第10話 支部長悩む

アーティファクト、それは通常「遺物」「工芸品」「人造物」と訳される。

だがファンタジー世界では「人が造りしレベルを超えた造形物」もしくは「製造方法が失われた偉大な造形物」と言った意味合いで使われる事が多い。

 攻略困難な迷宮の奥深くから冒険者が持ち帰ったり、高位精霊からクエストの報酬として与えられたり、手に入れた経緯を題材に吟遊詩人が語り伝えるそんなシロモノなのだ。


それが単品で留まるなら一人の英雄の誕生くらいで済む

だが製造方法を知り得て自分達で再現可能でその技術を独占できれば世界のパワーバランスが崩壊する。

例えるなら青銅器しか持たない地域に鉄器の武器・防具が製造できる集団が来たらどうなるか

「自分たちが優位に立てる」 その誘惑に駆られない人間は稀有であろう。

されど同時に自分がパワーバランスを崩す引き金をひくことを躊躇ちゅうちょするのも人間のさがである。


目の前にあるアーティファクトが三本と言うのが、ともすれば加熱しそうな感情を冷静に分析する思考に引き戻す。

 報告によれば持ち込んだ者は自分が特別な存在であるようなほのめかしは一切無かったとある。これほどの物を手に入れられる者が初心者ノービス扱いから始める事になんの異議申し立てしなかった、と。


それは物の価値を知らない愚者なのか、深謀遠慮でここに持ち込んだ策士なのか



協会支部長は「要監視対象者」として潜伏・追跡能力持つ者をかの者の監視につける事に迷いは無いが、一番能力の高い王国の「暗部」いわば暗殺部隊から出す事には不安がある。

 それは監視行為に気づかれた時に協会が潜在的敵として認識していると相手が受け取るからだ。

 背後関係がまったく掴めていない現時点ではリスクが高すぎる

かといって冒険者に依頼するのもどこから情報が漏れるかと言う不確定要素を無視できない


何か手を打つべきなのははっきりしているのだが、今のところ「待ち」の段階である


何杯目かの香茶を飲み干した頃に待っていた知らせが届く

「要注意人物」と接触したPTのリーダーが到着したと警備部から報告が入ったのだ

執務室で事情聴取するつもりだったが、ふと思いついたことがあって「小会議室」で待たせるよう指示した。



この国は獣人セリアンスロープがほとんどだが、呼び出した冒険者は普人族ヒューマンである。

 彼の両親とその友人は二十数年ほど前冒険者としてホーリーライト王国からウッドワース王国を訪れ、ここを拠点として北のメタリギア共和国など各地を巡り、子が生まれてからは冒険者を引退して家具職人としてこのグリンワルドに居を構えている。


友人の方はしばらくメタリギアで錬金術を研究してたが数年遅れて彼らもここに移住してきた。彼らはホーリーライトでもメタリギアでもなくウッドワースを選んだ。


支部長はその理由を詳しく聞いたわけではないが、謎の人物とこの国がこれから関係を構築する際、彼らを通して働きかければ良い方向に転がしていけるのではないか、と第六感が囁いたのである。


*******************************


――ロバート・ブラウン視点―― 


協会支部に呼び出されたロバートは困惑していた

受注した素材採取のクエストは依頼された分は充分果たしたし、ウッドワース領域内で遭遇した魔獣を目撃した場合は協会へ報告の義務があるが、遭遇した魔獣「黄色茸ファンガス」は取り逃がさずに対処出来た。


その際PTメンバーに負傷者や戦闘不能状態の者も出たが

それはクエスト窓口で厳重注意はされても協会上層部が直接乗り出してくることは無い。協会は基本的に冒険者の自主性を重視してるので他PTに不利益出した場合で無い限りPT内で解決する問題だからだ


考えられるのは「見慣れぬ人物」に関してだが


彼はグリンワルドで冒険者登録をする予定だと語ってたし「不法侵入者」とは言えない。彼がウッドワースで冒険者として適格かどうかは協会が判断すべきで、協会はその分析を行えるだけの人材を抱えているので一介の冒険者に意見を聞くのには違和感が有る


(あの魔法が上層部が乗り出した原因だろうか……)

大地に大穴穿った魔法を思い出す、経験浅いロバートだが噂でも聞いた事が無い魔法である。単独でキノコ森のボスモンスター屠る魔法の持ち主で最低でもランクC冒険者としての実力は有る。


 ロバートはキノコ森以降の冒険者のクエスト受注エリアとして翡翠谷ジェードバレー月影湖シルエットムーン・レイク、いやその先の幻霧の花園ミラージュガーデン(別名:夜光庭園)の情報を思い出す、彼ならそれらもソロで踏破出来るだろう。

 他国のモンスター出没地域についてはあまり念頭に無かったが、彼がウッドワースに現れた事は何か意味があるのだろうか。


小会議室に通されて支部長が来るまで自分なりに召喚理由を推測してドアの開くのに気付くのが遅れた


「待たせたな、夜に呼び出してすまん」


仕立ての良いスーツ姿の偉丈夫、背丈は2m近い灰色の毛の人狼の男性が狐人と熊人を伴い入室した。

 熊人は警備部の部長、狐人は魔道部の部長である、王国の軍を除いてこのグリンワルドの治安を担う重鎮であり、その彼らを従えて入室したのは協会の支部長であると即座に認識した。


あわてて椅子から立ち上がりお辞儀をしようとしたロバートを鷹揚な仕草で着席するよう指図して支部長はテーブルをはさんだ対面の位置のソファに着席する



「君を呼び出したのはキノコの森で君達が遭遇した人物について幾つか聞きたいことがあるのでね、そんなに緊張しないで気を楽にしてくれんかね。」


ロバートの生まれる前から冒険者を続け、現在では第一線を退いたとは言え40年前の大異変では現国王のボリス・ニッカ『獅子王』と轡を並べて戦場を駆け巡ったAランク冒険者。それが『双牙剣』サンガ・トリーニ、現グリンワルド冒険者協会支部長である。

緊張するなと言うのが無理


ロバートの緊張を見て取った狐人の魔道部長はポンと掌を合わせたのちに発言する


「おぉ、呼び出しておいて飲み物のの一つも出してなかった、こりゃ失敗。」


会議室の奥、窓の近くのテーブルに置いてあった冷水筒ピッチャーを持って中身が有るのを確認し、トレイにコップ人数分を並べてのんびり果汁水を注いで支部長と自分たち、そしてロバートの前に差し出す。


「喉が渇いていては落ち着いて話もできんて。」


そう言って魔道部長が先んじてコップの果汁水をゴクリと喉に流し込む

支部長を差し置いて飲むのはどうかと思うが、魔道部長は支部長が駆け出しの頃から協会で働いていた古だぬき、もとい古株である

支部長も長年の付き合いでキリーにはかなわんなと苦笑する。



「サンガ支部長とも話したが魔法についてわしの方から聞くのが妥当かの。」


キリー魔道部長と話してわかった事は「ファイアーバード」の呪文は58レベルで収得できる単体攻撃火炎呪文で現在収得している人は少ないが既知の呪文である。

「黄色茸ファンガス」をほふった氷呪文はロバートが仲間を連れて退避していた為詠唱は聞き取れなかったがボスモンスターを一撃で粉砕なら「ハイルストーム(氷凍雹)」ではないかと推測された。


………それでも地面に大穴あけるのは聞いた事無いと呟いていたが………


続いて警備部長の話ではキノコ森の街道の出入り口に居た警備兵からの報告

キノコ森は北東は途中2つのエリアをはさんでメタリギア共和国

北西は翡翠谷ジェードバレー南水晶湖サウス・クリスタルレイクを経てホーリーライト王国へと至る街道で、南東の樹魔の森を経てここグリンワルドに来る交通の要衝地である


人の出入りを記録した当直日誌から本日南東の警備兵がグリンワルドからキノコ森に該当の人物が通った報告はあるが、北東(メタリギア方面)と北西(ホーリーライト方面)の警備兵は該当する人物が通過した形跡は無い、と報告されていた


グリンワルドに来るにはもう一つ、樹魔の森からさらに東の月影湖に古い街道が有る


古の賢者が封印した「化石の森ペトラフォレスト」へと通じる限定した人物しか行き来できない「隠遁洞ハーミット・ケイブ

いにしえの賢者級高位魔法使いならもしかしたら通過する事は可能かも知れないが

樹魔の森の「月影湖からの出入り口」の通過者に該当する者の目撃報告は入っていないとのこと。


つまりかの人物はホーリーライト・メタギリアからの来訪者でもなく、古の街道からでもなく、ある日突然グリンワルドに現れた。としか思えない


その警備部長の話を聞いてロバートは思い出した


あの時はレナを蘇生してもらった事、レベル120と言うとんでもない話で呆然としてしまったが……





「………そう言えば彼は『気がつけば【精霊の祠】に立っていた』と話してました。」




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