第9話 雨の日
砂の惑星ともいわれるこのコンフリでも、雨が降る時は降る。
基本的に宇宙を航行する事を前提とした船は、悪天候に弱い。
この船には自動で展開される補助翼が付いているが、全ての船に装備されているわけではなく、ダイパード……すなわち、目的地変更が多発するのがこういう日だった。
特に仕事はなく、俺は船の操縦席に座り、管制の無線連絡を聞いていた。
「やはり、ほとんどはここに降りられないか。これは、暇だな」
俺は小さく笑った。
特に呼んだわけではないのだが、操舵室には全員が揃い、それぞれの仕事をしていた。
「船長、こんな日は休むに限りますよ」
副操縦士のビスコッティが笑った。
「まあ、そうだが、ここは俺の家でもある。どこの物好きが、猫に部屋を貸すというの」
俺は笑った。
「それもそうですね。スコーン、今度でいいから洗濯機を貸してくれ。いくら毛繕いしても、最近臭ってな。俺を丸洗いしろ」
「やだよ、洗濯機が猫毛だらけになっちゃう。シャワーならこの船にあるし、丸洗いしてあげようか?」
スコーンが笑った。
「結構だ、ほんの冗談に過ぎん。アイリーン、なにか面白い情報はあったか?」
「あるわけないじゃん。今、キリンジ発の便が着陸を試みてる」
アイリーンが怠そうにいった。
「キリンジか。あそこの客は、時間にうるさいからな。多少の遅れが出ても降りるしかないだろう。操縦士の苦労が分かる」
俺は笑った。
この船もアップデートし、俺だけ操縦系統が昔ながらの操縦桿から、最新の神経入力デバイスに変わった。
それは、思うだけで船が動くという便利アイテムで、無理して操縦桿やスロットルレバーを操作しなくて済む。
お陰で小回りが利くようになったが、まだその挙動に慣れていないため、この星名物の小惑星帯の通過はビスコッティが行っていた。
「リズ、攻撃魔法用の外部リアクタの使い方は覚えたか?」
「覚えたよ、いつでも撃てる。こう見えて、あたしは勉強家だから」
リズが笑った。
「おや、さっきのキリンジ発の便が緊急信号を出してるよ。停泊中の全船舶に防御指示が出てる」
アイリーンが声を上げた。
「ほらみろ、無理するからだ。ビスコッティ、結界を張れ」
「分かってます、もう終わりました」
正面のスクリーンが青く光る壁に覆われた。
宇宙の船乗りの常識として、まずは相手の事より自衛からという不文律があった。
なにかしようにも道具もないし、こういう事態は港の責任でなんとかするという事があった。
消防車と救急車がかき集められ、すぐ近くの着陸パッドに集結しはじめた。
「近いな……。アイリーン、管制はなにかいってるか?」
「うん、二十八番ポートの乗員は、念のために逃げろって。つまり、ここ!!」
アイリーンが笑った。
「早くいえ。乗員待避はいいが、今さら面倒だし船がなくなっては困る。上空待機だ」
「今は上空はダメだよ。完全に封鎖されてる。なんか、迷走しちゃってるらしくて……」
アイリーンが小さく息を吐いた。
「では、ここで待とう。ビスコッティ、さらに結界を強く」
「はい、最大出力で放ちます」
俺はコンソールパネルの脇にある鍵穴に鍵を挿し、右方向に回した。
正面のスクリーンが射撃モードになり、通常は表示されない船体上部の画像も表示された。
「リズ、万一の際は撃墜するぞ。自衛権の行使だ。覚悟はいいか?」
「い、いいけど、相手は民間船だよ?」
リズが戸惑いの声を上げた。
「向かってくる以上は敵だ。それが、自衛権だぞ。このキーを捻ると同時に、自衛権行使の信号が周囲に流れる、管制にも伝わってるはずだから、必死こいて衝突コースは回避するだろう」
射撃モードといっても、実はテストモードでリズがなにか放っても外部リアクタが作動しないので、こけおどし専用のモードだった。
しばらく見ていると、港の高射砲が発砲をはじめ、接近中の船の軌道を安定させるべく、至近弾を撃ち始めた。
「よし、計算通りだ。待避指示を出す前に、是非やってもらいたかったのだがな」
俺は小さく笑みを浮かべた。
そうこうしているうちに、射撃モードになっている正面のスクリーンが接近中の船を追いかけながら徐々に水平に近くなり、やがてボロボロの船が近くのポートに着陸し、消防車の泡が一斉に吐き出されはじめた。
「これで、一段落だな。リズ、ご苦労」
俺はキーを回して抜き、小さく笑みを浮かべた。
雨は午前中で止み、スコーンがコンソールのキーを叩いていた。
「全機関正常だよ」
「うむ、だが仕事がない。雨天で全てキャンセルになってしまった」
俺は笑った。
「そうなんだ。寂しいね」
スコーンが小さく息を吐いた。
「心配ない。アイリーンが検索しているだろう」
「うん、やってる。この星からはないね。ようやく農家が動き出して。ジャンボマスクメロンの収穫に入ったところだから、そのうちくるでしょ」
アイリーンの言葉を裏付けるかのように、俺のコンソールのモニターに仕事の依頼が入りはじめた。
「一応、地元密着型がウリだからな。これなんか、どうだ。ホライズンまで一日で運べていうのは。この船なら数時間だ」
「うん、それが一番高額だね。王家に献上するため、傷などは御法度らしいけど」
アイリーンが小さく笑みを浮かべた。
「それは大層な重責だな。よし、やろう」
俺は笑った。
ジャンボマスクメロンは、その名の通り凄まじく大きく、中には直径一メートル越えもあるとか。
砂地でないと育たないため、コンフリの特産物だが、そういう物ほど遠方の王族や金持ち貴族が欲しがるものだ。
今回もその一環ということで、並の船では二日掛かる道のりを一日で届けられるのは俺たちだけだった。
傷物にしてはいけない商品のジャンボマスクメロンは綺麗に梱包され、カーゴルームに収まった。
そして、ビスコッティが自家用で買ってきたジャンボマスクメロンも並び、船の最大積載量ギリギリになった。
「これはキツい離床になるぞ。ビスコッティ、頼んだ」
「はい、船長。管制の許可があり次第、離床します」
ビスコッティが、サイクリックスティックを握った。
管制から離床許可が下り、ビスコッティがサイクリックスティックをそっと引いて、船が着陸ポートを離れた。
「重力制御システム、最大出力に到達。これ以上は、危険だよ!!」
スコーンが声を上げた。
「まだ大丈夫です。間もなく、熱圏を抜けます」
ビスコッティがサイクリックスティックを最大まで上げると、そこはもう宇宙だった。
神経制御デバイスに慣れていない俺は、船をオートに切り替え小惑星帯を抜けると、ビスコッティがコンフリの重力圏を抜けた事を告げ、悲鳴を上げていた重力制御システムを休ませるために、サイクリックスティックを下ろした。
「うむ、いい離陸だった。さて、俺の番だな。パステル、ホライズンまでの航法データは入力済みだな?」
「はい、大丈夫です!!」
パステルがいつも通り元気な声で答えてきた。
俺は神経制御デバイスに手を乗せ、船を一気に加速させた。
見る間に速度が上がり、船は光速の壁を越えた。
「何しろ、宇宙の果てとまでいわれる星だ。しばらく時間が掛かるだろう。さっそく『自家用』を頂くとするか」
「はい、船長。CAさんたちに、指示を出しますね」
ビスコッティが笑い船内電話で指示を出すと、皿からあふれ出るサイズでジャンボマスクメロンが運ばれてきた。
「メロン!!」
スコーンが声を上げ、赤みがかった実にスプーンを入れた。
「美味い!!」
どうやら満足のようで、スコーンがご機嫌に鼻歌を歌いはじめた。
「はい、美味しいです。高いだけの事はありました」
ビスコッティが笑った。
「これならいくらでも食べられる!!」
リズがバカスカ食べながら、笑った。
「どれ……」
猫用の食器ないので、俺は『猫食い』で皿の上のメロンを平らげた。
「うむ、美味いな。全員に配ったか?」
「はい、全員に配りました。しかし、大きすぎて、まだまだありますよ」
ビスコッティが笑った。
「うむ、ジュースにしてもいけるぞ。リズがさっきから止まらない様子だが、まあ、美味いからな」
俺は笑った。
超光速の旅は三十分で終わりを告げ、俺の操舵で船は通常空間に戻った。
亜光速からスラスタ全開で一気に減速し、ホライズンの綺麗な姿を正面スクリーンに捉えた。
「ビスコッティ、指定は第一宇宙港だったな」
「はい。ですが、今は大型線が着陸態勢に入っているので、周回軌道で待つように指示がきています」
ビスコッティの手がコンソール上を踊り、船はオートモードでホライズンの周回軌道に乗った。
「スコーン、システムのご機嫌はどうだ?」
「異常はないよ。暇なくらい」
スコーンが笑った。
「よし、ならいい。しばらく、ノンビリと旅を堪能しよう」
俺はしばらく滅多に見ない海と陸地が混在する景色を眺めた。
「船長、管制から許可が出ました。オートモードで着陸します」
船は港から発信されている誘導波に乗り、ホライズン第一宇宙港へと降下をはじめた。 程なく大気圏内に突入し、重力制御システムが悲鳴を上げる中、三十二番ポートに無事着陸した。
すでに受け入れ準備が整えられていて、カーゴルームから木枠で厳重にガードされたジャンボマスクメロンが下ろされ、大型トラックに乗せられた。
運賃は着払いだったので、アイリーンが外に下りて代金を受け取り、俺たちの財布はかなり温かくなった。
「アイリーン、ここ発の仕事は入っているか?」
もののついでで、到着先からの仕事を探すのは、半ば常識になっていた。
「うーん、田舎惑星だからね。特にないかな」
アイリーンの言葉に頷き、俺はカーゴハッチを閉めた。
「さて、仕事がないなら帰るか……」
出入り口兼用の第一エアロックを閉じようとすると、警報が流れて操作を受け付けなかった。
「なんだ……」
俺はエアロックの監視カメラをみた。
すると、エアロックの内扉を開けようと苦労している女性三人の姿があった。
「おい、CAチームに連絡しろ。念のため、武装を装備させてな」
ビスコッティが船内電話で通話し、準備が出来たところで俺はエアロックの外扉を閉じ、内扉を開けた。
「ホライズン王家の姫と侍女のようです。乗せますか?」
ビスコッティが聞いてきた。
「もう乗ってしまったではないか。乗客として丁重に扱え。細かい事情聴取は、宇宙に出てからでも出来る。今は、早急に離れよう」
「はい、分かりました。管制に許可を願います」
すぐに管制からの許可が出て、ビスコッティは気持ち手荒にサイクリックスティックを引き上げて船を浮かせ、一気に宇宙目指して進んでいった。
「ビスコッティ、重力制御システムが限界だよ。今は非常モードで作動中だけど、それでも限界が……」
「分かっています。嫌な予感がするので、急いでいるだけです」
ホライズンの大気圏外に出ると、周回軌道に浮かぶ衛星からレーザー攻撃を受けた。
「防御魔法。リズ、出番だぞ」
リズのコンソールに主要諸元を送ると、リズは呪文を唱え始めた。
「それ!!」
船体の後部リアクタが作動し、リズの攻撃魔法をそのまま後部に向けて発射した。
レーダーで軍事衛星を破壊した事を確認すると、俺は神経制御デバイスに触れて船のメインエンジン使用可能領域外ではあったが、一気に加速した。
「アイリーン、ホライズンの通信網にジャミングを掛けろ」
「もうやってる。特に問題はないよ」
アイリーンが小さく笑った。
「よし、超光速航行に入る。オートモードに切り替え」
俺は笑みを浮かべたのだった。
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