第二集 誰が為に
鮮卑反乱軍は周辺の土地で略奪を繰り返しており、その中には北宮純の故郷である
子供の頃から武芸兵法を学んでいた北宮純は、若くして集落の自警団の長となり、反乱兵と戦っていた所、官軍の総大将・
特筆すべきは、討伐軍が到着する前の戦いである。集落の周辺に防壁を築き、寡兵ながらよく統率された兵を使い、包囲の緩みを的確に突き崩しては深追いせずに退いて守りを固める。
そうやって反乱軍を徐々に削りながら援軍到着まで耐え抜いた彼の指揮ぶりは、まるで
鮮卑の反乱が鎮圧されて間もなく、今度は
涼州からもいずれ増援を送る事になると思った張軌は、そんな遠征軍の将として北宮純を抜擢しようと考えていた。
「あんたが涼州刺史かい?」
他の文官武官が立ち並ぶ中で張軌を前にした北宮純の態度に、儒教的な礼節は全くない、漢人の常識からすれば無礼極まりない物であった。彼の将としての能力の高さは皆よく分かっているゆえ、あえて咎める者はその場にいなかったが、内心では所詮は蛮族の出身と蔑み、目を細める者が大多数であった。
北宮純は確かに
その後、洛陽周辺の情勢が語られたが、中でも
匈奴の分際で卑しくも漢王を名乗るとは……。そんな嘆嗟の声が周囲から聞こえていた。
しかし北宮純にはそうした周囲の反応が滑稽にしか思えなかった。
かつての漢帝国は
「北宮純よ」
張軌の横にいた宋配にそう名指しで声をかけられた。
「羌族の出であるお前には、漢の名など重くは無いのは分かる。だが今度の相手は匈奴だ。かつて羌族を支配した部族。先祖の屈辱を晴らす好機ではないかな」
北宮純は必死に笑いを堪えた。こいつは何もわかっていない。少し迷ったが、ここは誤解を解いておくべきだと思い至り、仰々しく
「
こいつは何を言うつもりかと口籠ってしまう宋配だったが、主である張軌が笑みを零しながら即座に構わぬと促した。
その様子に、不敵な表情のまま続ける北宮純。
「確かに羌族は匈奴によって支配されていた。だがそれは
周囲の文官武官たちは騒めき、張軌やその横に控える宋配の顔も堅い。しかし北宮純は笑みを浮かべたままである。
「聞く所によると、
張軌や宋配は何も言わず、そのまま黙って北宮純の次の言葉を待っていた。反論の無い事を確認した北宮純は、一息の間を開けると静かに続ける。
「分かるかい? 俺たち羌族ってのは、過去の事はどうでもいいんだよ。先祖だなんだと、もういない奴の事に拘って、目の前にいる守るべき家族を危険に晒す事なんてしない。あんたたちは不忠だ不孝だと罵るかもしれんがね、もし俺が漢人みたいに忠孝に拘るのなら……、絶対に……、
まるで脅しをかけるように低く静かにそう言い放った北宮純に、周囲の者が気圧されて静まり返る。しかし彼は次の瞬間には笑みを浮かべて明るく続けた。
「だが運の良い事に、俺は不孝者だし、不忠者だ。だからこそ、あんたらの味方をする。この涼州に住んでる親戚や同族たちの生活の為には、それが一番だと思うからな」
後日、そうした北宮純の態度に、無礼である、信用できないという声も挙がったのであるが、それでも張軌は北宮純に遠征軍の将を任せる事に決めた。
もしも北宮純が裏切るつもりであるのならば、あの場で腹を明かすわけがない。猫を被ったまま兵を手中にし、その上で反乱を起こそうとしただろう。
しかし彼は価値観が違う事を公然と示した。己の腹の内を開け晒し、気に入らなければ軍を預けるなと正面から言い放った。その点を張軌は気に入ったのだ。
何よりも墨家の如き防衛戦の手腕は、洛陽防衛には大いに役立つのは確実だ。もとより涼州の各地から能力のある者を抜擢して人材を集める事に精を出していた張軌である。価値観の全く違う者であろうと、使いこなしてこそ州刺史としての器の大きさであると張軌は信じていたのだ。
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