第2話 イモ到着
船のチューニングショップの休憩室で待っていると、編み物をしていたスコーンがいきなり空中に向けて拳を繰り出し、また無言で編み物を続けた。
「ん、ハエだな。あれは速くていい」
俺は笑った。
「船長、店のオヤジがあと二発積まないとバランスが取れないといっていますが……」
ビスコッティが困り顔で聞いてきた。
「うむ、好きにやってくれと伝えてくれ。おい、スコーン。各エンジン調定の準備を。今度は十発。しかも、軍でも推力が最強といわれている最新エンジン十発だ」
「分かった。大変だな……」
スコーンが携帯端末を取りだし、調べ物をはじめた。
「パスワードは『イッペンコット』だ。情報はそこから引き出せ。『LH-800』だからな」
「分かってる。なんじゃこりゃ。四発で大型戦艦を光速スレスレまで引っ張るって」
スコーンがニヤッと笑みを浮かべた。
「機関長、無理な設定をしないで下さいね。あんまりやると、レーサーみたいな凄まじく繊細なエンジンになってしまうので」
ビスコッティが苦笑した。
「分かってるよ。えっと……うん。大体分かった。回線を切って……」
携帯端末を片手にスコーンが、いつもの仕様設定をはじめた。
「よし、あとは……」
「おい、できたぞ」
俺がなにかいいかけた時、ポルコが休憩所に上がってきた。
「そうか。よし、急ごう。送り先では、首を長くして待っているだろうからな」
俺たちは固いベンチから立ち上がると、船に向かった。
操舵室に入ると、俺とビスコッティはチェックリストを済ませ、ドッキングを解除して全力でボロ船から離れた。
「スコーン、どうだ?」
「うん、全エンジン出力30%で安定してる。これなら問題ないよ」
スコーンがコンソールのキーを叩き、データが俺の前にあるディスプレイにデータが表示された。
「ビスコッティ、ドック船との距離は?」
「まだメインエンジンは使えません。あと四十秒。サブエンジンは出力最大で作動中」
レーダー画面に反応があるドック船が徐々に遠ざかり、やがてレーダーレンジから消えた。
「船長、メインエンジン使用可能」
ビスコッティがコンソール画面を叩きながら告げてきた。
「よし、慣らし運転だな。スコーン、エンジンの面倒を頼んだ」
「分かった!!」
俺はオートモードを解除し、操縦桿を握るとスロットルレバーを徐々に上げていった。
「出力八〇。異常なし」
「そうか、ありがとう。では、これではどうだ」
俺は急速に進路を変え、アルバトル星系警備本部に向かって船の針路を取った。
「またやるんですか」
ビスコッティが苦笑した。
「うむ、恒例行事だ。今さらだろう」
俺は笑って、フライトデコーダに進路を入力し、その情報をディスプレイの片隅に表示させ、記された線上の現在地データをみながら、目的地に向かってつき進んだ。
「エンジン出力178%。全機ご機嫌で稼働中」
スコーンの声が聞こえ、俺は巡航速度計を確認し、さらにスロットルレバーを上げた。 レーダーで捕らえるより早く、俺は接近していた大型貨物船を追い抜き、個人所有と思われる小型船の衝突現場を通り過ぎ、船の速度は徐々に光速に近づきはじめた。
通りすがりの船を追いぬきまくった時、猫の勘で警備本部の建物をかすめ、そのまま加速していくと、今になって警備本部からの接近警報が鳴った。
「そら、くるぞ!!」
レーダーが役に立たない速度なので、魔力探知システムで確認すると、後方から警備隊の警備艦が十隻接近を試みているのが分かった。
「エンジン出力非常モード最大。350%」
Gキャンセラが悲鳴を上げる中、スコーンの冷静な声が聞こえた。
「よし、光速度を越えるぞ。揺れるかもな」
俺が呟くと、船が激しい振動に見舞われ、落ち着くと正面のスクリーンは真っ暗なままだった。
「どんどんいくぞ。皆が芋を待っている。定時についてパーフェクトなワークだ」
「船長、素直に空間トンネルを使いましょうよ。なんで、超光速なんですか」
ビスコッティが苦笑した。
「料金がもったいない。それだけだ」
俺は笑った。
「エンジン正常稼働だけど、サブエンジンの動作が怪しいよ。ぶっ壊れてはいないようだけど……」
スコーンが告げてきた。
「今はサブエンジンはいい。クランペットに連絡してから、リミッタを解除してくれ」
「分かった!!」
スコーンが機関室と連絡を取り、コントロールを叩いた。
「リミッタ解除完了」
スコーンの声と共に、俺は一気にスロットルレバーを全開からさらに非常に切り替えた。
一周だけすさまじいGが掛かり、俺は満足して携帯端末を操作して、ア○ゾンでふかふかソファを物色しはじめた。
「これはいいな。よし、買おう」
俺はつかの間のショッピングを終え、操縦桿を握って思い切り超光速空間を駆け抜けていった。
「マッハバフェット効果がくるぞ。派手に揺れるから気を付けろ」
インカムを全体放送に切り替えメッセージを送った途端、ド派手に船が揺れはじめ、なにかが伸び縮みするへんな感覚が襲いかかってきた。
「このままではトリトンを通り過ぎてしまいます。そろそろ速度を落として下さい。
「うむ、そうだろうな。逆噴射行くぞ」
俺はスラストリバーサーを一気に全開にし、Gキャンセラでも殺しきれなかった強烈なパワーで体がシートベルトに食い込んだ。
すぐさま星空が正面のスクリーンに戻り、青く輝くトリトンの姿が見えた。
ビスコッティが管制官と交信しながら、俺は意地でも逆噴射を続けた。
「エンジン過熱。リミッター作動。緊急冷却システム作動。異常なし」
スコーンの声が聞こえ、俺は操縦桿を操作しながら、トリトンの周回軌道に入るべく減速を続けた。
「船長、ストレートインの許可が出ました」
「その前に減速だな。これでは、燃え尽きるぞ」
俺は笑みを浮かべた。
俺たちの船は、トリトンの周回軌道に乗り、ウェイポイント37で降下を開始した。
「航法システム、大気圏内にセット。チェックリスト開始」
俺はビスコッティとチェックリストを終え、オートパイロットでトリトンの小さな小さな宇宙港目指して、順調に飛行を続けた。
「あそこは田舎だ。計器着陸は不可能。手動でいくぞ。コントロールは任せる。なにせ、猫の力では、サイクリックスティックが操作できないからな」
「分かっています。さて……」
高度200メートルで巡航し、正面のスクリーンに見えてきたボロい宇宙港に向かって船は飛んでいき。三十七番スポットに静かに着陸した。
「よし、着いたな。メシでも食うか」
俺は笑ったのだった。
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