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「ねえ、貴方。お願い――起きて」
心配げに覗き込む妻の顔が見えた。
「ああ、良かった。気がついたのね」
妻の目から涙がはらりとこぼれた。その頬を右手でそっと撫でる。湿ったぬくもりが現実に戻ってきたことを教えてくれた。
「いったいどうしたんだ?」
「どうしたも、こうしたのもないわ。貴方は何日も眠っていたのよ。突然に動かなくなって、急いで検査に来てもらったけど――ほら、近くにメンテナンス・サービスができたでしょう。でも、どこにも異常はないって――そしたら次は、国の調査機関の人が調べに来てくれたの」
そう言われてみると、突然の不調におそわれた気がする。
「そしたら『必ず助けだします。しばらくの間、強く呼びかけ続けてください』って言われてね。私は大声で貴方を呼んだのよぉ――そうだわ。彼女にもお礼を言わなきゃ――」
安堵の表情に変わった妻はキョロキョロと周りを見渡した。
「あら。もう帰ってしまったのかしら?」
「彼女?女性の方?」
「そうよ。ワインレッドの瞳の、きれいな方だったわ――きっと貴方の好みタイプよ」
冗談を言う妻を抱き寄せ、二人でベットにごろんと横になった。愛らしい顔が二の腕にちょんとのり、上目遣いで私を見つめる。
「それにしても寝ているときの貴方は不思議だったわ。叫んだりして、苦しそうだった。だから私もずっと声をかけたの。そう――まるで夢を見ているようだったわ」
――夢?
オートマトンの私が夢を見ることはない。
「ねえ、いったいどんな夢を見ていたの?」
***
```
調査報告書
調査対象:ラウル・サンダース
型式:QC Automaton MRI-008002 ver12.0
民間のオートマトン・メンテナンス・サービスより依頼
「原因不明の活動停止状態。調査と復旧を依頼する。付帯情報として、外部からの刺激に対する反応や、自発的な発語・動きが見られる。人間が夢を見ている状態に酷似している」
対象シェルへのハーフ・ダイブによる調査を実施。サブルーチンへのインタラプトが偶然にも重なり、想定外のエクセプションが発生。その例外を処理する機構が組み込まれていなかったため、無限ループに陥っていた。混沌としたアルマが夢を見ているような状態となった。
配偶者の呼びかけに反応したことで、アルマのサルベージに成功。そのまま、再起動処理を実施した。通常に戻ったことを確認し、製造元への報告と恒久的な是正処理を勧告した。
なお、彼が本当に夢を見ていたかどうかは不明である。
その真偽を確かめることは、目的ではないため、ここで調査を終了することを報告する。
ナギ・アイサカ
```
***
オフィスの椅子でナギは静かに目を覚ました。レポートを終えたところで、少し休憩をしたら、眠ってしまったようだった。
空きスペースでトレーニングを終えたジョチが目についた。プロテインを片手にこちらに戻ってくる。
「だいぶ、お疲れのようだな。寝るんだったらきちんと家に帰って寝たほうがイイぜ」
「ええ、そうさせてもらうわ」そう言いながら、まだ自分の自我が揺らいでいることを認めた。
「――ねえ、ジョチ。私、子供の頃から不思議だったことがあるの」
「ん、何の話だ」
「夢が終わったから目が覚めるのか、それとも目が覚めるから夢が終わるのか――どっちだと思う?」
「そりゃ、起きてしまったから夢が終わってしまうのだろうよ」
「そうかしら?」
ナギは自分が死ぬときのことを想像した。気の利いた言葉が刻まれた自分の墓標を見届けたあとに、ふと目を覚ます――そこは触れたことのない母親の腕の中だった。そんな終わり方も悪くないな――と思った。
[Music: Thanatos - If I Can't Be Yours](https://www.youtube.com/watch?v=6GHVL3xeJXo&list=PLf_zekypDG5qBT4O0u7pO6N7__F1FPIYw&index=1)
***
冒頭の引用文は『[天狗裁き(古典落語・桂米朝/【上方落語メモ第2集】その89)](http://kamigata.fan.coocan.jp/kamigata/rakugo89.htm)』によりました。
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