第三話 トーク番組
テレビをつけると、今や見ない日はないほど人気を誇っている『辰巳 慧』。テレビに丁度映っていたのは、三人の芸能人が三十分トークをするという番組だった。俳優やアイドルなど、週によってゲストは違うが、今週は『慧くん』と、俳優二人のトーク回だったようだ。明日ライブに行くし見てみるか、と軽い気持ちで眺める。
一人目は俳優の『
二人目も俳優の『
「慧くんの髪、奇抜だって言われない?」
「確かに、珍しい髪の色だよね」
永田さんが『慧くん』に問いかける。岩山さんも永田さんの言葉に同調する。
「ずっと髪の色変えてないみたいだし、思い入れがあるの?」
永田さんが質問すると、彼は自身の髪を指先でつまんだ。
「この髪の色ですか?そうなんです。ちょっと思い入れがあって」
「へえ、やっぱりそうなんだ」
「僕、アイドルを始める前は結構なアイドルオタクだったんですよ。今もですけどね」
『慧くん』はそう言って恥ずかしそうにはにかむ。
「意外だね」
「うんうん、誰が、えっと……推し、だっけ?好きな推しのアイドルはいる?」
岩山さんは聞きかじった言葉で『慧くん』に質問をする岩田さん。
「はい、ずっと推しているアイドルがいるんです。この髪の色はそのアイドルのイメージカラーなんです。彼女はもう引退されてしまったんですけどね……」
「へえ、だれだれ?」
永田さんは興味津々といった様子で少しばかり前のめりになっている。水色がイメージカラーか。変わってるなあ。
「『小林 詩羽』さん、通称『うたたん』です」
彼は頬を僅かに赤く染めて言った。私は耳を疑う。いやいや、有り得ない。アイドル時代の名前が出たことも、コアなファンが使っていた愛称を知っていることも、そしてそれが『慧くん』の口から発せられた内容であることも。驚く私のことなど知る由もなく、『慧くん』は続けた。
「去年が丁度十周年だったんですけどね。盛大にお祝いしようと思っていたのに、まさか引退を発表するなんて……。僕は一週間泣きに泣きました」
「そ、そうなんだ」
永田さんはなんとか返答するも、『慧くん』の熱意に引いている様子だ。岩山さんも同様に、笑顔が引き攣っている。その様子を察したのか、番組はCMに入った。心臓がバクバクと忙しなく動く。かくれんぼで鬼が近くにいる時のような、隠れていたのに暴かれてしまった時のような。そんな恥ずかしさが身体を巡る。ああ、見なきゃよかったな。いやでも、この番組を見ずにいてネットニュースとかで目にしてしまった時の方が恥ずかしくて死んでしまいそうになるだろうからまだマシなのだろうか。CMがあけたら彼は何を言うのだろう。CM中にヒヤヒヤとした心地でいるなんて初めてだ。私は固唾を呑んでCMが終わるのを待った。
「いやあ、慧くんは彼女のことが本当に好きなんだね」
「はい。大好きです」
CMが終わり、永田さんは口を開けた。永田さんの言葉に、『慧くん』は食い気味に答えた。大好きです、という言葉が鼓膜にこびりついて離れない。引退して一年も経っているのに、彼の熱意は衰えていないようだ。アイドルとしてはファンの熱意が嬉しいはずなのに、私はゾッと背筋が凍る。
「僕はうたたんさんに憧れて、いつか一緒に仕事ができたらいいなと思ってアイドルを目指しました」
「そ、そうなんだ」
「……あ、もう今更かもしれませんが、うたたんさんのこと、調べなくていいですよ。僕、同担拒否なので」
再び場が凍り付く。『慧くん』は周りを気にすることなく、涼しい顔で、横に置かれたお茶を飲んだ。
「同担拒否……?」
「すごいね。ガチファンってやつかな」
「まあ、そんなところですかね」
岩山さんは用語が理解できずに頭の上に疑問符を乗せ、完全に引いている様子だが、永田さんはどこか楽しそうな顔をしている。
「あ、ねえねえ慧くん。もしも引退したうたたんさんがこれ見てたら何て声かける?カメラに向かって喋ってみてよ」
永田さんは『慧くん』にむちゃぶりをしだした。怖いもの知らずというやつだろうか。『慧くん』はぱっ、と顔に花を咲かせた。
「いいんですか?」
「いいよ、やってみて」
永田さんのむちゃぶりに、カメラは慌てて『慧くん』を映す。
「……あ、ええと、こんばんは。ライブでは何度もお会いましたが、アイドルとして貴女に会うのは初めてなので、初めましてと言わせてください。一年前、うたたんさんが引退されたこと、今でも信じられません。うたたんさんのラストライブ、昨日のことのように脳裏に浮かびます。僕はうたたんさんに会うためにアイドルを目指しました。一目でもいい。お会いして握手がしたいです。僕のこの声が、どうか貴女に届きますように。うたたんさん、大好きです」
それはまるで告白だった。プラチナブルーの瞳は熱を孕み、カメラを真っ直ぐに見据える姿は私の心臓を鷲掴みするような衝撃だった。私でなくとも、この熱烈な告白に心臓を一掴みされたのではないだろうか。その衝撃に数秒、時が止まったように静寂が訪れた。
「……あ、あはは、ごめんなさい。やりすぎちゃいましたか?」
静寂を破ったのは『慧くん』だった。
「いや、すごいね。辰巳くんの熱がこっちまで伝わって来たよ」
「うたたんさんが本当に好きなんだねえ」
岩田さんは率直な感想を述べる。永田さんも同様にしみじみと言った。
「勿論です。うたたんさんがいなければ今の僕はいません」
「確かにそうだね」
永田さん、岩山さん共に頷く。画面にはエンドロールが流れ始めた。
「お、そろそろ終わりかな」
「慧くんの意外な一面が見れて楽しかったよ」
「隠してるつもりはないんですけどね。でもこの場を借りてうたたんさんに一言伝えられたことに感謝しています。うたたんさんに届けばいいなと願っています」
三人はそれぞれコメントを残し、カメラに向かって手を振った。番組は終わり、次のバラエティー番組へと切り替わる。私はようやく息をつくことができた。長いようで短い、そして恐ろしい三十分だった。まさか、彼が私のファンだったなんて。彼の熱に引いてしまったけれど、応援してくれていたことは素直に嬉しい。もうアイドルをすることはないけれど、『辰巳 慧』という才能溢れたアイドルが生まれたきっかけを作ることができて本当に良かったとも思った。彼と会うつもりは決してないけれど。
テレビを消し、お風呂に入る。誇らしいような、でも少し恐ろしいような、むず痒いような、色々な感情を抱いて、私は眠りについた。明日は『辰巳 慧』のライブだ。彼のライブを見るのは初めてなので楽しみだ。まさか、明日のライブで私の人生が変わってしまうなんて夢にも思わなかった。そんなことなど知る由もない私はすやすやと眠るのだった。
つづく
古株ファンがヤンデレだった件 内山 すみれ @ucysmr
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