやふたつ潰せばいいだけだろうと」

 怖っ!

「第二王子殿下方はどうなるの?」

「殿下は外国の高位貴族家に婿入りらしいよ。それ以外の人たちは領地で引き取るって」

「……婚約者の方々は?」

「さあ? 領地でほとぼりが冷めるまで再教育じゃない?」


 良かった。

 血なまぐさいのは嫌だもんね。


「それより踊ろうよ。僕たちの学生生活の締めくくりなんだし」

「はい」

 それから私とサムエル様はパーティを堪能したのだった。

 ちなみに男爵令嬢ヒロインがどうなったのかは怖くて聞けませんでした(泣)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る