逃げろヒロイン

@fueiz

「王家の呪い」事件

「ルリシア・サークレッド侯爵令嬢! ロマリア王国王太子スチュアートの名において、ただいまを持ってそなたとの婚約を破棄する!」


 パーティ会場にしゃがれた声が響いた。

 叫んだのは金髪美形の逞しい青年。

 この国の王太子である。


 対するは無表情な美女。

 スチュアートの婚約者、ルリシアだ。


「レイス。私もそなたとの婚約を破棄する!」

「タリア。ご免ね。僕も破棄だ」

「ミランダ嬢。そういうわけだから」


 スチュアートに続いて口々に声を張り上げる美々しい男たち。

 王太子側近の公爵嫡男、宰相の甥、騎士団長の次男。

 それぞれの婚約者に対して無情な通告を行う青年たちの顔は強ばっている。

 ルリシアの背後に並んだ令嬢たちの表情は空白。


 スチュアートの腕に抱かれた小柄で桃髪、可愛いタイプの少女がうっとり見上げるのを横目で見ながら王太子は淡々と告げる。


「そして私はこのマリアと婚約する!」


 パーティ会場につめかけた着飾った男女から拍手が上がった。




 異変はマリア・トルート男爵令嬢が学園に入学した時から始まった。

 スチュアート王太子は最終学年。

 側近たちも同学年で揃っている。


 これはスチュアートが卒業後すぐに王城で執務に就く予定で、それまでは学園で疑似貴族社会を統率しつつ経験を積む必要があるためだ。


 つまり在学中から王太子としての執務をシミュレーションするため、側近を含めた4人は基本的に固まって行動する。

 その日も学園行事の一環として学内を見回っていた彼らに突然突進してくる女生徒がいた。


 当然、このような事態は想定済みだ。

 スチュアートに体当たりされる前に護衛役である騎士団長次男のギルバートが素早く阻止する。


「おい、気をつけろ」

「……ちぇっ。ギル様か。まあいいや。ごめんなさーい!」


 とても貴族令嬢とも思えない無礼極まりない口調で言い放って駆け去る少女。

 スチュアートたちはあっけにとられて見送るしかなかった。


「何だあれは?」

「今年の新入生でしょうか」

「いくら何でも無礼が過ぎませんか」

「チェックしておきましょう」


 宰相の甥のマイフォートがすぐに調べあげた。


「マリア・トルート男爵令嬢。新入生です」

「トルート男爵か。初耳だな」

「それにしてもあの口調は酷い」

「養子とのことです。半年前までは平民だったと」

「それでマナーに疎いのか。大目にみてやれ」


 スチュアートの言葉にお咎め無しになったのだが。


 マリアはその後も頻繁に周りを彷徨き、馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。

 一番身分が低いギルバートがやんわり忠告しても聞く耳を持たない。

 スチュアートや側近には全員婚約者がいる。

 もちろん政略だが、色恋沙汰よりは同志愛とも言うべき絆で結ばれていて関係は良好だ。


 だがマリアは言うに事欠いてスチュアートの婚約者たちから虐めを受けていると触れ回るようになったのである。

 さすがにこれは許容出来ない。

 不敬罪が適用されかねない。

 精神異常ならば退学を、とスチュアートが決断しかかった時に事件が起こった。


 廊下の角から不意に飛び出してきてスチュアートに飛びつきかけたマリアを護衛役のギルバートがとっさに抜剣して斬った。


 首を半ば切断されて倒れるマリア。

 ギルバートは蒼白だったが落ち着いていた。


「ギル。御身に罪はない」

「そうだ。不敬罪どころか王族暗殺未遂。国家反逆罪だ」

「とりあえず始末を」


 言いかけて絶句する公爵嫡男のポール。

 斬られたはずのマリアが消えた。

 飛び散った血痕まで跡形もない。


「……何が起こった」

「とりあえず近衛に連絡します。殿下はひとまず執務室に」


 近衛兵と警備隊が呼ばれ、スチュアートたちが学園内に設けられた執務室で待機していると報告が入った。

 近衛隊長が部下を従えて片膝を突く。

 後ろには警備隊長がいた。


「よい。楽にせよ」

「ありがたく思います。まずマリア・トルート男爵令嬢ですが無事です」

「そんな馬鹿な! 確かに手応えがあった!」


 ギルバートが叫んだ。


「無事とは?」

「教室で同級生クラスメイトと歓談しておられました。この者が確認しております。そうだな?」


 警備隊員らしい制服の男が頷いた。


「聞き込みをしたところ、マリア嬢は朝からずっと教室におられるとのことです」

「では私が斬ったのは誰だったのだ」

「そのことでございますが問題が発生しました」


 警備隊長が進み出て言った。

 警備隊は学園内の保安権限を持っていて調査も担当する。

 学生に問題があれば調べて摘発するのも役目だ。


「何か?」

「マリア・トルートなる男爵令嬢は存在しません」

「は?」


「学園に入学するためには入学試験および面接が必須ですが、今年度の受験者名簿にはマリア・トルートなる者は載っておりません。また面接を担当した者も不明です」


「だが学籍名簿には載っているのだろう?」

「何か……理由があって無試験および無面接で入学したのではないか。隣国の貴顕とか」


 マイフォートとポールが言い募るが警備隊長は首を振った。


「学園長にも確認しましたがそのような事実はございません。それに」

「それに?」

「マリア・トルート嬢は寮に入居しておりません」


 この学園は基本的には全寮制だ。

 スチュアートのような王族や高位貴族子弟は学園のそばにある王城や屋敷から通うが、地方貴族の男爵令嬢クラスは通える場所に屋敷など有り得ない。

 なので寮は必須だ。


「だが……毎日教室に通ってきているのだろう?」

「どこから?」


 それから数日掛けて調査した結果、困惑するような事実が判明した。

 マリア・トルートは学園内の寮に住んでいないどころか住所すら不明だった。

 どこからともなく教室に現れ、授業が終わるとどこへともなく消える。


「それどころか授業に出ることも稀です」

「この学園は学生ごとに受講する科目が違うので目立ちませんが、ほとんど授業を受けていないようです」


 宰相の甥のマイフォートが蒼白になって報告した。

「もっと大変な事実が判明した。そもそもトルートなる男爵の存在が確認出来なかった」

「「「なんだってーっ!」」」

「貴族年鑑には記載されていませんでした」

「他国の者ではないのか。アルタ帝国とか」


 この国は文化的に進んでいるため、学園も教育機関として名高い。

 なので多くの留学生がいる。


「違います。留学生名簿には記載されていません」

「つまり我が国の貴族だと」

「い、いや。ひょっとして他国の王族がお忍びで、という可能性も」

「マリア嬢にはお付きの者がいません」


 いついかなる時でも王族や高位貴族が単体で行動することはない。

 スチュアートにマイフォートたちがついているのと同じである。


「では、あのマリア嬢、いやマリアは何なのだ」


 誰かが力なく言った。


「それについて報告があります」


 公爵家嫡男のポールが淡々と述べる。


「何か?」

「留学生のハキム氏より内密に話があるということで某所で会いました。驚くべき内容です」

「この件の解決に繋がるのか?」


 スチュアートが藁にも縋る気持ちで聞く。


「と思います。ここに呼んでよろしいでしょうか」

「危険はないのだな?」

「ハキムはサオ王国の公爵家の者です。我が国とは友好国で問題ありません」

「聞こう」


 浅黒い肌で精悍な風貌の青年が執務室に招き入れられた。

 なぜか蒼白な表情だ。


「ハキム・モルトランです。この件は内密にお願いします」

「了解した」

「我が国の国王より親書を預かっております。国王陛下に奏上する前にスチュアート王太子殿下に」

「良いのか?」

「事態は一刻を争います」


 スチュアートは頷いて親書を受け取る。

 読み進むうちにやはり蒼白になる王太子。


「……詳しく聞かせて貰おう」

「我が国王陛下より直接許可を頂いております。国家機密故、出来ればこちらの国王陛下にもお伝えしたく」

「判った」


 その日のうちに極秘裏に関係者が集められた。





 スチュアートの腕に抱かれた小柄で桃髪、可愛いタイプの少女がうっとり見上げるのを横目で見ながら王太子は淡々と告げる。


「そして私はこのマリアと婚約する!」


 パーティ会場につめかけた着飾った男女から拍手が上がった。


「ああ! 嬉しい! スチュもマイもポーもギルもみんな好き!」


 マリアがスチュアートの腕に抱かれたまま叫ぶ。


「私、しあわせ!」


 次の瞬間、スチュアートの腕の中には何もなかった。

 崩れるように座り込むスチュアート。


「……終わった、のか?」

「殿下!」

「お気を確かに!」

「誰か気付け薬を!」


 パーティ会場が騒然となる。

 紳士淑女だったはずの者どもが整然と隊列を組み、辺りを警戒していた。


「悪霊は消滅したようです」

「痕跡なし」


 警備隊長がてきぱきと報告する中、虚脱してしまったスチュアートが担架に載せられて運ばれていく。


 公爵嫡男のポールが王太子代行としてその場を指揮していたが、一通りの指示を出すと宰相の甥であるマイフォートと騎士団長次男のギルバート、そしてアドバイザーとして控えていたサオ王国のハキムが集まって来た。


「殿下は大丈夫だろうか」

「酷い緊張に耐えてこられたのだ。まずはゆっくりお休みして頂こう」

「それにしても、本当に終わったのか?」


 問われたハキムが応える。


「はい。あの悪霊は望みを果たすと消えるようです。我が国でも40年前に同様の事件が発生し、先々代の陛下が王太子の時に対処したと聞いております」

「さようか。今回は本当に助かった。御身が忠告してくれなければどうなっていたことか」

「我が国も時の留学生が助言してくれたと記録にございます。こんなこともあろうかと密かに用意しておいた機密文書マニュアルが役に立ってようございました」

「感謝する。この件は国王陛下我が主君に必ず報告する」

「ありがとうございます」


 お辞儀をして去るハキムを見送りながら溜息をつく一同。


 危うかった。

 王太子に取り憑いた悪霊は何をしても祓えなかった。

 どんな忠告にも耳を貸さず、マナーを無視してつきまとう。

 場所も時間もお構いなしに突然現れては突進してくる。


 最初は説得しようとしたがらちがあかず、騎士に命じて捕えても無駄。

 捕獲は出来るが取調室どころか牢からも平然と消える。

 とうとう見つけ次第処理する命令が下ったが、何度斬っても死体も残さず消滅。

 そして何事もなかったかのように現れる。


 「おかしいなあ。もう一度やってみるか」


 スチュアートや側近たちが既視感デジャブすら覚え始め、ひょっとしたら時間遡行すら出来るのではないかと推測するに至って、ついに白旗を上げた。

 籠絡されたふりをしたのだ。


 学園をあげてマリアのご機嫌をとり、スチュアートたちがマリアの取り巻きとなった。

 マリアの虚言を信じたふりをして婚約者たちと距離を置き、卒業パーティと偽って護衛兵や侍女が扮した出席者に拍手までさせた。

 万一を考えて国王や国家の重鎮を遠ざけての対処だったが上手くいった。


 おかげで悪霊は去った。

 こうして「王家の呪い」事件は幕を閉じた。

 だが関係者全員の胸に重い痼りが残った。





「あの悪霊マリアが最後の一匹とは思えない」

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