第33話 兄の存在/亮二 

 俺はカナちゃん達から少し離れたベンチに隆おじさんと腰かけている。


 そして隆おじさんが俺に話し出す。


「最近、広美から連絡はあるかい?」


「え? いえ、東京に行ってから一度も無いですね。まぁ、広美も忙しいでしょうから別に構わないんですが……それに広美の性格から考えると連絡が無いのは元気だという証拠だとも思っていますから……」


「そっかぁ……しかしなぁ……広美も薄情な子だな。小さい頃から亮二君にはとても世話になっているのに……せめて近況報告くらいすればいいのに……」


「ハハハ、俺は世話なんてしていませんよ。逆に俺の方が広美に何かと助けてもらっていましたし」


「ほんと亮二君は昔から優しくて良い子だな。三郎さんに似たのかな? ってか、今のは志保さんには言わないでくれよ? まぁ、おじさんとしては、そんな亮二君が将来、広美の結婚相手になってくれればいいのになって密かに思っていたんだけどね……」


「えっ!? 俺が広美と結婚!?」


 俺は隆おじさんがそんな事を思っていたのを知り驚いた。


「でもまぁ、途中から諦めたけどね。あの子が真剣に女優になりたいって分かった日から諦めたんだよ。それに何故だかよく分からないが、あの子は小さい頃からお父さんっ子っていうのも問題だったからね。全然、彼氏ができないし……つくろうという感じにも見えないし、俺はそんな風に育てた覚えは無いんだけどなぁ……」


 やはり隆おじさんも広美がファザコンっていう認識はあったんだな。


「あ、あのぉ……? 隆おじさんは広美の話をする為に二人で話そうと言われたんですか?」


「ハハハ、そうだね。何となく加奈子ちゃんの前で広美の話はしないほうがいいかなと思ってさ」


 前にカナちゃんには広美のことは話しているからそんなに気を遣わなくても良かったんだけどなぁ……


「それに亮二君に謝りたかったっていうのもあってね……」


「え? 俺に謝る? どういうことですか?」


「うん、まぁ俺が言うのもおかしなことなんだけどさ……ゴメンな亮二君。ずっと広美の事が好きだったんだろ? だから今まで彼女もつくらなかったんだろ?」


「えっ!? 何でそれを!?」


「そりゃぁ、亮二君を見ていたら分かるさ。香織もよく言っていたしね」


 何だよ。千夏ねぇといい、隆おじさんといい、香織おばさんまで……俺ってそんなに分かりやすい男なのか?


「で、でも……俺も広美を見ていたら多分、付き合うのは無理なんだろうなとは思っていましたし……それに今はもう広美の事は幼馴染として好きなだけで恋愛感情は無いですし……未だに彼女がいないのは普通に俺がモテないだけですから別に隆おじさんが謝る必要は無いですよ」


「そっか……それなら俺も安心なんだけど……でも今はあんな可愛らしいマーコの娘さんとデートしているくらいだから、数年後が楽しみだよ」


「デ、デート!? うーん、まぁデートになるんですかねぇ……?」


 恐らくカナちゃんはデートだと思っているだろうな。


「誰がどう見てもデートだよ。まぁ、亮二君は大学生で加奈子ちゃんは中学生だからあまり変な事はできないけどね。ハハハ」


 おっしゃる通りです。だから辛いところもあるんだけど……


「あ、一つ聞いてもいいですか?」


「え? ああ、どうぞ」


「あのですね……隆おじさんは香織おばさんと結婚するまでの間、ずっと香織おばさんの事だけが好きだったんですか? それと香織おばさんは結婚するまでの間、隆おじさんの事をどう思っていたんでしょうか?」


 俺が質問すると隆おじさんは少し考える表情をしたけど直ぐに答えてくれた。


「そうだねぇ、説明が難しいくらい、俺の中で葛藤は何度かあったけど、『基本的』に香織の事は子供の頃から大好きだったし、香織と絶対に結婚するんだという強い気持ちは持っていたよ。その為に子供ながらかなり努力はしたからね。まぁ、香織がどう思っていたかはよく分からないけどねぇ……」


 基本的にっていう言葉が少し引っかかるけど、それを突っ込んで聞くのもアレだしなぁ……


「あっそうだ。香織に言われた事に対して一度だけ怒ったことがあったなぁ……」


「えっ、怒ったんですか?」


「ああ、子供の頃、香織に『隆君が先で好きな人ができても先生は全然、構わないんだからね。先生なんかに気を遣わなくてもいいから。私は隆君が幸せになってくれればそれで満足だから』って言われてね、本気で愛している人、一緒に幸せになりたいと思っている人にそんな事を言われて怒ってしまったなぁ……」


「そ、そうなんですね……」


 俺は当時の香織おばさんの気持ちがよく分かる。


 俺もカナちゃんに香織おばさんと同じ様なセリフを言ってしまったもんなぁ。カナちゃんも隆おじさんと同じで気を悪くしたのかな? 


 ただ俺とすればカナちゃんの事を思って……いや、でも言わない方がいいよな。これからこのセリフは心の中だけにしておこう……


「亮二君と加奈子ちゃんは何歳差だったかな?」


「え? あ、7歳差ですけど」


「そっか、たったの7歳差か。これは本当に先が楽しみだよ」


 17歳差で結婚した人からすればたったの7歳差なんだろうけども……


「そういえば亮二君は今月が誕生日じゃなかったかな?」


「はい、4月30日で20歳になります」


「そっかぁ、遂に亮二君も大人の仲間入りだねぇ。今度、ゆっくりおじさんと酒でも飲みながら話をしようか?」


「そうですね。その時はお願いします」


 俺達は話のキリがついたのでカナちゃん達のところへ戻ることにした。

 すると向かっている途中で隆おじさんが少し暗い表情で何か独り言を言っている。


「そうだったよなぁ……亮二君の誕生日は4月30日……そして亮一君の命日でもあるんだよなぁ……こんな大事な日を俺は忘れていたなんてなぁ……」


「え?」


「ああ、ゴメン。俺も歳だよなぁ……亮二君の誕生日と亮一君の命日が同じ日だっていうのをすっかり忘れていたよ。亮二君が生れた日、志保さんや三郎さんが泣きながら『亮一の生まれ変わりだ』って凄く喜んでいたのにさ……」


 そうである。俺には兄がいた。姉の真保と双子の兄妹として生まれた亮一という兄が……


 3月に生まれた二人はいずれも未熟児で、特に兄の亮一は命の危険があった。二週間後、真保は無事に退院できたが、亮一は呼吸をするのがやっとくらいの状態だった。それでも病院の先生達のお陰で命を繋いでいたが生まれてから約一ヶ月後の4月30日に残念ながら亮一は帰らぬ人となった。たった一ヶ月という短い命だった。


 しばらくの間、長男を失った悲しみで気を落としていた両親だったがその年の夏に新しい命が宿りあくる年の亮一の命日である4月30日に俺が生れたのだ。


 ちなみに俺が生れる一ヶ月前に両親は隆おじさん達の仲人をしたそうだ。父さんは嫌がっていたらしいけど、母さんが二人の仲人をお腹の中の子と一緒にやりたい。やらなかったら一生後悔するような気がすると言って父さんを説得したらしい。


 さすがは母さんだ。隆おじさんが子供の頃から唯一恐れている人だけのことはある。まぁ、これは広美から聞いた情報だから本当かどうかは分からないけど……


 その後、俺は亮一の命日の日に生まれたので、鎌田家は『亮一の生まれ変わりだ』と大騒ぎしていたそうだが、まぁ、そうなるよな。


 そういう経緯もあり俺の小さい時はかなり過保護に育てられていたと思う。その過保護のお陰で俺は小さい頃『泣き虫、弱虫』だったんじゃないのかと思っていたくらいだ。


 いずれにしても4月30日は家族にとって長男を失った弔いと新たな長男が誕生した祝いとが重なる大切な日になったのだ。


「亮二君、もし先で加奈子ちゃんとの関係で悩む時が来たらいつでも俺に相談して欲しい。もしかしたら、今日言えなかった話をその時にするかもしれないから……」


「は、はい……」


 カナちゃんとの関係で悩んだ時に隆おじさんに相談かぁ……そうだな。隆おじさんが一番理解してくれるかもしれないよな。でも今日言えなかった話って何だろう?


 俺はその言葉を気にしつつ隆おじさん達と別れるのだった。




 そして俺とカナちゃんは昼食を済ませた後、公園内にある池で貸ボートを漕いでいた。


「カナちゃん、そういえば俺と隆おじさんが話をしている時、香織おばさんとどんな話をしていたんだい?」


「え? そ、それは内緒……」


 内緒かよぉ……でもまぁ、女性同士の話を気にするのはよくないかもしれないな。それに俺だって隆おじさんとどんな話をしていたかって聞かれたら内緒って言ってしまうような気もするし……


「それで、りょう君は……」


「俺も内緒だよ」


「えっ、私まだ何も言ってないのに~」


「ほんとだ。ゴメン、ゴメン」


「 「ハハハハハ」 」


 バサッバサッバサッ


 俺達の笑い声に驚いた数羽の水鳥達が飛び立って行く。


 

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