第3話 ショップ柴田
「七尾先輩、聞いてますか? これって怪奇現象だと思うんですよ。やっぱ引っ越した家がそういう物件だったんですかね?」
食堂でAランチを食べている七尾先輩に引っ越し先で起きている出来事を詳細に話してみたが、先輩は余り気にもならないらしく海老フライを箸で掴みタルタルソースに付けている。
「家賃安いのは確かにそういうことが理由かもしれへんね。でも、座敷童って線もあるんちゃう? 座敷童がおる家は成功して栄えるって話やんか? もう少し様子みたら? 」
「そうですかね……。今まで僕は霊とか感じたこともないし、勿論見たこともないんですけど、なんか家に帰るのが怖いんですよ」
弱音を吐いてみたが、先輩は「慣れる慣れる! そんなに気になるんやったら、今のプロジェクトが成功したら神谷くんちで打ち上げしてあげる。私も座敷童に会いたいし」と笑顔を僕に向けて席を立ってしまった。
この日の会議は、新人ミュージシャンの新譜の案件だった。パッケージデザインとメディア広告を連動させていく方法で、三十日後のコンペに提出するという話だった。ただ、このコンペには我が社を含め十社以上が参加する難関の案件だ。しかも、最近は、アーティストの写真や経歴、趣味、好きなもの、嫌いなものなどの事前情報は一切貰えなくなっている。貰えるのとしては、男性、女性などの性別、年齢、そして音楽のジャンルくらいだ。あえて情報を渡さないことで、無の中から創り出される最終形をクライアントは求めていると聞いた。だからとても難しい。だが、このコンペを勝ち取れば、電車広告、東京、大阪、名古屋、福岡などの大都市での街頭広告、そしてテレビCMなど全てを受注できる。うちの会社にとって絶対に欲しい案件だった。
今回、僕の班は、パッケージデザインを担当している。
各自が描いたデザイン案が順番に七五インチの大型テレビに映し出され、スタッフから説明がされていく。今日は、僕もいくつかの案を持ってきている。いよいよ自分の番になった。一通り説明を追えた瞬間、役員から厳しい声が飛んだ。
「駄目だ。駄目だ。ありきたり過ぎる。色の選択が安全過ぎてなにも面白くない」
その一言に社長も頷く。確かに、そう言われたらその通りだった。石橋を叩いて渡ったかのような色使いには何の新鮮さも斬新さもなく、毎日いやという程入ってくる情報の中に間違いなく埋もれてしまうだろう。結局、僕を含む全員が合格を貰えなかった。
「あと二週間だけもらえませんか? 皆さんに納得して貰えるデザインを必ず作ってみせますんで」
デザイン課の水木課長が、平常を装った声で発言したが、役員からは、「二週間? 無理や。そうやな、十日間だけやるわ。それから、三班にもデザイン案を出すように指示しとけ」と冷たい声が飛んだ。
今回はとても苦戦しそうだ。
僕は、帰りの電車の中でもデザイン案で頭がいっぱいになっていた。しかし、輪郭が定まらない何かを追い求めても何も見えて来るわけがない。
形になりそうでならないものが閃いては消えていく。それを永遠と繰り返しているうちに平城駅に到着した。
時計を見ると二十二時少し前だった。ショップ柴田はまだ開いているようだ。店の灯りが駅前の小道を照らしている。僕は、夕飯を買う為にショップ柴田に入って行く。すると、あのおばちゃんがレジにいた。鯖の煮込みとだし巻き卵のお惣菜、そして缶ビールを手にレジに向かう。そして、恐る恐る聞いてみる。
「この間なにか言いましたよね」
ちょっと意外そうな顔で僕の顔を見ると小さな声で話し出した。
「何か見たんか?」
「いえ、何も見てないんですけど、なんか変なんですよ。家の中で何かが起きているような気がして……」
「気のせいとちがうか? だいたいあんた、ここが何処かわかってるんやろ? 大昔のお偉いさんがようけ眠っとる場所やで。何か無い方が逆におかしいんとちゃうか」
確かに、僕は予め知った上でここに引っ越すことを決めた。でも、古墳が沢山あるというだけで超常現象が起きるってことにはならないと思う。
納得がいかないものの、おばちゃんはもう話すことを嫌がっているようだ。僕は、レジ袋を掴むと挨拶もそこそこに店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます