それでも僕は君を殺さなければいけない。

ウニの缶詰

~神を待ち続ける少女~ 【A.白石 (16)】

第1話 『嗚呼、神よ』


 大通りの突き当りから左に曲がった三本目の路地。

 夜目だけを頼りに、街道からの明かりも差さない道を奥へ奥へと進んでいく。


 似たような家屋が、似たような配置で連なる光景。

 所々デザインや意匠はアレンジを加え、人家と商店の間隔を微妙にずらすなどして景観が単調にならないよう心掛けている。

 が、それはあくまでこの世界の住人に対してであり、俺の様な身構えた人間には無意味。

 目垢がついている所さえ目星をつけては順番に辿って行く事で、


 「ここかな」


 『そこ』にはさほど時間を掛けずに辿り着く事が出来た。


 「『BAR Poporlo』ねぇ。大人ぶりたいお年頃なんだろうな。実に可愛らしい……あれ、この名前ってどっかで聞いたような?」


 俺は暫く考え込むと、一昔前に放映されていた国民的アニメに登場した店名からパク――インスパイアされている事に気づく。

 外観含め、微妙にアレンジ済みではあったが、


 「原作ってカフェじゃなかったっけ? 確かに夜も大人向けにやってるって記述はあった気もするけど」


 所謂、子供達が思う所の『大人の店』というのはこんな感じに映っているのだろう。

 立て付けの悪い古臭い扉を開くと、カランカランと風鈴に似た心地よいドアベルが俺を迎えてくれた。


 「……いらっしゃい」


 しばらくの沈黙を経て、バーテンが呟くように言い放った。

 言っておくが、喫茶店じゃないのだから、大人の店はこんな濁りの無い音のするドアベルなど使わない。大抵は無機質なチャイムだ。


 「無駄に凝ってんな」


 外観が表参道の路地に有りそうな小洒落たカフェ風なのに対して、中身はガッツリ錦糸町ルック。最低でも週一程度は通ってなければ、ここまでディーテルに富んだ内容は再現できないだろう。


 恐らく店の中と外の造りで、それぞれ別の『作り』側の思想が色濃く反映されているのは見て取れた。


 「スコッチ、ダブル。炭酸で」


 俺は入り口で簡潔に注文しては店の中を進んでいく。


 薄暗い店内はさほど広くなく、一般的な『そういう店』と言ったところ。

 一本の通路が10mほど奥へと伸びており、左手には腰を深くかけれそうなソファがU字状に配置されている。

 

 妙齢の女子が出迎えてくれないのはがっかりポイントではあったが、お目当ての『お嬢様』らしき人物ならすぐ目の前にいた。


 俺は少し間隔を開けてカウンターの入り口の方に近い一脚の丸椅子に腰を掛けると、


 「無駄に広い街だったから、随分と探したぞ。まさか初日が人探しだけで終わる羽目になるとは思ってなかった」

 

 一連の動作とばかり、胸ポケットからタバコを取り出しては火をつける。

 俺は天井に煙を吐きつつ、


 「もう出来上がっちまってるのかい」


 まるでウェディングドレスのような――普段着としたら随分と浮世離れした純白の衣装。そんな折角の一着も、酒の跡かゲロの跡か分からない、茶色い斑が所々に染みついて台無しになっている。


 さしずめ結婚式で新郎の元カノが乱入するハプニングを経て、ヤケ酒している新婦にしか見えない姿だったが、


 「『白無垢の聖剣女』、だっけ? 神にのみその純潔を捧げ、白い両手を血で染めては異端を駆逐する麗しき鬼神――」

 「……」

 

 クソ長い名前は半ば世界のお約束。

 少女は腕を組んでカウンターにうつ伏せになっており、顔は店の奥を向けたままこちらの呼びかけには応じる気配を見せない。

 

 「そんな崇高な淑女たる者が、あられもない姿を殿方に晒して良いのかね」

 「……」

 「なぁ、シャルロッテ・アイカ・オーベロンリフィテンさん?」

 「……」


 幾ら声を投げようと無言を貫く少女。

 こういう変な間が嫌いだからナンパなんて普段はしないのだが、それでも俺は諦めずに、


 「教会の権威が美少女の皮を被って歩いてる――って言われてる君が、そんな無様な姿を街の住人に晒しちまったらどうなるか」

 「……」

 「それこそ住人総出で嘆きのたまって、天変地異だの魔王復活の前兆だのと大騒ぎだろうよ。『嗚呼、神よ。救いは無いのですかってな』」

 「……」

 「万が一教会にチクられてもみろ、悪魔に憑かれた背教者って事で生きたまま炎にくべられるだろうよ……と、悪いな」


 問いかけにの一切に応じないシャルロッテに声を投げ続ける俺。そんな哀れな男に構っては寄り添ってくれるように、目の前カウンターにウィスキーグラスがコトンと置かれる。


 「――スケルットンシチーの16年になります」

 「……また懐かしい名前のモンが出てきたな」

 「これに勝るものは無いと、私は考えております」

 「まぁ、一理ありだな。悪くないチョイスだ」

 「ありがとうございます」


 白髪の混じる初老のバーテンはそれ以上俺の言葉を繋げることもなく、次いで腰をかがめてカウンターの下の収納を開くと、


 「おいおい、なんだこれ」


 グラスの隣に石油製品の権化で有る筈ペットボトルを添え、俺の困惑を秒にして招く。そんな俺の困惑を怪訝に思ったのか、


 「……ヴィルギソンとなります。もしお好みで無ければポリエをございます」

 「いや、そういう訳ではなくてな」

 

 恐らくこの世界の『神』とやらはよほど自身の欲求に正直なのだろうが、 むしろガラスや陶器でなく、しかも市販品であるのがいっそ清々しい。

 俺もそんな『神』に逆らう気は毛頭なく、


 「そんな酔いっぷりじゃ、ゴブリン退治なんて無理だろう」

 「……」


 改めて、一度たりとも顔を拝めていない少女に声を掛ける。

 メーカ曰く女性の曲線美を模したと言われる美しいクビレをした炭酸水のボトルの栓を切り、トクトクとグラスに注ぐと、


 「幾ら雑魚とは言え、自分の方向感覚にとびきりのデバフを掛けてるような有様じゃ、奴らのおもちゃか非常食にされちまうのは目に見えてるぜ」

 「……」


 元の酒を薄めすぎないように気を使いながら、細かい泡が琥珀色の液体の底から浮き上がってくる光景を眺める。この世にこの絶景に勝るものなど無いと自負する俺はしばしそれを眺めては、軽くグラスを揺らして混ぜ合わせると、

 

 「ガキんちょが酒浸りで感傷に浸るなんて、君の場合はあと10年以上早い。まぁ、駄目な大人感は十分サマになってるけどな」

 「……」

 「そういうのは日々上司や部下の板挟みにされている哀れな大人が、心に空いた割れ目をちょっとでも満たす為にやるモンだ」

 「……」

 「大抵はそのまま隙間から漏れ出しちまうから、毎日毎日注ぐんだけどな」


 中々自分でも背中が痒い殺し文句を交えた問いかけ。

 それでもシャルロッテは、むしろ意地でも断固耳に入れまいとばかりに無言を貫く。


 こんなセリフを並べながら一人芝居するほどの地獄はないが、俺もその程度で動じるほど子供じゃない。大人の対応とばかりに、グラスを左右に揺らしてから一口唇を濡らしてから、


 「知ってるか? 大人の女性ってのは、こういう場で酔いつぶれたらどういう事になるかを弁えてだな――」


 少女であるのに違いないが、その体つきは豊満で起伏に富んでいる。

 どうやらこれも『作り手』の願望が色濃く反映された結果らしいが、余りに超俗的なプロポーションも、また『大人』が何なのか分かってないその実が色濃く反映されている。

 わがままはボディのみにしてほしい物だと心の中で呟きつつ、俺はたわわに実った双峰へ手を差し伸べるが、

 

 「勿論、私も殿方が下賤で卑劣な俗物で有ることぐらい、弁えておりましてよ」

 「いでででで! タンマ! タンマ!」


 『大人の女性』は、俺の右腕を寸の所で前後予備動作なく掴み上げると、力点・作用点を絶妙に駆使しながら骨を曲げに掛かった。

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