第744話

俺が思わず言ってしまった言葉に固まる衛兵。


あ〜もう面倒だな‥

全部まとめてぶっ飛ばすか!


いや、それだとアキーエに常識がないって認定されてしまう‥


「き、き、貴様!不法入国者かっ!」


はいそうです。

なんて言うわけにはいかない。


「あっ!」


イェルンさんの家がある方に向かって指を刺し、大きな声を出す。


「な、な、なんだっ!」


衛兵は驚いた様子で後ろを振り向く。


よし!


俺は来た道を全力で走って戻ることにした‥






陽が落ちて、夜の帳が下りる。


あの後、イェルンさんの家の周りの警備は警戒が厳重になり、全く近寄れる雰囲気ではなかった。


そのため一旦薄暗くなってから戻ってくることにしたのだ。


リスクが高くなるが、イェルンさんに直接会うにはもうこの方法しかないだろう。


元からこの方法以外に取れる手段がなかったような気がする。


決して俺が悪いわけではない‥



魔道具を発動させて変装用の黒い服を身に纏う。


洗う事はできなかったけど、ワカメだけはアキーエに取ってもらった。


この衣装を魔道具から取り出す事ができなかったので、洗うとしたら俺が着たまま丸洗いする必要があったのだ。

今度時間がある時にアキーエに洗ってもらうとして、とりあえず目立ったワカメは手作業で取ってもらいしました‥


俺はある程度の高さまで跳躍して足場を作り、そこからは時空魔法で宙に階段を作り駆け上がった。

暗くなった空を見上げる人はおらず、問題なくイェルンさんの家の真上まで移動する事ができた。


こっそりと家の屋根に降り立つ。


家の外はたくさんの衛兵がいたが、屋敷の中にはそれほど見張りはいなかった。


イェルンさんがいる部屋を探して中に入る。


部屋の中に入ると、イェルンさんともう1人の男性がいた。

王様かと思い確認するが違う人だった。


イェルンさんは俺に気づくとその場で立ち上がった。


「そうですか‥ヨエク将軍の準備が整ったのですか‥ついに王がヨエク将軍に確保されてしまったという事ですね‥まあ時間を稼いだところで、どこからも救援などなかったから最初から負け戦ではあったんですがね‥」


イェルンさんが項垂れる。


「イェルン様、お逃げください。ヨエク将軍は正面から来ると思っていましたが、まさか暗殺者を送り込むとは思いませんでしたね。ただ、自分の目の前で我が国の宰相を討たせるわけにはいきません。私も元Aランク冒険者。そう易々と負けはしません。時間は稼がせてもらいます!」


イェルンさんと一緒にいた初老の男性が短剣を持って俺に向かって来た。


男性はゆっくりとした動きから、突然スピードを上げて俺の背後に回る。

そのまま短剣を首に向けて斬りつけてきた。


俺は男性の腕を掴み、短剣を止める。


年配なのに結構力が強いな。


「なっ!」


男性は俺に短剣を受け止められ驚いた表情を浮かべる。


「クィリーノさん。逃げたとしても時間の問題です。貴方だけでも逃げて下さい。」


イェルンさんは全てを諦めたようにクィリーノさんに告げる。



「イェルンさん、逃げなくても大丈夫ですよ。こんな格好で勘違いさせて申し訳ない。忍び込むのに必要だったもので。」


俺は魔道具を解除して普段の格好に戻る。


「なっ!貴方はマルコイさん!どうしてここに!?」


「イェルンさんに会いに来たんですけど、警備が厳重だったので忍び込みました。」


「いえそうではなく、なぜプリカにいらっしゃるんですか?」


なぜ?

そうだな‥


「俺は自分がやりたい事をやるために冒険者になりました。そして今、自分がやりたい事は、トールルズの王様を助ける事。あの人当たりのいいお人好しの王様を助けるために、ここに来ました。」


「そ、そうですか‥ありがとうございます!一度会っただけと言うのに‥本当に感謝いたします‥」


イェルンさんは床に膝をつき、崩れるように涙を流しながら感謝の言葉を述べてきた。


「感謝するなら、たった一度会っただけでも助けに行きたいと思わせる王様の人柄の良さですよ。」


俺はイェルンさんにそう告げた‥







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