強烈に残る青

西谷水

第1話プロローグ

「強烈に残る青」

西谷 水


〈プロローグ〉


 中学生の頃の僕は、小説を書くことが生きがいだった。

 いや、そう言い切ってしまうと決定的な語弊を生んでしまう。正しくは、自分の描いた小説を読んでくれる人がいるということに幸せを感じていたのだった。金にならない作品にも価値はあるが、誰にも読んでもらえない作品には価値がない。

 僕にだって価値のある物を生み出せる、そう思わせてくれた存在が、今はいない。

 この独りよがりな文章を読んで、幸せそうに笑ってくれる存在がいたということ。それが僕にとって救いじゃなかったのだとしたら、この心の空白は一体何なのだろうか。

 クラスメイトの彼女。

 なぜ彼女が、僕の小説を面白いと言ってくれたのだろうか。

 寝ることよりも遊ぶことが好き。

 勉強することよりも寝ることが好き。

 そんな彼女は、特別に小説が好きというわけでもなかったし、寧ろ一日の時間を殆ど運動に費やすような活発な人間だったはずだ。思い返してみても、根暗な僕とはかけ離れた人間であり、全くもって接点という繋がりが見えてこない。

 いずれにせよ、もういなくなった彼女である。

 もう会えなくなった彼女である。

 姿形も、やがては誰からも思い出されなくなる彼女である。

 つまりは、死んだ人間なのだった。

「ほんと、何だろうな。何もかも」

 何もかもこれからだったのに。

 これから読んでもらうはずだった新作は、価値を失った。同時に何の価値も生み出せなくなった僕は、自分自身の価値を喪失した。時間が止まったみたいに僕の脳は、あの日、彼女が交差点で交通事故に遭った瞬間を繰り返している。いや、時間は止まるべきだった。

 巻き戻ることまでは、望まないけれど、せめて止まって欲しかった。

 新作のテーマは「幸せ」とは何なのか。皮肉にも、僕は、彼女が死ぬという不幸を体験し、幸福というものに気が付いてしまった。当然と言えば当然で、順当と言えば順当な答えの求め方。無知を知って、知恵を知るように、不幸を知って、幸福を知る。

 彼女の死から一年。

 窒息しそうなほどの不幸にも、僕は慣れつつある。麻痺しつつある。そんな風に落ち着きつつある自分を殺したいと、この頃は思ったりしているのだけれど、根性なしの僕には自殺なんてできやしない。

 溜息が出るような毎日と天気だった。

 僕は、あの日の追憶とも言うべき惨憺たる雨の中で忌まわしき交差点、かつての事故現場へと辿り着き電柱の下を白い花で飾った。僕以外にも、先客が一人いたらしく、飾られた花束は

合わせて二つだ。「お互い様だな、もう高校生なのにさ」と僕が一人呟く。

 もうすぐ梅雨が明ける。

 彼女だけがいない例年通りの夏が来る。

 その景色は、いつだって戯言みたいにつまらない。

 灰色の空から降り続ける雨水も、横断歩道の信号機を写す水たまりも、傘を持たない高校生の僕も、風に揺れる白い花も、所詮は旧世界の形骸だ。

 それら全ては、止まることのない時間ってやつを残酷にも突き付けてくる。時間は現実で、現実は時間であるということを無慈悲に突き付け刺しつけてきやがる。

 時への憎しみ以外は、空っぽだった。

 またあの頃へ逆戻り。

 中学時代の何者にもなれなかったあの頃へ、落ち続けている。

 冗談抜きで本当に、何もかもを嫌いになってしまいそうなほどに、空っぽの自分が憎かった。悲しみの底から、喪失の深闇から、もう一度這い上がろうとしない自分が、涙もでないほどに惨めだった。

「また夏が来るよ、穂乃果」僕は、呟く。

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