オレのスキルは【強靭】【無敵】【最強】それと【粉砕】【玉砕】【大喝采】だった件

満地 環

プロローグ

 

 「ここは、どこなんだ?」

 

 目が覚めた。

 こんなに硬い床で寝たのは何年振りだろうか。

 居酒屋で泥酔して、後輩の冗談で歩道の片隅に放置されて以来だ。

 確か、あれは一昨日。最近じゃないか。


 一昨日の、しかも泥酔した記憶はある。

 オレは……『青目龍司あおめりゅうじ』。29歳。営業マン。覚えている。

 会社で残業を終えて、スーパーで惣菜と酒を買って帰路についた。

 いつもより慌てていた気がする。なぜだ。


 そうだ!思い出した。

 オレの大好きなアニメ『転生したらスラリンだった件』の第二期第二部が今日から始まるから急いでいたんだ。

 オレは生粋のアニメオタク。中学の頃から沢山のアニメを見てきた。


 その中でも最近のトレンドは異世界転生、転移モノだ。

 特に『転生したらスラリンだった件』はそのジャンルの金字塔だ。

 原作は小説投稿サイトであるが、未だに総合ランキング1位に君臨している。


 何がいいって、やっぱり主人公が最強なのにまだ強くなるところ!前クールのアニメでは、仲間を蘇らせるために魔王にまでなった。

 スラリンが何処までその世界の魔王たちを翻弄していくのか楽しみでならない。


 後は、登場人物1人1人の個性の強さ。

 特にオレが好きなキャラは秘書役の「紫電」という鬼の女性だ。

 なぜなら――――


「もしもーし、聞こえますかー?」


 誰だ、気持ちよく妄想に耽っているというのに。

 そういえば、ここは何処だ?

 何もない空間だ。それに、目の前には露出多めの痴女がこちらを見ている。

 アニメの導入の女神みたいだな。


「やっと帰ってきた」


 両手を腰に当てて、まるで新世紀な赤い女性キャラみたいじゃないか。


「今何時なんだ?まだ日を跨いでないよな?テレビは何処だ?」

「目を覚まして取り乱す奴は多いけど、最初に時間を聞いてきた奴は初めてよ」


 気にするだろう。放送時間は深夜前だ。

 そりゃ、動画投稿サイトやサブスクなどで後から配信されるが、アニメオタクならシャベッターのトレンドを見ながら実況するってもんだ。


 あの生ライブに似た感覚は一度味合うと抜け出せない。

 あのために夜更かししていると言っても過言ではない。


「あなたは死んだの。信号無視をしたトラックに轢かれて即死」


 死んだ……?


「そんなことより『転スラ』だ!!」

「そんなことより!?」


 オレが急に叫んでしまったので、少女は驚いてしまったようだ。


「『転スラ』ってその略称はアウトだからね。天界では厳重注意物よ」

「天界?」


 著作権云々がうるさいのは分かる。つまり、これはテレビの生放送か何かなのか?

 いや、天界ってなんだ?展開とか天海の聴き間違えいか?


「言ったでしょ。あなたは死んだの。ここは死後の世界、天界であなたは今から私に天国か地獄か決められるわけ」


 なん……だと……?

 なんだコレは?幻術なのか!?

 また幻術なのか!?


「いったいどういう事だってばよ!」

「気が動転しているわね。さっきも言ったけど交通事故であなたは死んだの。もう、何回言わせるの」


 マジかよ。

 人間の命ってこんな呆気ないの?

 確かに、今思えば強い光とエンジンの轟音を最後に記憶が無い。


「嫌だ!今すぐ元に戻せ!あれだ、霊界探偵とかになれば帰れるだろ!卵とか孵化させるやつ」

「『ゆーはく』とか懐かしい物持ってくるわね。そんなもの無いわ」


『ゆーはく』が分かるこの女神は何歳だよ……。

 くそ!俺には帰って、シャベッターを片手にビール飲みながら観なきゃいけない物があるのに。


「あなた、こんな状況でもよくスラスラとアニメの話が出てくるわね」

「スラリン!?」

「スラスラ」

「あぁ……。アニメが好きなんだ、学生の頃から。だから今日も帰って『転生したらスラリンだった件』を観るのを楽しみにしていたのに……」


 考えたら涙が出てきた。

 そういえば秋になれば『ニート転生』もある。

 それももう観ることは叶わないのか……。


「あなたはそのアニメのどこが好きなの?」

「そりゃあ、まず世界観だろ。異世界ってファンタジーの中で主人公が暴れるんだが、それが暴力的じゃない。現地の仲間たちと協力して強くなっていくのが面白いんだ」


「へぇ……。他には?」


「他には、キャラクターの個性だな。例えば、凶暴そうなドラゴンなのに寂しがりやだったり、強力な悪魔の使い魔なのに飼い犬のような可愛さがあったり、全部魅力的だ」


「私は『朱里』ってオーガが好きなんだけど、それはどう?」

「オーガの姫さんだな。確かに良い。料理も裁縫もできる良妻賢母で、時には種族的な鬼嫁を見せる。ギャップがあって素晴らしい。しかし、オレは『紫電』だな。無邪気、いや、無邪鬼!あの天真爛漫こそオレの嫁!」


「嫁とか言い回し古いわよ。せめて推しくらい……」


 なんだ、この女神。

 天界っていう割に日本のサブカルで会話ができているよ。


「なるほど、あなたが生粋の転生物好きなのは分かったわ」

「そりゃあ……どうも」


「さっき、私、天国か地獄か決められるって言ったわよね」


 そうだ、死んでオレは天国か地獄に行くんだ。


「でもね、実は別の仕事もやっているの。私の仕事はたくさんのパラレルワールドを管理すること」


 なんだそりゃ、まるでSFじゃねーか。

 え?これハイファンタジーだよね?いや、オレが現代人ならローか?


「それで、こう言った破滅に向かう異世界に転移者を派遣したりしてるんだけど――――」


 ――――興味ない?


 興味無いわけ無いじゃん……。

 オレはそう言ったのに憧れてアニメを見ているんだぞ。

 叶わない憧れを、アニメのカタルシスで解消しておるんだ。


「つまり、オレに行けと?」

「興味があるのならね。大体の人間は折角死後の世界で悠々自適に暮らせるのに、わざわざ破滅に向かう世界で奔走するなんてやりたがらないから」


 それもそうだろう。

 だが、オレは違う。まだ30歳も手前で死んで、働き盛りにも達していない。

 それなのに悠々自適など願ってたまるか。

 それは、何かを成し遂げまたものが見るものなんだ。


「オレはやりたい」

「分かったわ」


 いや、待てよ。

 転生転移物は強力なスキルとか武器で無双するじゃ無いか?

 もしかして、オレこのまま?行ったら魔力量が無くて魔法も使えないし、病気かかったりしない?


「それじゃ、あなたにスキルを与えます」


 待ってました!

 やっぱり有るじゃないか。

 どうすれば貰えるんだ?『転スラ』は主人公が後悔してたよな。

 後悔すればいいのか?


(「紫電」のおっぱいに顔をうずめたい人生だった……)


 え、これなんてスキルになるの?

 おっぱいから自由に顔を出せるスキル?キモく無い?


「決まりました、あなたのスキルは、


 ――――【強靭】【無敵】【最強】それと【粉砕】

【玉砕】【大喝采】です」


「は?」


 こうして、オレの異世界転移の物語が始まった。

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