お化けの一生
@kandenEFG
第1話 トイレの花子さん
「桜おねぇちゃん!トイレの花子さんってホントにいるの?」
小学四年生の加藤春は帰宅早々、居間にいる同居人の東雲桜に尋ねた。
「何ですか?そのトイレの花子さんとは?」
桜はうっとおしそうに視線は今見ているものを直視したままで返事をした。
「学校のトイレに住むお化けだよ!」
突拍子のない返答が返ってきたが、桜はいつものことだと、まだ視線を維持したまま、回答した。
「知らないです。」
今、視線をそらすと、これまでの努力…半日以上は時間をかけてきたこの作業が全て無駄になってしまう。桜はもう本当にうっとおしそうに、煩わしそうに返答した。
ハルはムッとして、おもむろにリモコンでテレビを消した。
「あっ!!」
桜は顔を真っ青にした。
桜はすぐにハルの持っているリモコンに目を向けて、集中し出した。
すると、テレビが点いた。
桜はリモコンに一切触れていないにも関わらず、テレビが点いたのである。
もちろん、ハルもリモコンを持っているだけで、操作は全くしていなかった。
現実にはあり得ないことが起こっている。
しかし、ハルは全く気にする様子もなく、また、リモコンの電源ボタンを押して、テレビを消した。
すると、また桜がリモコンを見つめて、テレビを付けた。
そんなやり取りを数回続けている内に桜の方が折れて大きなため息をついた。
「はぁ~~」
桜はあきらめた様子で目をつむった。
「あぁ~~この裏ボスを倒すのにどれだけの時間が必要だと思うのですか…」
桜はPBのコントローラを放り投げた。
桜の興味の目的とはPB(プレイボックス)というゲーム機のRPGソフト、「Final Story 12」であった。
その裏ボスを倒している最中であったようだ。
「で、何ですって?」
「だ・か・ら、トイレの花子さんって本当にいるの?」
ハルは聞いていなかったのかと初めよりも声を大きくして聞いた。
桜はため息をつきながら、答えた。
「何度も言っていますが、私はあなたが思っているほど他のお化けについては詳しくありません。
とりあえず、トイレの花子さんというものをもっとよくお聞かせください。」
ハルは桜なら何でも知っていると思っていたので、少し残念そうではあったが、トイレの花子さんについて知っていることを話した。
「私の通っている学校で今流行ってるんだけど、2階の女子トイレの端っこのドアを夜中に3回たたいてから、「花子さん、遊びましょ」って誘ったら、誰もいないはずなのに、「はぁい」って返事が返ってきて、ドアを開けると、あの世にひきづりこまれちゃうっていう話なんだけど、何か知らない?」
桜は少し考えた後に答えた。
「…トイレ以外で花子さんが出たという話はないのですか?」
「う~ん…私は聞いたことがない。」
「そのトイレの部屋で過去に事件、事故があったという話は?」
「そんなの知るわけないじゃん。」
「…どうして、今、そんな話が流行っているんですか?」
桜はこんな話のために半日かけた裏ボス攻略を無下にされたのかと思うと、ため息が止まらなかった。
しかし、ハルは気にする様子もなく続けた。
「実際に見た人がいるの!!」
ハルは目を輝かせながら言った。
「6年生の遥香ちゃんって子で、おんなじ登校班の班長なの。
すっごく真面目な子で嘘なんてつくような人じゃないの!
だから、私もみんなも信じてて、怖いなってなってるの!」
ハルは全く怖がっている様子もなく、嬉々として桜に説明した。
「で、あなたには見えたのですか?」
桜は最も気になっていることをハルに聞いた。
「ううん。実は見えなかったの。昼間に行ったせいかなとも思ったけど。」
「では、遥香さんという子が嘘をついている可能性が高いですね。」
桜はいかにこの話を早く切り上げられるかを試行錯誤しながら、答えた。
「いや、ひょっとしたら、私が見えなくなったのかな~って?」
ハルは冗談めかして答えた。
「いやいや、ハルあなた、今、私のことが見えて、私の声がしっかりと聞こえているでしょう?」
そう、東雲桜はとうの昔に既に死んでいる。つまり、幽霊、お化けの類のものであった。
そして、加藤春には見えないものが見える。つまり、幽霊、お化けの類のものと通じることができるのであった。
先ほどのテレビの挙動は、桜が尋常ならざる存在であるが故に起こした一種のポルターガイストであったのだ。
また、その現象はお化けの見えるハルにとっては日常茶飯事のことなのであった。
「やっぱり、そうだよね…でも、どうしても遥香ちゃんが嘘ついているように見えなくて。」
ハルはどうしても納得できない様子であった。
こうなると、ハルは自分で納得するまで行動し続けてしまう。
挙句、周囲から奇異の目で見られることだってある。
何より、危険な目にあう可能性が高くなってしまうことを桜は常日頃、危惧していた。
「いっそ、深夜に忍び込んでみようかな!?」
「やめておきなさい!」
考えたそばからのハルの発言に桜は食い気味にハルを諭した。
(どうやら、今日はもうゲームはあきらめるしかないですね。)
桜は悟り、真剣に「トイレの花子さん」について、考えることにした。
「総一郎に相談するのが手っ取り早いですが、帰ってくるまでに話を整理しておきましょう」
総一郎とは加藤春の叔父であり、保護者である加藤総一郎のことである。
総一郎は私立梅野橋大学の電子工学科の准教授をしている。
バリバリの理系学者であるにも関わらず、総一郎はオカルト的なハルの体質については全く疑うことがない、よき理解者である。
だから、こういった怪奇的現象について、ハルは桜と総一郎にいつも相談していた。
桜はお化けとしての視点、オカルト側での意見を説明し、総一郎は学者としての視点、理論的な怪奇現象の解釈について、説明した。
ハルは「見える」が故に小学4年生にして、いくつもの怪奇現象に出会ってきたが、その度にいつもこの二人の意見・解釈を聞いて、一定の理解をしていた。
ハルは決して、お化けが怖くないわけではない。
「人間でもお化けでも、理解できれば怖くなくなるよ。」
ハルは総一郎のこの言葉を信じており、実際に理解できると今まで恐怖しか抱かなかったお化けに対しても、恐怖を抱くことは少なくなった。
ハルは自分の体質上、怪奇現象が避けられないことが分かった時、逃げるのではなく、立ち向かうことを決心したのだった。
そのため、ハルはこういった怪奇的現象が発生すると、桜と総一郎に話を聞いてもらい、現象についての理解を深めて、恐怖を克服しようと決めたのだった。
「そうだね。
総一郎はいつも通り、6時くらいに帰ってくると思うから、それまでにちゃんと説明できるようにしないとね。」
ハルは桜がきちんと話を聞いてくれると分かって、少し安心した。
「ところで、桜おねぇちゃんはほんとに「トイレの花子さん」って知らないの?
私の学校だけじゃなくて、テレビでやるくらい有名だよ?」
ハルはやはり納得ができなくて、始めと同様の質問をした。
「いいえ。知っていますよ。」
こともなげに桜は答えた。
「えっ!じゃあ、なんで?」
「裏ボス戦は気が抜けないのですよ。少しでも操作を失敗すると全滅してしまうので、適当に答えました。」
桜は恐ろしいほど正直に回答した。
「お化けでもダメになるゲームってよっぽど面白いんだろうけど、それが今世の中に出ていると思うと、それが一番怖いよ…」
ハルは日本の現状を危惧した。
「いや、私の感覚はどうも一般人とは違うようで、こんなゲームをやっているのはそれこそ死んだ人間くらいだそうですよ。
そもそも、かなり古いゲームのようですし。」
桜は淡々と「Final Story12」について説明した。
「なんで、桜おねぇちゃんがそんなこと知ってるの?」
「ネットのレビューに書かれていました。」
桜は近くのテーブルに置かれているタブレットを指さして、リモコンの時と同様に集中しだした。
すると、何も触れていないのに、タブレットの画面が立ち上がり、ブラウザアプリが起動した。
更に検索ワードに「Final Story12 レビュー」が入力され、検索結果から、Final Story12のレビューが表示された。
ハルは特に驚きもせず、その表示された画面を読んだ。
「う~んと、Final Story12はバトルシステムはし、秀・・・なんて読むのこれ?
とりあえず、戦うのはまぁまぁ面白いけど、ストーリーがダメすぎる。
戦うのも極めるのは途方もない時間が必要で、死んでもやりたくない、みたいな感じ?」
小学4年では読めないような難しい字が並んでいたが、ハルは文意をなんとなく理解した
「その通りです。その途方もない時間を費やした先の裏ボスに挑んでいた最中なのです。」
桜は自慢げに答えた。
「…にしても、桜おねぇちゃん、ゲーム機とかパソコンとかの操作、上手くなったよね。」
ハルは関心するでもなく、あきれた様子で桜に言った。
「総一郎の実験で、タブレット、PC、テレビ、ゲーム機は私のために用意していただきましたからね。
頑張りましたよ。
しかし、総一郎の言う通り、電子機器はお化けにとって、干渉しやすいものみたいですね。」
タブレット、PC、テレビ、ゲーム機は元々、この家にはなかった。
総一郎がそう言った娯楽用の電子機器には興味がないのと、ハルがそういった機器が嫌いだったからである。
ハルが電子機器が嫌いな理由は、そういった電子機器に関する怪奇現象がハルの身の回りで多かったため、できるだけ遠ざけていたのである。
後に、お化けが電子機器に関わりやすいものであると総一郎と桜によって証明されることで、今はそこまで毛嫌いしているわけではなくなった。
「まぁとにかく、桜おねぇちゃんがトイレの花子さんについて知っていることを教えてよ。」
ハルはこれ以上、ゲームの話をされてもかなわないので、話を戻した。
「私が知っているのは、トイレの花子さんは私と同様、その地に未練を残した地縛霊だということです。」
桜はタブレットから目を離して、ハルに視線をやり、答えた。
「その未練ていうのはどういうものなの。」
ハルは一気に真剣な表情になり、桜を見つめた。
「気持ちの悪い話ですが、いいですか?」
桜は無表情で答えた。
「…うん。私は知りたい…」
ハルは少しおびえながらも答えた。
「…単純に言うと、「いじめ」です。
しかし、昔の「いじめ」です。
今はまだ、いじめに関する理解が大人にも子供にも浸透してきているところではあると思いますが、昔は「いじめ」という言葉はなく、単なる「迫害」が小さな子供の間でも起こっていました。」
桜はハルをじっと見つめながら、続けた。
「ここでいう「いじめ」と「迫害」の違いとは何か、と聞かれると、私には明確な答えが出せなさそうですが、私なりの解釈でいうと「いじめ」は人が周囲に流されることで発生するものだと思います。
何か些細な理由があって誰かが誰かを嫌い、拒絶することで、対象者が決まり、それが伝搬し、周囲に広がっていく一種の伝染病のようなものです。
しかし、「いじめ」という伝染病に対抗するワクチンはあると思っています。
周囲に流されず、いじめられている被害者を思いやり理解してくれる人が、一人でも近くにいることで、その伝染病はいずれ消えて行ってくれるはずです。
それはハル、あなたは良く分かっているでしょう。」
ハルは桜の言葉を黙って聞きながら、うなづいた。
「これに対して、「迫害」は他人を根本的に嫌うことです。
生まれ、土地柄、宗教、それらの生まれ持った考え方・生活様式の違いで他人を根本的に排除することだと思います。
今はそう言った偏見を正しいとしない教育が浸透しているため、少なくはなっていますが、昔はそうではなかった。子供だけでなく、大人の間ですら、こういった「迫害」はありました。
その標的となったのが「花子さん」でした。」
桜は目を伏せ、話をつづけた。
「「迫害」の対象者となった「花子さん」という女子学生は今では考えられないような直接的な暴力、言葉による精神的な暴力を日常的に受けました。
口で言うのもためらわれるような行為が行われました。
しかも、加害者は学生のみならず、教師にまで及び、唯一の理解者であるはずの両親も同様に「迫害」の対象者であったため、仕方がないものだと諭すだけでした。
助けを呼ぶこともできない状況で彼女は肉体的にも精神的にも限界が訪れ、いつも逃げ隠れていたトイレの個室で首をつって自殺しました。」
桜は感情の起伏は少ないものの、悲しそうな顔で話しを続けた。
ハルも悲しくなり、泣きそうになったが、桜の顔をじっと見つめて話を聞いた。
「生まれながらにある他人とのどうしようもなく大きな隔たりは、一人の少女には決して越えられないものでした。
それでも真面目で努力家の彼女は自分には何かできなかったのか、本当にどうしようもなかったのか、努力でどうにかできなかったのか、首をつって、意識が遠のく中、憎しみではなく無念の意識を抱きながら、息絶えたそうです。
そうした無念の思いがトイレに住み着き、訪れるものに対して、「どうすればよかったの?」と死してなお、問いかけているそうです。」
「…以上が私の知っている「トイレの花子さん」の話です。」
桜の話を聞いたハルはやるせない気持ちでいっぱいになったが、桜の話に何か違和感を感じた。しかし、その時はその違和感が何なのかは分からなかった。
とりあえず、気持ちを切り替えて、まずは桜の話した「花子さん」と私の学校の「花子さん」は同じなのかについて、考えることにした。
ハルは最初の質問を桜に投げかけた。
「最初にトイレ以外でお化けが出ていないかを聞いたのは、それ以外の場所で出てたら、そもそも地縛霊じゃないから、花子さんではないってことを確かめるため?」
「その通りです。賢いですね。」
ハルは完全に馬鹿にされていることは分かっていたが、無視して続けた。
「次にトイレで事件・事故が起こったのかを確認したのは、その花子さんの事件が私の学校で起こったのかを確認するためなの?」
「そうですよ。まぁ、これは全く意味のない質問になりましたがね。」
桜は食い気味に質問に答えた。ハルは無知な自分をバカにされたような気がして、反論した。
「そんなこと言ったって、普通、そんなこと知ってるわけないでしょ!」
「そうですね。もちろんハルは知らないと思っていました。
しかし、今後、人にものを尋ねる時は自分で調査なり確認なりして、ある程度の理解をしてからにしてください。
でないと、尋ねられる方も困るし、かえって時間がかかってしまうので、気を付けてください。」
桜はまたも食い気味に返答して、ハルを諭した。
「…分かった…気を付けます…」
ハルは少しずるい気がしたが、反論する余地が全くなかったので、素直に従うことにした。
その様子を見た桜は少し微笑み、というよりも嘲笑に近い笑いで気持ちよさそうにしていた。
ハルは苛立ったが、ここで拗ねては意味がないと自分を律した。
ハルは次に桜の話で気になったことを問いかけた。
「あと、気になったのは桜おねぇちゃんの「花子さん」はトイレに来る人に無条件に「どうすればよかったの?」って聞くんだよね?」
「そうですよ。」
「私の学校の「花子さん」は2階の奥の部屋のドアを夜中に3回たたいて、「花子さん、遊びましょ」って誘うの。
そしたら、「はぁい」って返事がきて、トイレに引きずり込まれるんだけど、桜おねぇちゃんの「花子さん」とは全然違うよね?」
「そうでしょうね。
間違いなく、違う存在でしょうね。」
桜は全く気にする様子もなく、ハルの質問に答えた。
「分かってて、じゃあなんで違う「花子さん」の話をしたの!
悲しくなっただけじゃん!」
ハルはがっくりしながら、桜に問い詰めた。
「私は私が知っている「トイレの花子さん」の話をしただけで、誰もハルの学校の「トイレの花子さん」の話をするとは言っていないじゃないですか。」
桜は踏ん反りかえって、ハルの質問に答えた。
(ゲームを途中で辞めさせられた腹いせか?)
ハルは怒りよりも大人げないという呆れた顔で桜を見つめた。
「大体、「トイレの花子さん」とは所謂、都市伝説の一種で地方によって様々な解釈がされています。
ましてやトイレとは水回りであり、お化けの住みやすいところとされており、トイレに関連するお化けなんて、数知れず存在します。
その中でハルの学校のトイレに住み着いているお化けを特定するなど、ほぼ不可能に近いです。
それに、ハルに見えていないのでしたら、そもそもいるかどうかも怪しいものです。」
桜はハルの話を聞いて、思っていたことを全て吐き出した。
「じゃあ、遥香ちゃんが嘘ついてるってこと!?」
ハルは我慢できず、桜に反論した。
「ただいま~」
総一郎が返ってきた。
「お帰り!「トイレの花子さん」は私の学校にいるよね!?」
帰宅早々、ハルは総一郎に詰め寄った。
「また、分からないことがあったのかな?」
総一郎はハルの頭を撫でながら、優しく聞いた。
「うん!今、学校で噂になってる「トイレの花子さん」について、桜おねぇちゃんと話してたの!」
ハルは興奮しながら、総一郎に言った。
「帰ったばかりだから、着替えたいし、何よりお腹がへったから、晩御飯を食べながら話を聞かせてもらおうかな。」
総一郎は興奮しているハルを落ち着かせるように話した。
「うん!分かった!私もお腹へったし、すぐに夕飯の準備するね!」
ハルはそう言って、早速、台所に向かおうとした。
しかし、総一郎はハルを呼び止めた。
「ちょっとまって。桜さんは今どこにいるの?」
総一郎が聞くと、ハルは桜のいる場所を指さして答えた。
「あそこに浮いてるよ。」
ハルの指さす方を見て、総一郎は軽くお辞儀をした。
「いつもありがとうございます。」
総一郎はそう言って、二階の自室に向かった。
ハルが桜の方を見ると、桜はハルに見えないように顔を手で覆っていた。
それを見たハルはニヤリとしながら、言った。
「毎回、そうやって照れるのはどうにかならないのですかね?」
「て、照れてなどいません!!さっさと夕飯の準備をしなさい!!」
桜はそう言って、サッと、どこかに行ってしまった。
(これまでの小言のお返しだよ)
ハルはしてやったりと満足げに台所に向かうのであった。
食卓にナポリタンとインスタントのコーンスープ、レタスとトマトのサラダが並べられていた。
これら全てハルが作ったものだ。
この屋敷の食事は平日はハルが、土日祝日は総一郎が準備する当番制となっている。
ハルが小学4年生で普通の料理ができるのは、両親を早くに交通事故で亡くして、親戚をたらい回しにされたことが原因である。
ハルの両親が亡くなってからは、親戚が引き取ってくれるのであるが、ハルの特異体質を気味悪がって、長い間、置いてくれるところはなかった。
そういった環境を転々とすることで、いかに親戚に気に入られて、出来るだけ長く家においてもらえるのかを幼いながらも考えた結果、ハルは料理を覚えることにした。
当たり前だが、住む家がなくなるのは誰にとっても怖いものだ。
どうしたらすがりつけるかを考えた結果だった。
そのため、生きるためのハルの料理の腕は一般的な主婦にも劣らないものとなった。
しかし、それでも、行く先々で長く続かなかった。
最終的には父親、加藤誠一の弟である加藤総一郎のところに引き取られ、落ち着くこととなった。
総一郎は現在、35歳で、若くして准教授になるほどの優秀な学者であり、顔だち、体形も整っているのだが、結婚しておらず、全くと言っていいほど浮いた話がない。
性格も温厚で真面目な男であるが、唯一の欠点が、驚くほど私生活がだらしないという点だ。
部屋を片付けれない、料理ができない。お金の管理ができない。
総一郎は罪悪感からか自ら土日祝日の料理当番を志願しているにも関わらず、ほとんどが出前で自分で作ったのは年に数回あるかないかである。
実際、ハルが来るまでは総一郎が一人で住んでいた大きな屋敷はごみ屋敷と化していた。
甲斐甲斐しいハルの働きにより、今では大分ましにはなっている。
小学4年生のハルが「一生結婚できないのでは?」と心配するほどのだらしなさである。
そのせいか、総一郎にとって、ハルは今や欠かせない存在であり、ハルにとっても、総一郎は自分の特異体質に関して理解してくれる唯一の存在であることから、両者の利害が一致して、バランスのいい生活を送っている。
「…って話なんだけど、どう思う?」
ハルはナポリタンをすすった後、総一郎に聞いた。
「なるほど、桜さんが話した「花子さん」とハルの学校にいる「花子さん」は違う存在で、「トイレの花子さん」には諸説あって、特定するのは難しく、そもそも本当にハルの学校にいるのかも分からないという話だね。」
総一郎はこれまでの話を聞いて、分かりやすく要約した。
「そう!さすが総一郎!話がはやい!」
ハルは持っているフォークを総一郎に向けて答えた。
「察するに、ハルはみんなが怖がっているから、安心させるために「花子さん」がどういうものなのかを突き止めたいというところかな?」
総一郎はハルのそもそもの目的を確認しようとした。
「うん…そう…そうだったんだけど…」
ハルはうつむいて答えた。
「そうだったということは、今は違うんだね。
説明できるかな?」
総一郎は優しく言った。
「始めは総一郎の言う通り、みんなを助けたいと思って、「トイレの花子さん」について知りたいと思ったんだけど…
桜おねぇちゃんの話を聞いて、お化けになるくらい悲しくて、つらい思いをして、死んでも周りのみんなに自分の思いを伝えたい…
そんな「花子さん」をただ怖がって離れるなんて、かわいそうだなと思って…
だから、だからせめて、「トイレの花子さん」は悪くないんだよって、みんなに分かってほしいなって…」
「だから、何度も言っているようにお化けに感情移入するのはやめなさい。
今生きている人間だけを気にしていたらいいのです。」
テーブルの上をぷかぷか浮いている桜が、ハルの言葉をさえぎるように言った。
「でも、それじゃあ、私もいじめに加担しているみたいで、たとえお化けでも私はいじめたくないよ!」
ハルは浮いている桜を見上げて、答えた。
「桜さんはなんて?」
総一郎はハルの様子を見て、桜が何か言ったと感じて、ハルに尋ねた。
「お化けに感情移入してはダメだって。生きてる人間のことだけを考えなさいって。」
ハルは半分拗ねたように答えた。
「そうだね。私はハルの優しい考え方が大好きだよ。」
総一郎は持っていたフォークをテーブルにおいて、ハルを優しく見つめながら言った。
「でもね。お化けになるくらいの強い思いっていうのは、基本的には負の感情なんだ。」
「負の感情?」
ハルは良く分からない単語が出てきたので、聞いた。
「ごめん。少し難しかったね。
負の感情っていうのは、憎しみとか妬ましいとかうらやましいとか、そういった人間の良くない思いのことだよ。
嬉しいとか楽しいとかそういうのとは逆の思いのことだね。
楽しすぎてお化けになっちゃったなんて話は聞いたことがないだろう?」
「確かに。」
総一郎の話を聞いて、ハルは納得した。
「多分だけど、嬉しいとかのポジティブな感情よりも、辛いとか苦しいとかのネガティブな感情の方が性質的に強い思いになるんだと思う。
例えば、楽しく遊んでたけど、時間が来て帰らなくちゃいけなくなった時って、もうその時点で楽しいよりも、悲しいとか寂しい思いが勝っちゃうだろう?」
「うん。」
ハルは総一郎の話に聞き入っていた。
「お化けっていうのは人の良くない強烈な思いの塊みたいなもので、現実世界に干渉できるくらいの力があるんだ。
そして、強い思いは周囲に伝わって悪影響を与えてしまうものだ。
だから、ハルがお化けに関わることで、その良くない思いにあてられて危険な目にあうのが心配だから、桜さんはそう言ったんだと思うよ。」
総一郎はテーブルに置いたフォークを再び持って、サラダを一口分、口に入れた。
ハルはほとんど納得したが、一つだけ、納得できないことがあった。
いつも意地悪ばかりしてくる桜おねぇちゃんが私を心配するだろうかと。
ハルは桜の様子を見上げた。
桜は顔を両手で覆いながら、空中でジタバタしていた。
(こういうところがあるから、桜おねぇちゃんは嫌いになれないんだよな)
ハルはフフッと笑った。
一口分のサラダを食べ終えた総一郎は、再び話し始めた。
「ハルのお化けのことも気に掛ける考え方は素敵だし、大事にしてほしい。
でも、父親代わりの立場としては、あまり深くお化けには関わってほしくないと言わせてもらうよ。
これまで話してきたお化けの話はあくまで可能性の話であって、もっと危険な存在である可能性も否定できないのだから。
本当に危ない目、怖い目にあいそうな時は引くことを忘れないでほしい。
これからたくさんの経験をしていくと思うけど、その経験を通して、引き際を見極められるようにしてほしい。」
ハルは少し難しく感じたが、なんとなくは理解した。そして、ハルはナポリタンを頬張りながら言った。
「でもさ…桜おねぇちゃんとはかなり深く関わってると思うんだけど、いいの?」
ハルは素朴な疑問を総一郎に投げかけた。
「この家にずっと住んでいるけど、たまに食器とかが動いたりするくらいで、僕に影響が出たことはないし、何より、桜さんはハルのことを気にかけてくれる優しい素敵な人だと思ってるから心配してないよ。」
その瞬間、ハルは嫌な予感がして、ナポリタンとコーンスープの器をぐっと掴んだ。
すると、誰も触れていないにも関わらず、卓上にある食器がガタガタと震えだし、瞬く間に宙に浮いて、ひっくり返った。
ハルは事前に器を抑えていたため、サラダがダメになったくらいだったが、総一郎はコーンスープを頭からかぶり、ナポリタンは服にかかって、サラダは床に零れ落ちていた。
「もう!!桜おねぇちゃん!またやった!!」
ハルはペットをしかりつけるかのように桜に怒ったが、桜はいつの間にかいなくなっていた。
「ははは。今日は一段とすごかったね。」
総一郎は笑いながら、食器類を片していた。
桜の感情が高ぶると桜の意思とは関係なしにポルタ―ガイストが発生してしまうのだ。
「滅茶苦茶、悪影響受けてると思うんだけど…」
ハルも食器を片しながら、シンプルなツッコミをした。
「さて、話を戻そうか。」
シャワーを浴び、再び服を着替えて、食卓に戻ってきた総一郎が切り出した。
ハルは残っていたナポリタンを総一郎の席に置いて、元の自分の席で自分のごはんを食べていた。
サラダとコーンスープは残っていなかったため、総一郎の食事はナポリタンだけになった。
「これまで小言みたいなことを言ってしまったけど、一旦、それは置いておいて、ハルの学校の「花子さん」について考えてみようか。」
総一郎はハルの元々の目的である学校に住み着く「トイレの花子さん」の存在について、ハルに確認することにした。
「ハルの学校でこの「トイレの花子さん」の噂が流行ったきっかけっていうのはあるのかい?」
「うん。
同じ登校班の6年生の遥香ちゃんって知ってるでしょ?
その遥香ちゃんが「花子さん」を見たっていうのがきっかけなの。」
「あぁ、あの賢そうな子か。ご近所だし知ってるよ。
確かに真面目そうでとても嘘をつくような子ではなさそうだね。
そんな子が言うのであれば、みんなが信じるのも納得できるよ。」
ハルはちょっと説明しただけなのに、総一郎は本当にすぐ分かってくれるなと感心した。
「そうなんだよ!
だから、絶対いると思うから、その「花子さん」がどういう人なのか知りたいの!」
ハルはまくしたてるように話した。
「でも、桜さんの言う通り、「トイレの花子さん」にはいろんな話があって、特定するのは難しいだろうね。
だからと言って、適当な話をしても、みんな信じてくれないだろうし。」
総一郎は腕を組み、少し考えた後、言った。
「これまでハルの学校には「トイレの花子さん」がいる前提で話してきたけど、あえて、いない場合を考えてみようか。」
総一郎の提案にハルは納得できない様子で答えた。
「つまり、遥香ちゃんが嘘をついている場合を考えるってこと?」
「いや、それはまた別だよ。
ハルの学校に「トイレの花子さん」はいないけど、遥香ちゃんが何かを「花子さん」と勘違いしたっていうこともあるだろう?」
「なるほど。」
ハルは自分では思いもつかないことを言われて、またもや関心してしまった。
「じゃあ、遥香ちゃんは何を「花子さん」と勘違いしたかを考えてみよう。」
総一郎は新たな視点をハルに提供し、考えさせるようにした。
「遥香ちゃんはいつ、「トイレの花子さん」を見たのかは知ってる?」
「う~んと、たしか、次の日に提出する宿題を持って帰るのを忘れて、夜遅くに学校に取りに行った時だって言ってた。
丁度その時、トイレに行きたくなって、2階のトイレに行ったんだって。
あんまりお化けを信じる方じゃなかったから、こんな機会ないなと思って、なんとなくドアを三回たたいて、「花子さん、遊びましょ」って言ったんだって。
そしたら、勝手にドアが開いて、中からおかっぱの女の子が出てきて、慌てて逃げて帰ったんだって。」
ハルは遥香ちゃんから直接聞いた話を総一郎にした。
「ふむ。そんな夜中にご両親や学校の先生は許してくれたの?それとも忍び込んだの?」
総一郎は保護者目線でハルに問いかけた。
「うん。
ちゃんと学校には電話で連絡してから、お父さんと一緒に行ったみたいだよ。
それ聞いて、私も「電話したら、夜中に学校行ってもいいんですか?」って、先生に聞いてみたら、遥香ちゃんは6年生でしっかりしてるし、きちんとした理由があったから大丈夫だったけど、あなたはまだ4年生だし、心配だから、ダメだって言われた。
私って信頼されてないよね~」
ハルは少しふてくされた様子で答えた。
「なんで、ハルは夜中に学校に行こうとしたのかな?」
総一郎は顔は笑っているが、内心怒りながらハルを問い詰めた。
「いや、なんとなくだよ!なんとなく!
本当に行こうとは思ってないよ!!」
「本当に?」
総一郎は怒ると怖いとハルは知っていたので、まっすぐに総一郎を見て、正直に答えた。
「ごめんなさい。
本当は少し行ってみたいと思っていました。」
総一郎は笑顔を崩して、あきれた様子でハルに言った。
「全く!正直に答えたから許すけど、決して、面白半分でそういう危ないことをしようとするのは許さないよ!
ただでさえ、夜中はハルにとって危険だというのに!」
そう夜中は暗闇の中、人の負の感情がたまりやすいためか、お化けがでやすく、ハルも何度も怖い目にあっているのであった。
「はい。反省します。
面白半分で夜中に出歩くのは私も怖いので、そんなことはしません。」
ハルは素直に反省した。総一郎はため息をついて、自分を落ち着かせて話を戻した。
「とにかく、先生にも確認したということは遥香ちゃんが夜中に学校に行ったというのは事実のようだね。
じゃあ、一体何を「花子さん」と勘違いしたんだろう…」
総一郎とハルは二人とも食べるのを忘れて、う~んと頭をかしげながら考えていた。
「学校に行ったのは本当でも、トイレに行ったかどうかは疑わしくはないですか?」
いつの間にか戻ってきた桜がハルに言った。
「どういうこと?」
もはやどこに行っていたのかは無視して、ハルが桜に尋ねた。
「いや、普通はお化けを信じていないとは言っていても、夜中の真っ暗な学校のトイレは不気味なものです。
家だって近いでしょうし、少し我慢すれば、明るい家でゆっくり用を足せるじゃないですか。
まぁ、生理現象ですから、仕方がない場合もあるでしょうが、小学6年生がそこまで我慢できないものですかね。」
桜の話を聞いて、言われてみれば、そうだとハルは思った。
(私なら絶対、我慢してでも家でするな。
じゃあ、トイレに行ったことが嘘になるということ?)
ハルは余計にわけが分からなくなってしまった。
「桜さん、戻ってきているのかい?」
総一郎はハルの様子を見て、桜がいると感じ取った。
「うん。
遥香ちゃんが学校に行ったのは確かだけど、トイレに行ったのは嘘じゃないかって。
普通は夜の学校でするより、少し我慢して家でするだろうって。」
ハルの話を聞いて、総一郎はハッと何かを思いついた。
「ところで、2階は何年生の階で6年生は何階に教室があるの?」
総一郎は最後の確認をした。
「ん?2階は4年生の階だよ。6年生は4階。
…あれ、遥香ちゃんはなんで2階のトイレに行ったんだろう?」
ハルがまた考え込んだところで、総一郎はその疑問に答えた。
「おそらく、遥香ちゃんはみんなに2階のトイレを使ってほしくない、もしくは逆に注目してほしかったんだよ。」
「・・・?さっぱりわからん。総一郎さんやい。
分かりやすく説明しておくんなまし?」
「考えすぎて、訳の分からない口調になってるよ。
ハルさんやい。」
総一郎はハルの乗りに軽く乗ってあげた。
「…怒らないで聞いてほしいんだけど、遥香ちゃんが「トイレの花子さん」を見たというのは嘘だと思う。」
総一郎はハルを見つめて言った。
「大丈夫、私もそんな気がしてきてたから。続けて。」
ハルは総一郎の説明を最後まで聞こうと決めた。
「桜さんの言う通り、遥香ちゃんは夜中に学校には行ったけど、トイレには行ってないんだ。
じゃあ、どうして遥香ちゃんはトイレに行っていないのに、「トイレの花子さん」を見たなんて嘘をついたのか。
それは遥香ちゃんが何らかの事情で、2階のトイレを全校生徒に意識してほしかったんだ。」
「なんだって、2階のトイレなんかを?」
ハルは素直な意見を述べた。
「普段、気にも留めていない場所、特別意識せず使用している場所、そんなところが「トイレの花子さん」の舞台になったら、どんなことが起こるだろうか。」
総一郎はハルに問いかけた。
「そうだな~実際に噂が流行ってから、女子はみんな怖がって、違う階のトイレを使ったりしたけど、男子は面白がって、放課後とかに学年問わず2階のトイレに来ることが多くなったかな?
さすがに男子が中に入ることは無かったけどね。
正直、うっとおしかったもん。」
「やっぱり。遥香ちゃんは2階のトイレがそうなって欲しかったんだ。」
総一郎は全てを納得した顔をしていた。ハルはまだまだ分からないことだらけであった。
「つまりどういうことさ?」
ハルは総一郎をせかすように言った。
「つまりね。
女子には近づいてほしくなくて、放課後、男子には近づいてほしい理由とは何なのか。
そして、きっかけとなった「トイレの花子さん」の話。
この二つを結びつけるのは、2階のトイレで放課後、「いじめ」が行われていたんだ。」
「えっ!!」
ハルは驚いて、口をポカーンと開けたままになってしまった。
「全く持って、推測でしかないけど、遥香ちゃんは放課後、二階のトイレで偶然、いじめの現場に出くわしてしまったんだ。
けど、止める勇気が出なくて、どうしたらいいのかも分からなくて、悩んでいたんだろう。
そんな中、宿題を夜中に学校に取りに来た時、賢い遥香ちゃんは思いついたんだ。
2階のトイレでいじめが起きているなら、その場所を使いづらいものにすればよいのだと。
そこで女子にとっては怖くて近づけなくなるであろう「トイレの花子さん」の噂を流すことにしたんだ。」
総一郎は淡々と説明していった。
「でも、例えトイレが使いづらくなっても、禁止されてるわけでもないから、そのまま続きそうだし、何より場所が変わるだけかもしれないし、あんまり効果なさそうだけど…
むしろ、2階の奥の部屋にいじめられてる子を閉じ込めたりして、いじめがひどくなりそう…」
ハルは疑問を総一郎にぶつけた。
「場所を変えるのは、確かにあると思うけど、いじめの頻度は少なくなると思うよ。
女子にとってのプライベートな空間は学校には案外少ないものだよ。
人のいないところが限られているし、そういったところは案外先生が気にしていたり、どこかで必ずばれるものだ。
学校外でならあるかもしれないけど、トイレで行っているあたり、万引きさせるとかそこまでには至っていないようだし。
まぁ、これに関しては正直かなりあいまいな推測だけどね。」
「ふむ。まぁ所詮、小学6年生の考えたことだし、穴はあるだろうね。」
ハルは驚くほど、生意気に言った。
「でもね。
遥香ちゃんが達成したかったのはいじめが発覚することだ。
第三者にいじめが発覚すれば、そのいじめがなくなる可能性が高いからね。
だから、「トイレの花子さん」の噂を流した本当の目的は女子に近づけさせないためではなく、放課後、男子に来てもらうためだったんだ。
遥香ちゃんの賢いところは男子の好奇心を利用したことだよ。」
総一郎の話を聞いて、ハルもハッと気づいた。
「そうか!
放課後男子が良く来るようになったら、誰かがいじめの現場を見て、先生なりに報告してくれるかもしれないからか!」
「その通り。
それに放課後にトイレ前に男子がいると、余計にいじめの場所としては使いずらくなるからね。」
総一郎の話を聞いて、ハルは思わずはぁ~となった。
「…というのが僕が考えたことの顛末だよ。
結局、遥香ちゃんが嘘をついたという話にはなってしまったけどね。」
総一郎はすっきりした顔で、すっかり冷めてしまったナポリタンを口にした。
「ううん。
嘘は嘘でも誰かを助けたいっていう優しい思いから生まれた嘘だし、遥香ちゃんもつきたくてついた嘘じゃないから、私は納得できたよ。」
ハルも全てを納得して、残ったコーンスープを飲みほした。
「一つだけ言っておくけど、これはあくまで推測で事実とは違うかもしれないからね。
むしろ、話だけ聞いて立てた推測だから、当たってない可能性の方が高いと思うから、それは肝に銘じておいてね。」
総一郎はハルに念を押した。
「分かってるって!
明日、遥香ちゃんに直接聞いてみるよ。話聞いてくれてありがとうね。」
ハルは満足して、食べ終えた食器の片付けにかかった。
桜もやっと終わったかと、ため息をついて、また、ゲームにとりかかろうとした。
「桜おねぇちゃんもゲーム邪魔してごめんね。アドバイスありがとう。」
ハルは桜にもお詫びとお礼を言った。
「いつものことですからね。
明日は遥香さんとやらに話を聞く時は気を付けなさいよ。
きちんと分かってもらえるよう努力しなさい。」
桜は視線をゲームに向けたまま、ハルに最後まで小言を言った。
「分かってるよ!」
ハルは少しうんざりしながら、答えた。
総一郎は勝手にゲームが起動したのを見て、ハルに聞くまでもなく、桜のいる場所が分かったので、そちらを見て言った。
「桜さん、いつもありがとう。おかげでハルは良い子に育ちそうです。」
総一郎の言葉を聞いて、桜は火が吹かんばかりに顔を真っ赤にした。
直後、またもや食器がガタガタ震えだした。
「桜おねぇちゃん!もういいって!!」
ハルは叫んだ。
翌日、ハルは登校時に同じ登校班の班長である遥香にこっそり聞いた。
「ねぇ、遥香ちゃん。放課後、2階のトイレで誰かいじめられてるの?」
「えっ!」
遥香はハルの突然の直球ど真ん中の質問に驚いた。
「どうして知ってるの?もしかして、見たの?」
遥香は小声ではあるが、はっきりとした声でハルに確認した。
「いや、実際に見てはいないんだけど、気づいたというか、なんというか…
ということはいじめが起こっているのは本当なんだね?」
ハルは桜に言われていたにも関わらず、どうやって事情を知ったのかを説明する準備を全くしていなかった。
「うん…多分…でも、本当にどうして?」
遥香はとても不思議そうにハルを見つめた。
「う~んと…説明すると長くなるんだけど…じゃあ、昼休みに話してもいい?」
ハルは問題を先延ばしにすることで、説明する準備をしようと思った。
「分かった。じゃあ、図書室で話しましょうか。」
遥香は落ち着いて、上級生らしく、微笑みながら提案した。
「うん。分かった。」
ハルはニコっと笑って答えた。
昼休み、ハルは給食をさっさと食べ終えて、図書室に小走りで向かうと、既に遥香は隅の方の席に座っていた。
「お待たせ。絶対、私の方が速いと思ったのに。」
「フフッ、私もごはん食べるの早い方なの。
それにどうしても早く知りたかったから。」
遥香は笑いながら、言った。
「…ハルちゃん、どうして、2階のトイレでいじめが起きているって思ったの?」
遥香は早速、本題に入った。
「え~とね。
昨日、おじ…じゃなくて、お父さんと…おねぇちゃん?に「トイレの花子さん」の話をしたの。
で、みんなで話し合った結果、遥香ちゃんは2階のトイレのいじめに気付いてほしくて、嘘をついてるんじゃないかってなったの。」
ハルはものすごく端折って、遥香に説明した。
「あなたたちすごいね。良く気付いたね。
ご家族は探偵か何かやってるの?」
遥香は素直に感心して、ハルに尋ねた。
「いやいや、お父さんは物理学者で、おねぇちゃんは…ニート?だよ。」
ハルは思わず、桜をお化けというわけにはいかず、ニート呼ばわりしてしまったことに若干の申し訳なさを感じた。
「お父さん、学者さんなんだ。やっぱり、学者さんて賢いんだね。」
遥香は気を遣ってか、桜については言及しなかった。
桜のアドバイス無しでは分からなかったことなので、ハルは余計に心苦しく感じた。
「で、今はもういじめはなくなったの?」
ハルは最も気になっていることを聞いた。
「…ううん。実は分からないの。
6年生が4年生のトイレに行くのは目立つから、あまりいけないし、あの時も本当にたまたま、どうしても4階まで我慢できなくて2階のトイレに入ろうとして、見つけたから…」
遥香はうつむきながら、答えた。
「そっか。それで、怖くて止められなかったんだね…」
ハルもうつむきながら言った。
「えっ!
いや、その時は現場に割って入って、ちゃんと止めたよ。
おしっこも我慢できなかったし。」
遥香はうつむいた顔を上げて、桜を見つめた。
「えっ!そうなの!!」
桜もうつむいた顔を上げて、遥香を見つめた。
「う、うん。6年生だし、さすがに4年を怖がるようなことはないよ。」
遥香はぽかんしながら、言った。
「そ、そっか。ごめん。勘違いしてたよ。
じゃあなんで、わざわざ「トイレの花子さん」の噂を流したの?」
ハルは少し恥ずかしく感じながらも、聞いた。
「うん…
止めたんだけど、止めた時のいじめた側の態度があんまりちゃんとしてなかったし、これからも続いてしまうんじゃないかって…
かといって、私が頻繁に4年生のトイレに行くわけにもいかないし…
先生に言うのもいじめられている子に対して、本当にいいことなのかも分からないし…
そのいじめられてる子にも何度か声をかけたんだけど、6年生だからか余計に萎縮しちゃって…
だから、いっそ、あのトイレを使いにくくしようと思って、立てた作戦なの。」
遥香はこれまでの経緯を話した。
「そうだったんだ。
じゃあ、ひょっとしたら、今でもいじめは続いているかもしれないってことか…
よし!!
遥香ちゃん!私に任せて!私が何とかするよ!」
ハルは力強く言った。
「で、でもどうやって?」
遥香はハルの自信たっぷりの様子にやや気圧されながら、聞いた。
「私は4年生だから、2階のトイレに行くのに目立たないし、何より同学年の私が止めれば、多分だけど、いじめの対象は私になると思うから!」
ハルは自信たっぷりに言った。
「いやいや、ハルちゃんがいじめの対象になっちゃダメだし、そもそもどうしてそうなると思うの?」
遥香はハルの良く分からない提案に驚きながら、聞いた。
「私は2年前くらいに引っ越してきて、今のところ、友達が少ない。
要はバックボーンがないの。
いじめられる対象っていうのはそういう子が多いよね?
それに今いじめられている子がどんな子かは分からないけど、間違いなく私はその子より性格が悪いから、話せば、標的が私になる自信がある!」
ハルは悲しいような、情けないようなことを胸を張って言いのけた。
遥香はポカーンとしていた。
「それに私、空手やってて強いし、何よりいじめられ慣れてて、精神的にも強いから大丈夫!」
ハルは遥香の顔の前に親指を立てて見せて、虚勢ではなく、本心でこの言葉を言った。
ポカーンとしていた遥香は突然、ぶっと吹き出した。
図書室なので静かにしようと口を手で押さえながら、言った。
「ふふふ…ハルちゃんて、面白くて優しいね。
知らなかったわ」
ハルもニコッと笑い言った。
「そうでしょ~」
遥香は笑いが落ち着いてから、ハルを見つめて言った。
「わかった。
ハルちゃんに任せるね。
その代わり、私がハルちゃんの友達になるよ。
どんなことがあっても、必ずハルちゃんの味方でいる。
絶対に。約束するよ。」
ハルは遥香の言葉を聞いて、嬉しくてたまらなくなり、今までしたことがないとろけたような表情になった。
「今、多分、いじめられても、嬉しい気持ちの方が勝っちゃうわ~」
その日の放課後、ハルはこっそりと2階のトイレを少し離れた場所から見張っていた。
「トイレの花子さん」の噂で寄ってきていた男子はすっかりいなくなっていた。
流行りとはすぐに廃れていくんだなとハルはしんみりした。
すると、4年生の女子4人組が一緒にトイレに入っていった。
(きた!)
ハルは女子4人組が入っていったのを確認して、トイレの前まで近づいて行った。
(違うクラスだから、全く名前も知らないな子達だったな)
1年前に転校してきたばかりのため、面識のある女子は同じクラスに限られているのであった。
ハルは黙って、しばらく中の声を聞くことにした。
すると、中から声が聞こえてきた。
「ねぇ、「花子さんごっこ」しようよ。ダメ子が「花子さん」ね。」
「いいねぇ~じゃ「花子さん」は奥の部屋に入って、しばらくじっとしててよ。」
「…嫌だよ。怖いよ。」
「えぇ~乗り悪いなぁ~
じゃあ、部屋の中から、ドア3回たたいて「花子さん、遊びましょ」ってやってみてよ」
「それ面白いかも~
中からだったら、どうやって現れるんだろうね~
気になる~」
「…やっぱり、怖いよ。」
「いいから、やれって~」
黙って聞いていたハルは気持ちの悪いやり取りに我慢が出来ず、トイレの中に入っていった。
「おい!!あんたら、しょうもないことはやめなさい!!」
ハルは前もって決めていたセリフを集団に向かって指さしながら言い放った。
「誰?あんた。」
いじめている側の一人が言った。
「私は4年2組の加藤春!そんな面白くなさそうなことはやめなさい!」
ハルは名前を名乗りながら、同じようなことを言った。
「あ~なんか、2年前くらいに転校してきたやつじゃん。」
「いたね。そんな奴。
とにかくうっとおしいんだけど。どっかいってくんない。」
いじめている側の残り二人が言った。
「バカじゃないの?
そんなこと言われて「ハイ、どっか行きます」なんて言うと思ってんの?」
ハルは馬鹿にするように言った。
「何こいつ?喧嘩売ってんの?」
「やっぱりバカじゃん。
見たらわかるでしょ。喧嘩売ってんのよ。
気持ち悪いいじめなんかやめろって!!」
ハルはこれでもかと、いじめ連中を挑発した。
「はっ!いじめ?なんのこと?
意味わかんないんだけど?
喧嘩売ってんのは分かってるけど、こっちは買う気ないから、いいからさっさと行けよ!」
いじめ連中もイライラしてきたのか、語気が強くなっていた。
しかし、ハルは連中を全く気にせず、近づいていき、奥の部屋迄近づいていった。
「何こっち近づいてんだよ!!」
連中の一人がハルを突き飛ばそうとした。
が、ハルは華麗にすっと避けて、奥の部屋の前にたどり着いた。
(決まった!!空手やっててよかった。)
内心ハルはこう思っていた。
そして、部屋の中の端っこにおびえながら立っている女の子がいた。
身長が低く、少しぽっちゃりとした女の子だった。
「あなた、名前は?」
ハルはこれまでの声とは正反対に優しく聞いた。
「…た、武田良子(タケダヨシコ)」
女の子はうつむきながら答えてくれた。
「違うでしょ~ダメダダメ子でしょ~」
後ろで連中がバカにしながら、笑っていた。
ハルは無視して、ヨシコに言った。
「私はヨシコのことを全然知らないから、こうなってしまったのもヨシコのせいなのかもしれないと思ってる。」
ヨシコはハルの正直な言葉を聞いて、更にうつむき泣きそうになった。
「ちょっと、ヨシコがかわいそうじゃん。
どっか行けって!」
ハルは連中を全く気にすることなく、続けた。
「でも、私は後ろの連中の方が絶対に悪いと思ってるから、ヨシコの味方になるね。
とりあえず、これから場所変えて、ヨシコのこと教えてよ。」
ハルの言葉を聞いたヨシコは、顔を上げて、ハルの目をじっと見た。
「ちょっと、ダメ子~こんな奴のこと信じるの~
やめときなって~」
「お前、もし、こいつについてったら、覚えときなよ」
ヨシコは連中の言葉を聞いて、再びうつむいてしまった。
しかし、ハルは後ろの連中の声に全く反応せず、ただただヨシコを見つめていた。
ヨシコはしばらく黙っていたが、勇気を振り絞って顔を上げた。
「ハルちゃんのことも教えて!!」
ハルは満面の笑みを浮かべた。
「うん!!」
そして、ハルは後ろを振り向いて、言った。
「…というわけで、ヨシコちゃんと私、遊ぶことになったから、言われた通りどっか行くね~」
ハルはヨシコの手を握って、外に出ようとした。
「いや、マジありえんから、ちょっと待てよ!」
連中の一人が再び、ハルをトイレ奥の壁に突き飛ばそうとした。
今度はハルは避けることができず、背中を壁にたたきつけられてしまった。
「ハルちゃん!!」
ヨシコがハルに駆け寄ろうとした瞬間、突然、トイレの水が流れ出した。
ハルとヨシコ、いじめ連中3人は黙り込んだ。
「な、なんで、勝手に水が流れたの?ありえなくない?」
「ま、まさか、花子さん?」
いじめ連中の中の二人がおびえだした。
ハルは窓の外をちらっと見て、微笑んだ。
「実はさ。
私、お化けが見えるんだ。
そんで、お化けを操ることもできるんだよ。」
ハルは薄気味悪い笑顔で連中に言った。
「な、何いってんの!?そんなわけないでしょ!!」
連中の一人が慌てた様子で否定した。
「証拠見せてあげるよ。
今から、「花子さん」を操って、もう一度、水を流してあげる。」
「いやいや、頭おかしいんじゃないの?」
「はい!!」
そういってハルがトイレを指さした瞬間、本当にトイレの水が再度、流れ出した。
「きゃ~~!!!」
いじめ連中三人は瞬く間にトイレから逃げ出していった。
ヨシコも怖がってうつむきながら、ハルの手をぎゅっと握っていた。
「大丈夫だよ。あれは一種の手品みたいなもんだから。」
ハルはヨシコの頭を撫でながら、言った。
「手品?」
ヨシコはハルを見つめて聞いた。
「そっ!やり方は教えてあげられないけど、怖がる程のもんじゃないから、気にしないで。
それにおかげで、多分連中が私たちにこれ以上、嫌がらせをすることはないんじゃないかな?」
ハルはヨシコをたしなめるように言った。
「そうなの?」
「うん。まぁ仮になんかされた時は私に言って。
お化けに憑り憑かれたくなかったらやめなって脅したら、大丈夫でしょ。」
ハルはさらりと卑怯なことを言った。
「ハルちゃん。
本当にありがとう。カッコよかった!!
これからよろしくね!!」
ヨシコはすっかり笑顔になって、ハルに言った。
「こちらこそ!」
ハルは一件落着して、ほっとした。
帰宅後、例のごとく、ゲームをしている桜に向かって、ハルはお礼を言った。
「桜おねぇちゃん、今日はホントありがとう!
おかげで、友達ができたよ!!」
桜はやはり視線をゲームからそらさず答えた。
「まぁ、確認したいことがあったついでです。
気にしないでください。」
「またまたぁ~そんなこと言って、心配してきてくれたんでしょ~
ていうか、地縛霊のくせして、学校にまで来れるんだね。」
ハルは分かってると言わんばかりに桜に言った。
「地縛霊といっても、私の場合はこの町の地縛霊ですからね。
家がここってだけで、ある程度遠くには行けますよ。」
桜はハルのからかいに動じることなく言った。
「ふ~ん。そうなんだ。」
ハルは少しつまらない感じで言った。
ハルは最後に一つだけ、桜の「トイレの花子さん」の話で違和感を感じていたことが何なのか、気になっていた。
が、最後まで分からなかった。
どうせならダメ元で聞いてみるかとハルは桜に尋ねてみた。
「桜おねぇちゃん。
おねぇちゃんが話してくれた「トイレの花子さん」なんだけど、聞いた時からずっと違和感を感じてるんだけど、なんだか分かる?
まぁ、分かるわけないか~曖昧すぎるよね。」
「…違和感の正体、恐らく、分かりますよ。」
桜は少し不気味に答えた。
「えっ!そうなの。教えてよ。」
ハルは何の気なしに聞いてしまった。
「あなたが違和感を感じているのは、首をつってからの薄れゆく意識の中で花子さんが感じていた無念がどうしてそんな具体的に分かるのかということでは?」
「あっ!そうだ!普通、こういう怖い話って死ぬ直前の意識まで具体的に説明するものってないから、違和感を感じてたんだ。」
桜の話を聞いて、ハルは合点がいった。
「じゃあ、どうして桜おねぇちゃんには分かるの?」
桜はいつも通り、無感情の表情で答えた。
「直接、本人に聞いたからです。」
「えっ?」
「私が聞いた「トイレの花子さん」の話は直接本人に聞いたものですから。」
「ど、どういうこと?」
ハルは若干怖くなりながらも、桜に聞いた。
「私はこの町の学校なら制約もなく行けるんです。
あなたが来るまではゲームもなかったので、散歩くらいが私の娯楽でした。
そんな散歩の最中にたまたま立ち寄った学校のトイレでおかっぱの少女、「花子さん」と出会い、お化け同士、気が合って話してくれたんですよ。」
桜は淡々と説明した。
「ま、まさか…」
ハルは嫌な予感がした。
「その通りです。
今日あなたの学校に行ったのは、あなたに会いに行ったのではなく、「花子さん」に会いに行っていただけです。
その時たまたま、あなたたちを見かけたというわけです。」
「じ、じゃあ、私の学校には本当に「花子さん」がいるってこと?」
ハルは恐る恐る桜に聞いた。
「どうやら、あなたの学校であっていたみたいですね。
良かったですね。」
「良くないよ!!怖いよ!
でも、なんで私に見えなかったの?」
ハルは怖くなり、最後の質問をした。
桜はゲームを続けながら答えた。
「「花子さん」は3階、図書室近くのトイレにいるんですよ。」
続く
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