SUB1 未露光フィルム

[神5ハウス]


バルドル 「お待たせしました! スイーツ、ブラギと一緒に買ってきましたよ!」

トール  「おっ。デパートでやってるっていう例のスイーツフェア、行ってきたんだな。お目当てのスイーツはあったのか?」

バルドル 「はい、無事手に入れました! 見てください、この“ハバネロモンブラン”! 最高峰の名が付いているのも頷ける立派さです!」

ヘイムダル「おお、写真よりも真っ赤でカッコいいな! オレの頼んだ“虹色ケーキ”は……これだなっ!」

ブラギ  「どちらも、およそ食べ物とは思えない見た目ですね。美と食への冒涜とすら思えます」

バルドル 「トールには“ほろ苦ガトーショコラ”。ブラギには“たっぷりイチゴのビッグホールケーキ”」

トール  「サンキュ。ってビッグ……ホールケーキ!?」

ブラギ  「差し上げませんよ」

トール  「いるとは言ってない。というか……それ、1人で食べ切れるのか? 少し手伝ってやろうか」

ブラギ  「差し上げませんと言ったでしょう。すべて私のものですので」

トール  「うん。いや、ブラギがいいなら、いいんだが」


有希人  「バルドル、ブラギ、帰ってたんだね。ちょうどよかった。ちょっと話があるんだ」

バルドル 「はい。有希人くんのケーキもありますよ! でも、その前にお話ですか?」

有希人  「うん。お願いというか、検討してほしいことがあって」

トール  「どうした、改まって。話せよ。お前の頼みなら願ったりだ」

ヘイムダル「戦争でも始めるのか? だったら、オレが角笛つのぶえを鳴らしてやるぞ!」

有希人  「あはは。そんな物騒な話じゃないよ」


有希人  「実は、俺たち5人に、CM出演のオファーがあるかもしれないんだ」


バルドル 「CMって、テレビでやっている宣伝のことですか? わあ……すごい……! とても光栄です!」

ブラギ  「人間の生み出す事物じぶつは、どれもつたなもろい。そんなものの宣伝に、神の力を利用したいと?」

有希人  「神を、じゃなくて、“神5”を、だね。定期公演で、みんなの知名度も上がってるでしょ? 完全にブレイクする前にって、広告塔として検討してくれている企業がいくつかあるらしいんだ。学校に問い合わせが来てるみたいなんだけど、興味があるかどうか、確認しておこうと思って」

ヘイムダル「CM出演……! ロキはやったことないはずだ! すっげー! オレやりたい! テレビ出たい!」

有希人  「まあ、まだ可能性の話だし、実際に出るとしても、しばらく後になるけどね」

トール  「……しばらく後、か」

ヘイムダル「じゃあさ、れんしゅーしてみようぜ! トール、ホームセンターのCMやれ! 好きだろ!?」

トール  「いきなりフるなよ。まあ好きだが。ホームセンターか……そうだな……」


トール  『ホームセンターってのはいいよな。いるだけで、あっという間に時間が過ぎちまう。お前もDIYしてみるか? んじゃ一緒にいくぞ――“っしゃおらぁ!”』


バルドル 「わあ……! 迫力がありましたね! 家が建っていくイメージが見えました!」

ブラギ  「……果たして、今のは宣伝になるのでしょうか。その妙なかけ声で建造物を創れるのは、ミョルニルを持ったトールだけかと思いますが」

トール  「あー、まあ、そうか。ならお前も、何かCMしてみせろよ」

ブラギ  「……なぜ、私がそんな真似を?」

バルドル 「僕は見てみたいな、ブラギ! このイチゴケーキで練習してみたら?」

ブラギ  「……はあ……。……ではこのイチゴケーキを……。もぐ。……。……ごくん」

ヘイムダル「……? 何も言わないのか?」


ブラギ  『……このケーキは、誰にも譲りません』


トール  「譲れよ! 宣伝にならないだろ!」

ブラギ  「食べたければ買えばいいでしょう。CMごっこの続きは、私抜きでどうぞ」

バルドル 「ブラギはすごく美味しそうに食べるから、僕は、ちゃんと食べたくなったよ! じゃあ、次は僕がやりますね! 僕が好きなのは、えっと……」


バルドル 『世界中の辛いモノきなみなさん、こんにちは! 今日はバルドル食堂の新商品をご紹介します!』


有希人  「バルドル食堂……」

トール  「さらっと生まれたな、さらっと」


バルドル 『こちら、辛さ1億倍カレー! 今ならなんと、辛さがさらに千倍になるスパイスつき!』


ヘイムダル「1億倍が千倍に増えるって、つまり何倍だ?? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……」

ブラギ  「とても辛い、でいいでしょう。人間が食べられないことは、まず間違いありません」

ヘイムダル「じゃあ、次はオレ! オレがやるぞ! このカッコいいTシャツのCMだ!」


ヘイムダル『やっぱ服は虹色だろ! 虹色が1番カッコいいし、目立たないとロキに勝てないからなっ!』


トール  「CMにしては、個人的なことを言い過ぎだろ」

ヘイムダル「なんでだよ、ロキは大人気なんだぞ! だから、ロキに勝つってのはアピールになる!」

有希人  「はは。みんな、個性的だね。前向きに考えてくれてるみたいでよかった。あ……そうだ。なら、みんなで俺たちの公演のCMをやってみない?」

バルドル 「お芝居のCM、ですか?」

有希人  「うん。自分たちをアピールする練習になるし、企業向けの資料にもなると思う。本当はちゃんとした撮影機材を使うべきだけど……、今は練習ってことで、俺のスマホでいいかな」




有希人  「ブラギ、台に乗って。トールはもうちょいかがめる? 全員入ったかな……。それじゃ、いくよ」


有希人  『こんにちは! 虹架演劇部、通称“神5”です!』

バルドル 『みなさんに楽しんでもらえるお芝居を目指して、僕たち毎日お稽古がんばっています!』

トール  『定期公演は夏と冬だ。今度のサクラ演劇コンクールも、観に来てくれよ』

ヘイムダル『ロキたち中都には負けないからな! すっげーすっげー芝居、観せてやるぞ!』

ブラギ  『……詳細は公式サイトへ。“神5”で検索!』

トール  「おい、ブラギ。いつの間に“公式サイト”や“検索”なんてフレーズを覚えたんだ?」

ブラギ  「兄さんがいつもテレビを付けっぱなしにするから覚えただけです。……『現場からは、以上です』」


14章SUB1


有希人  「……ふふ。いい感じに撮れてるね。仲のいい雰囲気もちゃんと出てる」

トール  「後半は、ただの雑談だけどな」

有希人  「それもいいと思うよ。……このメンバーで、個人的なムービーなんて、撮ったことがなかったよね。楽しかった……。いい思い出になりそうだ」

バルドル 「はい、僕も、楽しかったです……! …………」

ブラギ  「……」

トール  「思い出、か」

ヘイムダル「……いいじゃん別に! 楽しかったってのは、オレたちだって同じだぞ!」

有希人  「? みんな、どうしたの?」

トール  「いや、なんでもない。……もっと他のも撮ろうぜ!」

ヘイムダル「そうだな! 写真も撮りたいぞ! オレ、アプリでカコウってのもしてみたい! 文字を入れたりできるんだろ? 有希人、“ヘイムダル最強”って書いてくれよ!」

バルドル 「僕も、有希人くんと写真を撮りたいです。ああ、でも、そんなことをすると、有希人くんのファンに怒られてしまうでしょうか……!」

有希人  「ふふ、バルドルと俺は友達だろ? 友達と写真を撮っても、誰も怒らないよ」

バルドル 「友達……はい! そうです! 僕たちは友達です。ずっと……ずっと友達です!」

ブラギ  「……」


ブラギ  (……いくら撮ったところで、我々を写したデータは消え、そして有希人からは記憶も――。我々が持ち帰ることすら、叶わないというのに。それでも、笑顔を残すことを選ぶのですね。貴方は……。貴方がたは)


バルドル 「ブラギ、こっちにおいでよ。全員で写真を撮ろう!」

ブラギ  「……なぜ私まで」

ヘイムダル「そりゃ、この5人で“神5”だからな! っていうか、おい、トール! やっぱりデカすぎるぞ。もっともっとかがんでくれよ! あと、有希人の隣はオレだ、代われっ」

トール  「逆側の隣に行けばいいだろ。……って、そっちはバルドルがいるのか」

バルドル 「ごめんなさい、ヘイムダル。有希人くんの隣、譲れなくて……!」

有希人  「なんで、そんなことで揉めるの? 何回でも撮ればいいじゃない。ね、ブラギ」


ブラギ  「……。好きにしてください。いくらでも撮るといい。それが……今の、貴方の望みならば」

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