異世界転生論

繰り返し

 

 家村和夫は科学者だった。

 妻子も持たず、周りの人間からも孤立して、ただ研究室と家を往復する日々を暮らしていた。

 当初は熱意とやりがいを感じていた研究も、同じ作業の繰り返しと目に見える形で現れない成果に飽き飽きしていた。

 プライベートは勿論、仕事でも満たされない日々。

 何のために自分は生きているのだろう、とパソコン画面に映し出された何時もと同じ実験の結果を見ながら思う。

 

 駄目だ。和夫は呟いて、気分を変えるために白衣を脱ぎ散歩に出掛ける。軽く身体を動かして、外の新鮮な空気を吸えば何か良いアイディアが浮かぶかも知れない、と思ったのだ。

 そして彼は散歩の途中、暴走した車に轢かれた。

 自分を轢いた車の運転手が満足そうな顔をしていたことに疑問を抱く事さえできず、激しい痛みと、光に包まれ、息絶えたのだった。

 

 

 

 

 ポール・カーターという名前の少年は、十歳の誕生日を迎える前日、自分が家村和夫として過ごした人生を思い出した。

 急に四十二年分の知識と経験を得たカーターは、その知識を使って現状の把握を試みる。

 どうやら自分は別の世界に転生したらしい、と結論したのは一週間が経ってからだった。

 明らかに地球と相違している文化体系と歴史を持つその世界は、地球とは違い、魔法という力の存在が証明されていた。

 だが、カーターにその才は無かった。そのせいか、彼は両親に嫌われ、暴力を振るわれていた。

 そして三ヶ月後、彼は両親の言いつけ通り買い物に出掛けた道中、縄を抜け出して暴れまわる馬に轢かれてしまう。

 

 激しい痛みと、光に包まれ、息絶えたのだった。

 

 

 

 メイという名前の少女は、十五歳の誕生日を迎えて二ヶ月が経った頃、自分がポール・カーター、家村和夫として過ごした人生を思い出した。

 急に大量の知識を得た彼女は取り乱し、酷く混乱した。

 二度の死の記憶が彼女は苦しめ、夜眠ることが出来なくなってしまう。

 まともに食事を摂れなくなってしまった彼女は、次第に痩せ細り、ストレスで髪も抜け落ちてしまった。

 そして彼女は、やはり別の世界であったそこで、疾走する馬車の前に飛び出ることで自ら命を絶つ。

 

激しい痛みと、光に包まれ、息絶えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めると、今度はシモーヌ・スウェンという名前の中年だった。

 三度目の世界は、数百年前の地球によく似た文化体系だった。

 ただしその世界には人間以外の知能を持った種族が存在していて、人類は彼等と戦い続けていた。

 しかし、スウェンの興味はそこに無かった。

 自分に起きた現象が何なのか、彼は確かめたかった。

 共通点は、自分が何かに轢かれて死んだという事実。

 幸い、この世界には移動のために自動車と良く似た機械が使われていた。

 そこで彼は、通行人の背中を車道に押し出すことで、他人を自動車に轢き殺させた。

 だが、その人物が別の世界に飛んだのか、ただ単に死んだのか、判別する術はなかった。

 

 しかし、三度目の殺人で興味深い現象が起きた。

 轢かれた人間が一瞬、光を発したのだ。

 そして家村和夫だった頃の記憶を思い出して、彼の研究と実験の日々が始まった。

 それから二年が経った頃、死んだ人間が発光現象を起こす条件が判明した。

 

 一つ目、時速十五km以上の物体にぶつかって一分以内に死亡すること。

 二つ目、その人物が大きな未練や後悔を抱えていること。

 三つ目、死亡時に最低で六文銭、日本円で百九十五円相当の価値を持った金を所持していること。

 

 けれど、発光現象と別の世界に飛ぶことに因果関係があるかどうかは、自分で確認するしかなかった。

 そして彼は、この世界で実験のために数多の人間を殺し犯罪者になっていたのだ。

 逃亡のさなか追い詰められた彼は、車道に飛び出し自動車に轢かれた。

 

 激しい痛みと、光に包まれ、息絶えたのだった。

 

 


 

 

 次に目が覚めると、家村和夫は家村和夫という名前の科学者だった。

 和夫は周りを見回すと、見慣れた研究室に自分がいることに気付く。

彼は混乱していた。

 長い夢でも見ていたのだろうか、と一瞬考えるが、確かめる方法があると思い出す。

 彼は、白衣を脱いで急ぎ地下鉄まで走った。

 途中で見つけたホームレスに一万円を渡し、駅のホームに立たせる。

 そして電車が通り過ぎる直前、彼の背中を押したのだ。

 目論見通り電車に轢かれたホームレスの身体は、確かに光を発した。

 異世界からすれば、この世界もまた異世界だったのだ。

 全ては夢ではなかったと結論した和夫は、急いで地下鉄から逃げる。

 職場で、周りの同僚達に別の世界へ移動する方法が見つかったと話すが、彼等は和夫を狂人扱いするだけだった。

 それに激高した和夫は、一人家に帰る。

 

 久しぶりの我が家でテレビを見ていると、ニュースで殺人事件が報道されていた。

 犠牲者はホームレス。容疑者は和夫だった。

 自分が捕まるまで時間がないと気付いた和夫は、慌ててスマホとパソコンを手に取り、家を出た。

 

 翌日、インターネットに一本の動画がアップされた。

 その動画には、異世界へ転生する方法と、今から実証してみせる、と言って車道に飛び出し、車に轢かれる和夫の姿が映っていた。その身体は、確かに光に包まれていたのだった。

 

 

 

 

 

 次に目が覚めると、今度は名前が無かった。

 視界がぼやけている。

 声を出そうにも上手く発声できない。

 やがて女の声で、産まれてきてくれてありがとう、と聞こえた。

 

 過去に家村和夫であり、ポール・カーターであり、メイであり、シモーヌ・スウェンであった存在は、この世界でケビンという名前を貰った。

 

 彼にとって、この世界には今まで経験したことがないモノがあった。

 それは、愛と呼ばれるモノ。

 優しい両親と、仲の良い友達、自分を好いてくれる許嫁。

 それらに包まれて、ケビンは順調に成長した。

 彼はもうすぐ十五歳。

 

 しかしその前日、未曾有の台風がやって来た。

 そんな中、まだ許嫁の少女が家に帰ってきていないという知らせを聞いたケビンは、大雨と強風の中、彼女を必死に探した。

 その途中、強風で吹き飛ばされた大木がケビンに直撃した。

 

 激しい痛みと、光に包まれ、息絶えたのだった。

 

 

 

 

 次に目が覚めると、名前なんてどうでも良くなっていた。

 ただ、さっきまで居た世界に戻りたかった。

 家村和夫に二回なった経験があるのだ。

 ならケビンにもう一度、と考えた。

 今すぐ何かに轢かれるため、外に出ようとする。

 だが、自分の身体の状態を知って絶望した。

 足が動かないのだ。

 近くにあった鏡を見ると、皺で覆われた老婆がいた。

 もう無理だ、と思いながらも、ある考えを思い付く。

 

 人気の無い夜、老婆は身体を引きずって外にでる。

 そこには運良く、背の高い建造物があった。

 彼女は途中で息絶えそうになりながらも、階段を這うように上がって屋上まで辿り着くと、そこから身を投げた。落下の速度は時速十五kmを越え、地面とぶつかった。

 

 激しい痛みと、光に包まれ、息絶えたのだった。

 

 

 

 それから彼は、何度も何度も異世界への転生を繰り返した。

 

 七十八回目の世界には、貨幣制度がなかった。だから彼は貨幣制度を導入できるまで文明レベルを発達させた。

 貨幣は、彼の名前を冠し、彼の存在は神とさえ崇められたが、本人は翌日自殺した。

 

 百五十二回目の世界は、車も、馬車も、建造技術もない世界だった。

 だが、彼は何年も地面に穴を掘り続け、岩を落とすことで自殺した。

 

 幾度となく一分以内に死ぬことが出来ず、全身に障害を抱えたことがあった。

 だが、彼は諦めることなく再度自殺した。

 

 

 

 三百十回目。

 彼は飯田春という名前で、また地球に転生したのだ。

 そこでは、家村和夫という名前で生きていた時代から数百年が経っていた。

 そして人類は滅びを迎えようとしていたのだ。

 自殺によって。

 彼は、どうやらそれが数百年前に自分が録った動画がきっかけらしい、と知る。

 転生の理論は他の科学者によって解明され、人類は異世界に転生するため自殺を繰り返し、異世界転生用に効率よく死ぬことのできる機械まで開発されていたのだ。

 

 そんな中で彼は、もうあの幸福な世界に行くことは出来ないのだ、と悟っていた。

 一番最初に実験のため人を殺した瞬間から、あの幸福な世界で不運に死ぬ運命が決まっていたのだ、と。

 或いは、転生なんて名目で他人の人生を乗っ取り続けた罰なのかもしれない。

 

 

 だから彼はまた自殺する。

 六文銭と、新しい目的を持って。

 

 

 

 

 そして、四千二十九回目。

 目が覚めたレオナルド・リックは壁に貼られたカレンダーを見て全てを察すると、空港へ向かって、日本行きのチケットを買った。

 

 失敗は許されない。

 彼が待ち伏せをしていると、家から現れた学生服を着た家村和夫を尾行する。

 頃合いを見計らって、和夫を後ろからナイフで刺し殺した。

すると和夫が死ぬ前に上げた悲鳴を聞いた警官が慌ててやってくる。

 

 彼は走り出し、そのまま車道に身を投げた。

 猛スピードでやってくるトラック。

 運転手はブレーキをかけるが間に合わない。

 彼は必然のごとくトラックに轢かれた。

 

 その時、財布には百ドル紙幣が入っていたが、彼が異世界に転生することはもうなかった。

 

 


 

 ――そしてナイフで刺されて死んだ家村和夫は、学生服を脱いでそこにある筈の怪我がないのを確認し、空を見上げる。

 そこには二つの月らしきものと、空飛ぶ巨大なクジラがいた。

 

 どうやら僕は別の世界に転移したらしい、と彼は呟いたのだった。

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