第38話 ポルノじゃありません

 一気に説明し終わった僕が一息つくと、その間を盗む一言がすぐに聞こえた。


「ポイント・オブ・ノーリターンがそのトラブルだね」


 口を挟んだかすみセンパイに、僕は首をかしげた。

 聞いたことのない言葉だったからだ。

 センパイは僕に背中を向けると、黒板にこう書いた。


  P・O・N・R


「ポルノ……」

 

  つぶやいた僕の後頭部を、かすみセンパイがしばき倒した。


「何てこというんだ、この破廉恥漢!」


 怒りのせいか、恥ずかしさのせいか、顔が赤い


「すみませ……」

 

 センパイは、僕の詫びもすまないうちに説明に入る。


「回帰不能点。ここまで来たら後戻りできないところ……」


 そこで、自らの豊かな胸をぎゅっと抱えた。息が荒い。

 何を思ったのか、ツインテールの髪留めを外す。

 長い黒髪が、はらりとこぼれて揺れた。

 思わず見とれていた僕は、我に返って呼びかけた。


「あの……」


 かすみセンパイは、聞いちゃいなかった。


「観への恋心と悠里への嫉妬、口にできない思い! 逆巻く感情を抑えきれずに教室を飛び出すあきら……」


 黒縁メガネのレンズに、光が反射していた。その奥の目はどうなっているか分からない。

 でも、多分その目はイってる。いや、間違いない。

 意外な側面だった。


「……コホン」


 僕が咳払いすると、かすみセンパイはようやく僕のほうを向いてくれた。


「……以上のことが原因で大騒ぎになる。事なかれ主義の担任が動かざるを得なくなる」


 センパイは何事もなかったかのように居住まいを正して話を続ける。

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