シンクロニシティ

望月 栞

シンクロニシティ

 テレビのトップニュースは、アイドルのケンの野外ライブで多くのファンが熱中症により倒れたというものだった。会場は騒然とし、倒れた人々は病院に運ばれ、ライブはそのまま中止になったとアナウンサーが告げていた。

「屋内だったらよかったのに」

 一緒にテレビを見ていた娘の朱美が呟いた。

「そうね。でも今回、病院に運ばれたみんなは無事みたいだから良かったけどね」

「うん。ケンが早くに気付いたみたいだし」

 テレビではステージを降りたケンがファンに駆け寄り、肩を貸している映像が流れていた。それを見て、昔の記憶が自然と思い起こされた。


 小学校の夏休みに家族で親戚の家へ遊びに行った。その日は歌手の西本和樹のショーがあるということで、母と私、伯母と従姉弟の沙代さんで市民ホールへ出掛けた。    

 会場前にはすでに多くの人が列をつくっている。私達は最後尾に並んで待った。すると、私達よりあとに来た人達が受付へ行き、何かを見せている。それを確認した受付の人は、あとから来たその人達を会場の中へ入れた。

「ねぇ、母さん! あの人達、先に会場に入っているよ!」

 沙代さんが叫んだ。

「あら、本当だわ! どうして?」

「あの人達、受付の人に何か見せていたよ」

 私が言うと、母がひらめいたように言った。

「たぶん、ファンクラブの人なんじゃない?」

 母が言った矢先、私達より前に並ぶ人の中から叫び声が聞こえた。

「ちょっと! それずるいわよ! 私達が先に並んで待っていたのに!」

 他にも不満を口にする人が出始めた。その中の二人が柵を乗り越えようとしている。

 私は怖くなって母の服の裾をぎゅっと掴んだ。

 先の二人に続いて三人目が柵を乗り越えたとき、私達の後ろから甲高い声が聞こえた。

「何で入っているのよ! 私達も入れて!」

 すると、同時に多くの人が入口に向かった。

「いったん、ここから離れましょう」

 母は私の手を引いた。隣にいた伯母さんと揉みくちゃになりながら、私達は人だかりから出ようと歩く。そのとき、入口の方から何かの音がした。

「沙代!」

 私は伯母さんの言葉に振り返った。見ると、入り口のガラスが割られており、その近くで沙代さんが倒れている。伯母さんと一人の警備員が、人だかりをかき分け、沙代さんに駆け寄っていた。

 その後、会場に警察と救急車が来た。沙代さんは病院に運ばれたが軽傷だった。

 親戚の家に帰ったのは夕方だった。ショーの開始前の騒動が映されている。麦茶をコップに注ぎながら、従姉弟の賢一が沙代さんに言った。

「ねぇちゃんは無事で良かったな」

「うん」

「ほんとよ。どうなるかと思ったわ」

 ニュースを見ながら伯母さんが言った。ニュースでは、ファンが殺到して人津波の混乱により警備員が一人死亡、十一人が重軽傷を負い、ショーは中止になったと報道されていた。

「亡くなった人がいるんだね。かわいそう」

 沙代さんが呟いた。


 忘れていたあの騒動を思い出すと、私は目の前にいる娘の元気な姿に安堵した。朱美が熱中症で倒れて、数時間前に病室で目を覚ますまでは気が気ではなかったのだ。   

 それでも朱美は今、こうして笑っている。あの時の沙代さんのように、無事に家に帰ることが出来る。

「携帯、鳴っているよ?」

 朱美の言葉で、自分の携帯のバイブ音に気付いた。携帯を持ち、病室を出て廊下を小走りする。携帯の画面には賢一の名前が表示されていた。公衆電話の隣で通話ボタンを押す。

「もしもし? ……えっ?」

 賢一の声が聞こえたが、その後私は二の句が継げなかった。

「今日、ねぇちゃんが亡くなったんだ」


                                -fin-

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