猫の宇宙
NEO
第1話 イモ運び
アドバル星系惑星、コンフリ。
熱く焼けたコンクリの宇宙港のスポットの上で、俺は自分の船を整備していた。
「……これは、そろそろオーバーホールだな。手に負えなくなってきた」
俺は猫の手用に改造した工具を片付け、ため息を吐いた。
軍から退役予定だったガルガド級小型輸送艦を買い取り、俺好みに味付けした結果、大型戦艦クラスのエンジンを四発搭載し、この界隈では一番速いと自負している船になった。 これは無理な改造なのは分かってたが……。
「俺は遅い船は嫌いだ」
一人呟き、俺はニヤッとした。
「はい、ドクペです。どうですか?」
副操縦士のビスコッティが笑った。
「うむ、問題ないとはいえないな。第四エンジンのオイル漏れが止まらない。まあ、そろそろオーバーホールだ」
俺は猫の手では開けられないプルトップを開けてもらって、奇妙な味がする好物のドリンクを飲んだ。
「オーバーホールなら、いつものお店に連絡しておきます」
「うむ、よろしく頼む」
ビスコッティは頷き、船内に入っていった。
「さて、仕事はあるか……」
運送屋をするために輸送艦を調達したのだが、参入できそうな田舎惑を根城においたが故に、ショボい仕事がメインだった。
俺の携帯端末にターミナルに仕事を探しにいった、メカニックのクランペットから連絡があった。
「うむ、ナガタライモを二百トンか。報酬は微妙だが、贅沢はいえまい」
俺は整備を再開し、砂漠の熱気に焼かれながら、小さく息を吐いた。
今回の仕事はお隣の銀河にあるトリトンという惑星まで、ナガタライモ二百トンを運ぶ仕事だった。
俺は操縦席に座り、副操縦士のビスコッティと機関士のスコーンで出発前チェックを行っていた。
「管制より、離陸許可」
通信手のアイリーンが報告してきた。
「ああ、こっちも完了した。相変わらず第四エンジンがおかしいが、いつものドック船を呼び寄せてある。ポイントゼブラで合流予定だ。このままでは、危なくて空間トンネルの進入許可が出ないだろう」
俺はオートパイロットに航路を設定し、ビスコッティがそれを確認した。
「スコーン、船のご機嫌はどうだ?」
俺が後席のスコーンを見ると、右手の親指を立てて合図してきた。
「よし、いくぞ。通信とコントロールは任せた」
「分かりました」
ビスコッティが管制官と交信をはじめ、ポートから船が浮かび上がった。
「Gキャンセラ作動。重力コントロールシステム始動よし。このままいきます」
ビスコッティが操縦桿とサイクリックスティックを操作し、船の高度はあっという間に成層圏を抜け、宇宙の闇に浮かんだ。
「第四エンジン不良。始動できないけど、残り三発は異状なし」
スコーンが報告してきた。
「うむ、分かった。第四エンジン、ブレーカシャットダウン」
俺はエンジンコントロールの画面を開き、簡単な設定をした。
「データを送った。スコーン、頼んだぞ」
「分かった」
スコーンの元気な声が聞こえ、俺は笑みを浮かべて現在位置を確認した。
「メインエンジン始動許可ポイントまで、あと二十秒。システムオールグリーン」
ビスコッティが、タッチパネルを操作した。
「よし、あとは俺が引き継ぐ。ご苦労さん」
俺はニヤッと笑みを浮かべ、操縦桿を握った。
「分かりました。GO!!」
ビスコッティの声で、俺はスロットルを一気に『全開』まで叩き込んだ。
蹴飛ばされたように飛び出した船は、『ナガタライモ二百トン』を抱え、小惑星をマニュアル操縦でガンガン飛ばし、時々オートデブリ破壊装置のレーザーが飛ぶ中、全速力で駆け抜けていった。
「警告、第一エンジンに異常振動。燃焼温度は正常!!」
スコーンの声がインカムに届いた。
俺は手元のタッチパネルを肉球でタッチして、エンジンコントロール画面を開いた。
「これはまずいな。スコーン、推力のバランスがずれている。停止しろ」
「了解!!」
エンジン二発となった船だったが、それまでの慣性があるため、異常ともいえる速度は変わらなかった。
「船長、とてもゼブラまでもちません。ポイントオメガはどうですか?」
ビスコッティが俺に指摘してきた。
「そうだな、あのオヤジ共に変更を伝えよう。アイリーン、ポイントオメガだ。ダメとはいわせるな」
「あいよ!!」
アイリーンが通話を開始し、しまいには怒鳴り合いをはじめた。
「あいつら、いまだに燃料が必要なボロ船だからな。アイリーン、燃料代もつけてやるっていってやれ」
俺は笑った。
スコーンが厳しい顔でコンソールを操作し、残り二発のエンジンの推力調整を行っていた。
俺は再び正面のスクリーンを見つめ、衝突しそうだった小惑星をサッとかわし、大きく旋回しならがら、ビスコッティがオートパイロットの再設定をした。
「さて、頑張れよ。ボロ船野郎」
俺は笑って小惑星を避けた。
小惑星帯を抜けると俺は船をオートに切り替え、小さく息を吐いた。
「失礼します」
操舵室にワゴンを押したアテンダントがやってきた。
とある惑星で船から下ろされてしまって、途方に暮れていた十五人を俺が雇い入れたのだが、メシは美味いし思わぬ拾いものであった。
「おう、今日はなんだ?」
「はい、いつもの猫缶プレミアムです。他の皆さんは、惑星ザルバ産の牛肉を使用したテンダーロインステーキです」
美味そうな匂いが操舵室内に広がり、俺はビスコッティに猫缶を開けてもらった。
ついでとばかりに、折りたたみテーブルと椅子を取りだし、アテンダントたちも食事をはじめ、巡航状態の船は楽しく賑やかにすぎていった。
電子音がなり、ポイントオメガが近づいた事を示すと、俺はオートパイロットをドッキングモードに設定した。
一気に減速した船は誘導ビーコンに従い進み、水平方向に向けて垂直方向に進み始め、正面のスクリーン表示が分割して、キール方向と正面方向を映し出した。
オートでストロボ光が光りはじめ、しばらくして見えてきた黄色のボロ船に向かってゆっくり接近していった。
「スコーン、ナンバーワンエアロックチェック」
「了解。異状なし」
スコーンの指がコンソールを弾き、小さく電子音がした。
「ターゲットロック。ナンバーワンエアロックアサイン完了。ドッキングまで三十秒」
「了解。船長メインエンジン停止しました。セーフティモード」
「よし、あの船にディープキスするなよ」
俺は笑い、コンソールのつまみをちょっとだけ弄った。
船はボロ船にドッキングし、エアロックの気圧調整音が響いた。
「さて、あのオヤジも久々だな。ポルコとカーテス兄弟とも付き合いが長くなったが、他は信用出来ないからな」
俺は笑った。
エアロックの気圧調整が終わり、俺たちは油臭いボロ船に移動した。
「なんだ、まだ生きてたのか」
店主のポルコが笑った。
「今度はなんだ、エンジンが爆発でもしちまったか?」
助手のカーテスが笑みを浮かべた。
「第四エンジンと第二エンジンがダメだ。いつも通りやってくれ」
俺は現金の束を六つ積み上げて笑った。
「そんなにもらっちゃ俺たちの名が廃るぜ。四でいい」
ポルコは笑って、店員たちに作業指示を出しはじめた。
「おい、お前らは上で待ってろ。すぐ終わる」
カーテスの言葉に頷き、俺たち四人はボロい休憩室に移動した。
「ビスコッティ、このホットパンツ買って!!」
「スコーン、ホットパンツなんてどうするんですか」
スコーンとビスコッティがやり合う中、アイリーンがオレンジジュースを飲みながら煙草を吹かし、平和な待ち時間は過ぎていった。
「……整備にしては長いな。もう三時間経っている。ちょっと確認するか」
俺は階下に下り、雑誌を読んでいたカーテスに声をかけた。
「おい、なにか企んでるだろ?」
「さぁね。まあ、レンチが一本なくて、大騒ぎで探してるんだ。もう少し待ってろ」
カーテスの言葉に、俺はニヤッとした。
「今度は何発だ?」
「まあ、出物があってな。推力のバランスがと取れんから、ボロいエンジンごと全交換だ。軍のお下がりだが、LH-800が八発だ。遅い船は嫌いなんだろ」
「うむ、いいチョイスだ。それにしても、八発か。クランペットが爆発しなければいいが」
俺は笑ったのだった。
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