5

「……もっと他になにか……もらって嬉しいものある?」


 小さな声で、ルルちゃんはたずねました。ウララちゃんは少し考えました。


「そうねえ……。ピンクのバラとか」

「わかった!」


 そしてルルちゃんはふたたび部屋を出ていきました。バラなら庭に咲いています。食堂のお母さんに声をかけました。


「お庭のバラ、一本もらってもいい?」

「いいわよ」


 ルルちゃんはたちまち外に出ました。物置から園芸用のはさみを取り出します。それを持って庭に向かいました。庭にはバラが何種類かあり、そのうちいくつかはちょうど花をつけていました。


 けれども残念なことに、ピンクのバラはありませんでした。赤と白、オレンジならあります。ルルちゃんは困って、悩んだ結果、オレンジのバラを持っていくことにしました。


 特にきれいなものを選んで、はさみで切ります。ウララちゃんがけがをしないよう、とげも全部取りました。ルルちゃんははさみを返し、家に戻りました。


「これ、どうぞ」


 カイの部屋に入って、今度はバラを、ウララちゃんの前に置きました。ウララちゃんはさっきと同じように、にっこり笑って言いました。


「ありがとう」


 でもそれを手に取ることはありませんでした。さっきと同じように、ルルちゃんはだまり、ウララちゃんもだまっていました。


 食堂で本を読んでいたお母さんは、自分を呼ぶ声を聞いて、顔を上げました。けれどもなにも見えません。もう一度、声がしました。声がしたほうを見ると、小さくなったルルちゃんが、オレンジのバラを持って、しょんぼりと立っていました。


「あのね、バラ、いらないみたい」


 ルルちゃんは言いました。「ウララちゃんにあげたの。でもいらなかったみたい。ピンクじゃないからかな。チョコレートも……食べなかったの」


「おなかが空いてなかったのよ」


 お母さんは言いました。「バラは……そうね、飾るところがなかったのかも」


 お母さんはルルちゃんからバラを受け取りました。


「これは食堂に飾りましょう」


 お母さんは席を立って花びんを持ってくると、その中に水を入れ、バラを差しました。バラは、背の高い細い青の花びんに映えて、美しくすっきりとして見えました。


 ルルちゃんは部屋に戻りました。ルルちゃんにももちろん、わかっていました。ウララちゃんがチョコレートやバラを手に取ることができないということが。


 ルルちゃんがウララちゃんにふれることができないのと同じように、ウララちゃんもまた、ルルちゃんやその周りのものにふれることができないのです。でもルルちゃんは心の中で少し思っていました。ひょっとしたら、ウララちゃんがルルちゃんのことをすごく好きなら、奇跡でも起こって、ふれることができるようになるんじゃないかと。


 でも奇跡は起こりませんでした。


 夕方になって、カイやナミが帰ってきました。ルルちゃんはまたナミにたずねました。


「ものをあげるんじゃなくてね、それ以外に、仲良くなる方法ってあるかしら」

「うーん……なにか好きなことやしたいことはないか、きいてみる、とか……」


 カイが友だちの家に遊びに行き、カイの部屋にはルルちゃんとウララちゃんの一匹と一人だけになりました。ルルちゃんは、おずおずとウララちゃんにたずねてみました。


「ウララちゃんの好きなことって、なに? したいこととか……」


「したいこと……」ウララちゃんは考えているようです。そして、恥ずかしそうに、照れくさそうに言いました。「ルルちゃんともっとおしゃべりしたいな」


「そうなの?」


 ルルちゃんがおどろいて見つめます。その視線にウララちゃんはますます恥ずかしくなったのか、顔が少し赤くなりました。


「ルルちゃんとおしゃべりしてると、楽しいもの。だからもっといろんことを話したいの。それから一緒に歌を歌ったり踊ったりしたい」


 ルルちゃんも赤くなりました。心がぱっと熱くなり、そしてからだがふわふわとするような気持ちになりました。なぜそうなるのか、よくわかりませんでした。


 夕ごはんのあと、ルルちゃんが居間のソファにぼんやり座っていると、そばにゴエモンがやってきました。


「どうしたんじゃ? 今日はあまり食欲がないようじゃったが」

「そうだった?」


 ルルちゃんはいくぶん上の空で答えました。たしかに、いつもより多少は、食べる量が少なかったかもしれません。


 どういうわけか、胸がいっぱいだったのでした。それでおなかも、少々ふくれていたのかもしれません。


「どこか、からだの具合がよくないのか? 顔つきもいつもと違うようじゃが」


 ゴエモンは心配してくれているようでした。ルルちゃんは首をふりました。


「大丈夫。からだはぜんぜん、健康なの」

「とはいえ病気ということも……」


 病気なのかな、とルルちゃんは思いました。そして、病気だとしても、それは幸せな病気なのじゃないかしら、とぼんやりした頭のままで思いました。




――――




 ルルちゃんがウララちゃんに出会った話はこれでおしまいです。次は夏のお話ですよ。


 夏はよいものですね。あまり暑くなければ。けれども夏には、夏休みがあります! 夏休みはとてもすてきです!


 夏休み、ルルちゃんたちはカイとナミのおばあさんのところに遊びに行きます。ルルちゃんにリュックをつくってくれたおばあさんですよ。それでは次回もお楽しみに。

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