悪役令嬢、職務放棄?

 目を開けて思った。

 あ、見知らぬ天井。

 そして見回すと天蓋付きベッド。

 部屋も広くて豪華。

 転生、したか。


 起きて調べて見たら思った通りだった。

 この身はアレシア王国において侯爵の位階を許されたハレバー家の長女、レイシア。

 現在6歳。

 輝く金髪に紅い瞳、この歳で既につり上がったキツイ目つきの絵に描いたような悪役令嬢だ。


 もっともアレシア王国とかハレバー家とかレイシアとかの固有名詞に覚えはない。

 そもそも乙女ゲーム、とやらはやったことどころか見た事すらない。

 知り合いが熱心に教えてくれようとしたがまったく興味が湧かなかった。


 さて、どうなることやら。


 流されるままに日々を過ごしていると十歳の時に王子と婚約が成った。

 広い領土を持つ豊かなハレバー家とアレシア王家の政略婚姻だ。

 レイシアの意志は関係なかった。

 それは王子も同じで、王城に連れて行かれて豪華な謁見室で引き合わされた時もお互いに淡々と挨拶しただけだった。


 王子の名はロバート。

 正妃の第一子なので何もなければ王太子を経て戴冠だろう。

 本人も歳に似合わない思慮深さと冷静沈着な態度、そして誰に対しても礼儀正しく温厚に接する性格で評価が高い。


 レイシアの方は、婚約後に王妃教育を施されたが遊びたい盛りの時期に詰め込み教育を施されても文句ひとつ言わずに従う態度が周囲に好評だった。

 切れ味はないがよく考えられた言葉は常に格調高く、王太子妃そして王妃として相応しいという評判である。


 そして。


 珍しくロバートとレイシアが二人でお茶をしていた。

「そういえば噂で聞いたのですが」

 ふとレイシアが言った。

「最近、学園で男爵令嬢が浮き名を流しているとか」


「その話か。レイシアが気にすることはない」

 淡々と応えるロバート。

 とても17歳とは思えない落ち着きである。

「良いリトマス試験紙になるだろう。私の側近候補にもコナかけているようだ」


「ちょっと。そういう単語は拙いのでは」

 思わず辺りを見回すレイシアにロバートは微笑みかける。

「誰も判らんさ。そもそも人払いしてある」


「なら良いのですが。それにしても随分古い例えですのね。リトマス試験紙など存在を知っていたとしても会話には出しませんよ普通。

 そもそもコナかけるって何時の時代なんですか」


「私が現役の頃には若者の常套句だったのだよ」

 ロバートが肩を竦めた。

「それにしても古すぎます」

「古い、と思う事自体が君の古さをバラしているんじゃないのか。普通に通じている時点でお年がバレるぞ」


 レイシアは肩を落とした。

「それは仕方がありません。私は享年79歳。前世ですら時代遅れを実感していましたから」


 ロバートも苦笑する。


「それを言い出したら私だって喜寿のお祝いを孫達からして貰った。孫達の言う事が半分くらいしか判らなかった」

「そうですね。正直言って、この歳まで人生経験を積めばもう色恋沙汰など真っ平です」

「私もな。例の男爵令嬢には私もアタックされたが、曾孫が見ていた何とかキュアとかいう極彩色のアニメの登場人物キャラかと思った。桃色の髪など有り得ん」


「攻略されませんの?」

 悪戯っぽく聞く侯爵令嬢(16)。

男爵令嬢アレが私と同じ人間とは思えん」

「まあ、仕方がないですね。私たちのような人生の峠を越えて麓まで行き着いたような者に色恋沙汰など」


 頷くロバート。

 凜々しく端正な王太子と初々しい姿ながら既に王妃に相応しい格調高さすら見せるその婚約者。

 傍目には十代後半に差し掛かった青春まっただ中のカップルに見える。

 だが内心は金婚式を迎えた老夫婦。


 乙女ゲームは始まりそうにない。

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