第18話 追放サイド:没落への道(その5)
「くそ、小隊のやつら、低ランクの分際で俺様に剣を向けるとは、はあ、はあ、はあ」
俺様、ラウダ・ゴードンは北方氷雪連合の領土をひたすら歩いていた。吹雪が止まず、体力の限界が近い。部下たちに宿から追われて、すでに二日が過ぎている。あれから何も食べていない。
「こうなったら、仕方がないな」
山のほうへと逃げ込んだので、民家が少なくなってきたが、都合よく目の前に灯りのついた家があった。もう限界だ。俺は腰に携えたロングソードをすらりと抜いた。そのままドアを蹴破ると、一気に室内へと飛び込む。
「きゃあっ! だ、誰よ、あなた!」
中に入ると、ところどころ破れた服を来た女と、子供がいた。身なりからして、あまり裕福な家ではなさそうだ。室内もさほど暖かくない。
「ママ! ぼく、怖いよー! ママ」
子供が母親の足にしがみついている。食卓には色の薄いスープがあった。ち。しけた飯だな。だが背に腹は代えられない。俺様は二人の食事を瞬く間に平らげた。味がしない。こんな状況でなければ、食えたものではないな。さてと。
「おい。金目のものを出せ」
俺様は剣先を母親に向ける。こんな家では大したものはないだろうが、宿を追い出される時、剣と腰につけていた雑嚢ぐらいしか持っておらず、所持金は僅かだ。
「お、お許しください! ご、ご覧の通り、貧しい家です。毎日、二人で生きていくので精一杯なんです! どうか、どうか!」
「じゃあ……死ねよ」
俺様が剣を上段に構える。母親が子供を庇うように、抱きしめた。男児の泣き叫ぶ声が雪の夜に響き渡る。こいつらを片付けて、とっと金品を探すとしよう。いや。一晩はここで過ごすのも悪くないか。どちらにしろ――こいつらは邪魔だ。
「待て」
俺様の背中に、するどい声がした。心臓がバクバクと加速していく。俺様はゆっくりと振り返る。
そこには――隻眼の銀狼こと、グライン・オズワルドが立っていた。
「ひいいいっ! く、来るな!」
俺様は慌てて、母親を蹴り飛ばして子供を奪いあげた。そのままグラインと正対して距離をとる。男児が激しく泣き叫ぶ。
「ママー! ママー!」
「その子を返して! お願い!」
グラインが一歩前に出る。俺様は子供の喉元に剣先をあてた。
「く、来るなあ!」
「貴様……それでも騎士なのか」
グラインは倒れた母親を抱き起こしながら、氷のような蒼い隻眼を俺様に向けた。その視線だけで凍てつくようだった。
「いいか! 動くなよ! 動くなよ!」
俺様は壁伝いに背中を這わせて、蹴破ったドアまでゆっくりと移動する。グラインの瞳が射るように追ってくる。蛇に睨まれたカエルの気分だ。しかし、なんとか無事に出入り口まで到達することができた。よし。このまま子供ごと撤退だ!
一歩外に出た瞬間、俺様の足が――凍りついた。
「な、なにっ! な、なんだこれはっ!」
グラインがゆっくりと立ち上がり、口を開いた。
「私のスキル《瞬間冷凍 フリージング・タイム》だよ」
気がついた時には、すでに腕も凍りついてた。動けない! どうする! どうすればいいっ!
「その子は返してもらおうか」
奴は何事もなかったように俺様から男児を救い出す。心臓がフル回転し、脈拍と呼吸が上がっていく。俺様は狂ったように叫んだ。
「おいっ! ライトニング!! いいかげん来やがれええっ! 竜化だ! 竜化! ライトニングウウウウウウウ!!」
その時、家の外に凄まじい落雷が落ちた。眩い閃光。劈く轟音。そこに竜がいた。金色に輝く雷の竜、ライトニングが!
「おおおライトニング! ようやく現れたか!」
グラインはSS級と聞く。一方のライトニングはA級だ。不利な状況に変わりはないが、竜化できれば逃げることぐらいならできるはずだ。
「さあ行くぞ! ライトニング、竜化だ!」
「嫌だね」
は? 何? あの竜、今、なんて言った?
「おまえとの竜化なんて二度と御免だね。ばーか」
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